No.763


 今年101本目の映画ブログとなります。9月5日、日本映画「春に散る」をシネプレックス小倉で観ました。親しい映画プロデューサーの益田祐美子さんが代表を務める平成プロジェクトの製作ということで、益田さんから薦められて観ました。同社は拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)を原案とするグリーフケア映画「君の忘れ方」の製作も手掛けています。「春が散る」もボクシング映画でありながら、グリーフケア映画の要素もある傑作でした。
 
 映画ナタリーの「解説」には、「沢木耕太郎の集大成とも言われる小説を映画化。不公平な判定負けを経験したふたりのボクサーが、共に世界チャンピオンを目指す。監督は『ラーゲリより愛を込めて』の瀬々敬久。佐藤浩市と横浜流星がW主演を務める他、共演は橋本環奈、坂東龍汰、松浦慎一郎、片岡鶴太郎、窪田正孝、山口智子ら。主題歌はAIの"Life Goes On"」と書かれています。
 
 映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「元ボクサーの広岡仁一は、かつて不公平な判定負けをきっかけに渡米し、40年ぶりに帰国する。彼は飲み屋で同じように不公平な判定負けで沈んでいるボクサーの黒木翔吾に出会う。人生初のダウンを奪われた翔吾は、仁一にボクシングの教えを乞い世界一を目指す」
 
 益田さんのおススメということで半ば義務感から観た作品ですが、もともとボクシングなどの格闘技は大好きなので燃えました。主人公の黒木翔吾を演じた横浜流星、東洋太平洋チャンピオンの大塚俊を演じた坂東流汰、世界チャンピオンの中西俊男を演じた窪田正孝の3人は鍛え上げた肉体と死に物狂いの表情が素晴らしかったです。ブログ「ブレイキングダウン9」で紹介したように、現在、1分間を殴り合うアマチュア格闘技イベントが話題を呼んでいますが、プロ同士が3分12ラウンドの36分を殴り合うボクシングの技術レベルや迫力には到底叶いませんね。
 
 一条真也の映画館「犬鳴村」「スパイの妻」「峠 最後のサムライ」で紹介した映画に出演していた坂東流汰が良かったですね。ニューヨーク生まれでシュタイナー教育も受けていたという彼は、繊細で神秘的な魅力を持っています。横浜流星とスパーリングをしましたが、ヘッドギアをつけているため二人とも当てにいったとか。佐藤浩市は、「俺と鶴さんはコーナーで見ているんだけど『ちょっとやばいね』『結構、頭触れてるな』って見ていました」と大ヒット御礼舞台挨拶で発言。 これに横浜は「当て合ってましたよ。でも、坂東くんだから当てることができたっていうのはあります。ボクシングも経験していますし、信頼関係で成り立つものだなって思いますね」と口にしました。坂東流汰は、これから楽しみな役者です!
 
 横浜流星は、坂東流汰と練習する日が重なることもあったそうで「鏡で体を一緒に見ながら『いいじゃん』みたいな。坂東くんは特に変わっていきました」と回顧。すると、坂東流汰は「流星くんは初めて会ったときからバッキバキなんですよ。常にバキバキなんでしょうね」と明かし、笑いを誘いました。 空手をやっていた横浜流星のファイトシーンはじつにサマになっていますが、世界王者の窪田正孝もなかなかのものでした。彼は、一条真也の映画館「スイート・マイホーム」で紹介した映画にも主演していましたが、複数の出演映画が同時公開されているのは売れっ子の証拠ですね。実際、いい役者さんだと思います。
 
 売れっ子といえば、この映画には橋本環奈も出ています。彼女も9月8日公開のホラー映画「禁じられた遊び」に主演しており、今年は一条真也の映画館「湯道」「キングダム 運命の炎」にも出演しています。この「春が散る」では、大分の田舎の女の子の役でしたが、その地味さが良かったです。黒木の試合を観戦するときの泣きそうな表情も秀逸で、「千年に一人の美少女」と呼ばれた彼女もいい女優になりましたね。特に、父親の葬儀を終えて「終わったー!」と絶叫するシーンが印象的でした。彼女は小柄で童顔なので、髪をひっつめると安達祐実の子役時代のようになってしまいます。女優としてもう一段グレードアップするには、大人の女性の色気が求められるでしょう。
 
 ボクシング映画といえば、一条真也の映画館「レッドシューズ」で紹介した作品が記憶に新しいところです。恥ずかしながら、わたしもチョイ役で出演しています。北九州で娘と暮らすシングルマザーの真名美(朝比奈彩)は、ある日家庭裁判所に呼び出されます。女子ボクシングに熱中する彼女の経済状況が不安定で、娘の養育は義母(松下由樹)が担うべきと行政が判断したためでした。そんな中、思いがけず失業した彼女は周囲の支えにより老人介護施設の職を得ますが、事故を起こしてしまい、娘と暮らせなくなってしまいます。娘を取り戻すためには、ボクシングの試合でファイトマネーを勝ち取り生活を立て直す以外になく、真名美は最強のチャンピオンとの対戦に挑むのでした。
 

「レッドシューズ」は、「女性版ロッキー」をめざした女子ボクシングの映画です。雑賀俊郎監督は若い頃にシルベスター・スタローン主演の「ロッキー」を観て大変感動したといいます。その感動から映画監督になったようなもので、ぜひ「ロッキー」へのオマージュとなる映画を作りたいのだとか。わたしもボクシングなどの格闘技は大好きなので、「ロッキー」シリーズはすべて観ました。血沸き肉躍るエキサイティングな展開がたまりません。映画界では「ボクシング映画はヒットする」と言われているそうです。実際、ボクシング映画にはヒット作も多いですし、名作も多いです。やはり、試合までのストイックな日々、人間同士が殴り合うという極限状況がドラマを生みやすいのでしょう。「春が散る」も、いろんな点で「ロッキー」を彷彿とさせるシーンが多かったです。
 
「春が散る」に主演した横浜流星の佇まいやファイトスタイルは、ボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈のそれを連想させました。「あしたのジョー」の実写映画は1970年に製作され、矢吹丈を石橋正次、ジョーのライバルである力石徹を亀石征一郎が演じましたが、わたしは観ていません。わたしが観たのは2011年版で、矢吹丈をアイドルグループ「NEWS」(当時)の山下智久、力石を伊勢谷友介が演じました。山下は役作りのため、プロボクサー並みのトレーニングを行い、約10キロの減量と体脂肪率を10%近く落とすなど、過酷なスケジュールの下で撮影に臨んだといいます。力石役の伊勢谷も実生活での減量を実施し、水を求めるシーンでは数日前からほとんど飲まず食わずで撮影に臨んだとか。あと、丹下段平に扮した香川照之の怪演が強烈!
 
「春に散る」はボクシング映画として傑作ですが、老人映画としても素晴らしかったです。主演の佐藤浩市をはじめ、片岡鶴太郎の爺さんぶりが渋かった(哀川翔だけ浮いていましたが)ですし、熟女の域に入った山口智子や坂井真紀もなかなか味がありました。冒頭、アメリカから帰ってきた佐藤浩市演じる広岡仁一が居酒屋で騒ぐチンピラを退治するシーンにはスカッとしましたね。わたしも、あんな腕の立つジジイになりたい。じつは、わたしも公共の場で傍若無人の若者などがいるとよく注意します。「いつか刺されるよ」と言う人もいますが、痛い目にあってもいいから若者に「礼」を教えてあげるのが年長者の役目と思っています。わたしが本気で怒って若造どもを怒鳴り上げたとき、ヤクザの親分に間違えられたことがありましたね。白のボルサリーノを被っていたときでした。(苦笑)
 
 ネタバレにならないように注意して書くと、ある登場人物が満開の桜の木の下で絶命するのですが、そのシーンは西行法師の「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」という歌を連想させました。日本人は、花に大きな関心を寄せてきました。花は、その変化がはっきりと目に見える「かたち」であらわれることから、自然の中でも、時間の流れを強く感じさせます。特に日本においては桜が「生」のシンボルとされました。結婚する新郎新婦は、人間界の花として、「花婿」「花嫁」と呼ばれました。また、桜ほど見事に咲いて、見事に散る花はありません。そこに日本独自の美意識や死生観も生まれました。「春に散る」というタイトルには、その日本人の美意識や死生観が見事に表現されていますね。

わたしも、春に散りたい!