No.766
東京に来ています。9日の夕方、日比谷で映画の打ち合わせをした後、TOHOシネマズシャンテで映画「アステロイド・シティ」を観ました。2023年カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、アメリカでの先行公開では、一条真也の映画館「ラ・ラ・ランド」で紹介した映画以来の最高記録を樹立したそうです。しかし、なんとも不可解な内容で、ヒットの理由はわからず。でも、今日の劇場も超満員でした。
映画ナタリーの「解説」には、「第76回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたドラマ。隕石のクレーターを観光名所にしている町で開かれた科学賞受賞式で、招かれた人々がある事件に襲われる。監督は、『グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン。出演はジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ホン・チャウら」とあります。
映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「1955年、アステロイド・シティ。隕石が残したクレーターを観光名所にしている町に、科学省を受賞した5人の天才的な子供とその家族が招待される。それぞれが悩みを抱え、受賞式が開かれようとする中、宇宙人が到来して人々は町に閉じこめられてしまう」
ウェス・アンダーソン監督作品で、わたしが観たことがあるのは一条真也の映画館「グランド・ブダペスト・ホテル」で紹介した2014年の映画です。1932年、格式高い高級ホテルを取り仕切る名コンシェルジュと、彼を慕うベルボーイが繰り広げる冒険を描いた群像ミステリーでした。常連客をめぐる殺人事件と遺産争いに巻き込まれた二人が、ホテルの威信のためにヨーロッパ中を駆け巡り事件解明に奔走する物語ですが、これはヨーロッパの香りがして上質な作品という印象を持ちました。とにかく、主演のレイフ・ファインズをはじめ、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、ジュード・ロウなど豪華キャストが勢揃いで、その顔ぶれには圧倒されました。
次にわたしが観たウェス・アンダーソン監督作品は、一条真也の映画館「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」で紹介した2022年の映画です。雑誌社で働く編集者と記者たちの物語をつづるヒューマンドラマで、20世紀フランスの架空の街を舞台に、ある雑誌の最終号にまつわるストーリーが描かれます。20世紀フランスのとある街には、雑誌『フレンチ・ディスパッチ』の編集部があり、個性的な人々が集まっていました。国際問題はもとより、アートやファッション、美食などのユニークな記事で雑誌は人気がありました。しかし、ある日仕事中に編集長が急死し、彼の遺言により、フレンチ・ディスパッチ誌の廃刊が決定したため、編集者や記者たちは最終号を発行します。
そして、最新作の「アステロイド・シティ」です。アンダーソン監督の前作である「グランド・ブタペスト・ホテル」や「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」のように群像劇といえますが、出演はウェス作品の常連で本作で主演を務めるジェイソン・シュワルツマンを筆頭に、トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、マーゴット・ロビーなどハリウッドスターが集結しています。「これって役者の無駄遣いでは?」と思えるほどの豪華さです。しかし、この映画、とにかく構造が複雑過ぎて難解きわまりない。冒頭に、この物語がTVドラマであることが明かされますが、これはかつてジャン・リュック・ゴダール監督が「この物語は映画だよ」とわざわざ暴露する方法と同じではないかと映画評論家の町山智浩氏が指摘していました。
しかし、アンダーソン監督の過去の一連の作品と同じく、映像は絵葉書みたいで綺麗でした。作品の中で白黒画面とカラー画面が交互に入れ替わりながら展開されていきますが、カラー場面は劇中劇といえる構造となっています。カラーの場面での色合いやPOPなセットなどは古き良きアメリカのような印象で楽しめる部分もありましたが、序盤の散逸なストーリーと登場人物の関係性や展開していく過程がとてもわかりにくい印象が強く、物語に入り込みにくいです。後半の宇宙人の襲来や隔離された状態での出来事で1つに収束していくことを期待していましたが、あまりそこを感じられる部分がなかったので不完全燃焼でした。
トム・ハンクス演じる老人の3人の孫娘が母親の遺骨を土中に埋め、「お母さん、生き返って」と祈る場面などは、前日に観たばかりの一条真也の映画館「禁じられた遊び」で紹介した日本映画と同じで、ちょっと驚きました。やはり、幼い子どもには愛する人がこの世から消えてしまうという不条理が受け入れられず、埋葬や葬儀などを行ってしまうのでしょう。これは、子どもに限らず、原初の人類に共通した行動でもあったはずです。葬式は人間の尊厳に関わる厳粛な儀式であり、遺族の心のバランスを保つために必要な文化装置なのです。この映画では、カラーでの葬儀の場面が、白黒画面に影響を及ぼし、現実世界をも変えていくようなイメージのシーンは人の想いの強さを感じました。
さて、町山智浩氏は「アステロイド・シティ」と「オッペンハイマー」との共通性を指摘しています。クリストファー・ノーラン監督の最新作で、科学者の伝記映画としては例外的な大ヒットとなった映画です。アメリカ陸軍による原子爆弾開発計画「マンハッタン・プロジェクト」のリーダーを務めた物理学者ロバート・オッペンハイマーの半生を描いたものです。「マンハッタン・プロジェクト」を中心に据え、特に試作された核弾頭「トリニティ」の臨界実験を映像的なクライマックスに据えているといいます。被爆国である日本で最初に上映すべきだと思いますが、まだ公開日が決まっていません。そのオッペンハイマーは砂漠で核実験を繰り返しましたが、その街が「アトミック・シティ」と呼ばれていました。この「アトミック・シティ」こそは「アステロイド・シテイ」の正体であるというのが町山氏の見立てです。「オッペンハイマー」は未見ですが、わたしもこの考えは正しいと思います。アステロイド・シテイでも、核実験が繰り返されていましたし。
実際、わたしは「オッペンハイマー」が日米同時公開されるとばかり思っていました。それが、日本だけ非公開で、現在も公開が決定していないのは何故なのか。この映画で、原爆開発の倫理的責任はどう描かれているのか。試作弾頭「トリニティ」の臨界実験の描写は凝りに凝ったCGと音響で圧倒的なインパクトが強いそうですが、それが、原爆の恐怖を表現しているのか、それとも開発成功を称える高揚シーンになっているのか。さらには、広島・長崎の惨状はどう描かれているのか。本当は、「広島原爆の日」である8月6日までには公開されるべきでした。1日も早い「オッペンハイマー」の日本公開を切に希望します。
7月21日に「オッペンハイマー」とアメリカで同時公開された映画が一条真也の映画館「バービー」で紹介した映画です。この2作を二本立てで見ることがブームになり、ファン達が関連画像をSNSに投稿。その画像は、バービー役の女優マーゴット・ロビーの髪型に原爆を連想させるキノコ雲が合成されています。さらに、爆発を背景に2作品の登場人物が合成された画像もあります。 日本人には見過ごせない画像ですが、さらに問題なのがバービーの公式アカウントが「忘れられない夏になりそうですね」とハートマークをつけて投稿した点です。また、キノコ雲の画像にもウインクのマークをつけて返信しています。公式が好意的に受け止めているかのような返信に見えます。アメリカの一部の人々がいまだに「原爆は栄光の兵器」「ウィニング・ウェポン」という考え方があることを知り、呆然としました。
「バービー」は、世界中で発売されているファッションドール、バービーを映画化したファンタジーです。ハッピーな毎日を送ることのできるバービーランドで暮らすバービーとケンが、リアルワールド(人間の世界)に迷い込みます。「バービーランド」はどんな自分にでもなれる、夢のような場所。そこに暮らすバービー(マーゴット・ロビー)は、ある日突然、体に異変を感じます。バービーは原因を追求するべく、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)と共に人間の世界へとやってきます。そこでバービーは、自分の思い通りにならない経験をします。
じつは、わたしは「アステロイド・シティ」を観ながら、未見の「オッペンハイマー」ではなく、この「バービー」を連想していました。アステロイド・シティも、バービーランドも、ともに舞台の書き割りのような映像で、現実感がありません。ピンクを基調にした色調もなんだか似ています。もちろん、ともにマーゴット・ロビーが出演している点も見逃せません。美しいファンタジーの世界の背後に核兵器の恐怖があるところも連想の一因でしょう。「アステロイド・シティ」という難解な映画を観た感想は、そんなところです。あいすみません。