No.768


 東京に来ています。9月10日の夜、シネスイッチ銀座で日本映画「バカ塗りの娘」を観ました。親しくさせていただいている映画プロデューサーの益田祐美子さんが代表を務める平成プロジェクトの製作ということで、益田さんから薦められて観ました。ちなみに、同社は拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)を原案とするグリーフケア映画「君の忘れ方」の製作も手掛けています。
 
 映画ナタリーの「解説」には、「第1回暮らしの小説大賞に輝いた高森美由紀の小説『ジャパン・ディグニティ』を映画化。津軽塗職人の父と暮らしている娘が、津軽塗に興味を持ったことをきっかけに、家族を動かしていく。監督は『まく子』の鶴岡慧子。主演は『かぐや様は告らせたい』シリーズの堀田真由。共演は『深夜食堂』シリーズの小林薫、坂東龍汰、宮田俊哉、片岡礼子ら」とあります。
 
 映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。 「高校を卒業した青木美也子は、やりたいことが見つからずスーパーで働いて家計を助けていた。美也子にとって、津軽塗職人の父を手伝うことが唯一夢中になれることだった。しかし、斜陽な業界でやる気をなくしている父に、漆塗の道に進みたいと言えずにいて......」
 
 とても静かな物語ですが、心に染みました。津軽塗というのは伝統工芸ですが、全国には素晴らしい芸術であるにもかかわらず、後世に伝えることが難しくなっている工芸品も多いと思います。わたしは、自らの仕事である冠婚葬祭のことを考えました。工芸品とは「かたち」の文化ですが、冠婚葬祭も「かたち」の文化です。劇中で主人公の祖父が亡くなって葬儀のシーンがありますが、バラバラだった家族が再集結していました。葬儀という「かたち」には失われた家族を復元する「ちから」があるのです。葬儀後は、みんなで料理を食べ、酒を飲み、語らっていました。わたしが住む九州には「通夜ぶるまい」の風習がありませんが、こうやって故人を偲んで飲食するのは良いですね。
 
 主人公の美也子を演じた堀田真由は、2日前に一条真也の映画館「禁じられた遊び」で紹介した映画にも出演していました。橋本環奈演じる主人公の親友役でしたが、なかなかホラーな演技を見せてくれました。彼女を知ったのは、FODで観たドラマ「風間公親―教場0―」で木村拓哉演じる風間公親の部下役でした。新垣結衣とか白石麻衣などの人気女優たちとの絡みも自然で、「いい女優だな」と思いました。彼女は「バカ塗りの娘」のPRを兼ねて、今年の「弘前ねぷた」に参加したようですが、コロナ禍でずっと中止されていた祭も再開できて本当に良かったです。拙著『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)で訴えたように、祭も「かたち」の文化であり、それが中止されると日本人の「こころ」は不安定になってしまいます。「かたち」には「こころ」を安定させる「ちから」があるのです。
 
 美也子の兄を演じた坂東龍汰は金髪の青年役でしたが、味のある演技を見せてくれました。一条真也の映画館「春に散る」で紹介したボクシング映画を観て以来、わたしはすっかり彼のファンになってしまいました。宮田俊哉も悪くはありませんでしたが、彼がジャニーズ事務所のKis-My-Ft2(キスマイ)のメンバーだということが気になりました。ジャニーズ事務所にはこれから大きな逆風が吹いて、所属タレントたちの不遇が予想されるからです。ジャニーズ事務所には名優が揃っています。木村拓哉をはじめ、岡田准一、二宮和也、藤ヶ谷太輔、中島裕翔、そして最近では目黒蓮。本当に、みんな素晴らしい役者です。彼らの映画出演への機会が減ることは日本映画界にとっても損失。そのためにも、社名は絶対に変えた方がよいと思います。
 
 そして、なんといっても美也子の父親で頑固な津軽塗職人を演じた小林薫が最高でした。わたしは彼の大ファンで、代表作である「深夜食堂」はドラマ全話と映画もすべて観ています。そもそも、伝説のドラマである1983年TBS系「ふぞろいの林檎たち」の耕一役が忘れられません。最終回「胸をはっていますか」で、義母(佐々木すみ江)から跡取りを産めないことで疎まれ続け、家出してしまった妻(根岸季衣)をやっとの思いで探し出し連れ帰った耕一が母に対して「こいつがいいんだからしょうがねえ!」と決めゼリフを放つのですが、これには心底シビレました。超カッコ良かったことを記憶しています。
 
「バカ塗りの娘」は親子間の技術の継承の物語ですが、わたしは、もう13年も前にブログ「事業承継フォーラム」で紹介した日本経済新聞社主催のイベントで「世襲」について話したことを思い出しました。よく世襲は悪だとか言われますが、承継すべきはその会社の理念を一番良く理解している人なのです。先代と一緒に暮らしてきた子どもが、最も先代の考え方を理解し、承継する確率が非常に高いわけです。親族だから承継したのではなく、企業の理念を一番理解しているのが親族だったから承継する。それが承継の大前提であるべきです。その意味で、二代目社長であるわたしは先代の使命や志、そして会社の理念を理解し、継承しているという自負はあります。

ウェルビーイング?』(オリーブの木)
 
 
 
 拙著『ウェルビーイング?』(オリーブの木)への寄稿文の中で、京都大学名誉教授で宗教哲学者の鎌田東二先生が、父とわたしのことを「わたしはこの親子を『日本最強の父子』と思っている。ここまで父の価値観を深く理解し共感し受け継ぎ、そして勇猛果敢に進化発展させた息子をわたしは知らない」と書いて下さったことはまことに光栄の至りでした。わたしには、息子はいませんが、娘はいます。娘たちには、ぜひ幸せに生きてほしいと願っています。幸せに生きるというのは「ウェルビーイング」に関わります。つまり、持続的幸福ということであり、そこでは仕事というものが非常に重要になってきます。

儀式バカ一代」と娘たち
 
 
 
「バカ塗りの娘」の美也子は生きがいを持てないボンヤリとした毎日を過ごしていましたが、津軽塗という仕事を見つけた途端に彼女の毎日は輝き始めます。そんな美也子を父が温かく見守ります。小林薫は「バカ塗りの娘」でも、これまでのように寡黙で頑固な男を演じています。でも、美也子に対する優しい態度や言葉にはホロっときました。わたしにも、娘が2人いますが、こんなふうに優しく接してあげたいと思いましたね。ちなみに、わたしは「バカ塗り」ならぬ「儀式バカ一代」を自認しております。