No.782


 東京に来ています。
 今年、120本目の映画ブログとなります。10月10日の夜、ヒューマントラストシネマ有楽町でフランス映画「ダンサー イン Paris」を観ました。現役のパリ・オペラ座バレリーナが主役で、体のしなやかさや動きが素晴らしかったです。失意のどん底から這い上がる再生のドラマなのですが、グリーフケアの要素もありました。
 
 ヤフーの「解説」には、このように書かれています。
「『オーレリ・デュポン 輝ける一瞬に』などのセドリック・クラピッシュ監督が、けがで夢を絶たれたダンサーの再起を描く人間ドラマ。バレエ一筋の日々を送ってきたダンサーがコンテンポラリーダンスとの出会いを通じ、新たな人生を切り開こうとする。パリ・オペラ座のバレエダンサー、マリオン・バルボーが主人公を演じ、振付家など幅広く活動するホフェッシュ・シェクターが本人役で出演するほか、ダンサーのメディ・バキ、ドゥニ・ポダリデス、ミュリエル・ロバン、ピオ・マルマイらが共演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「幼いころからバレエ一筋で、パリ・オペラ座バレエでエトワールを目指すエリーズ(マリオン・バルボー)。しかし夢の実現を目前に、恋人の裏切りに動揺した彼女はステージで足首を負傷し、医師に踊れなくなる可能性もあることを告げられる。失意の中、新たな生き方を模索する彼女はアルバイトで訪れたブルターニュで、あるダンスカンパニーと出会う。従来のバレエと異なる独創的なコンテンポラリーダンスが生まれる過程を目の当たりにし、誘われて練習に参加したエリーズは、未知のダンスを踊る喜びと新たな自分を見いだす」です。
 
 冒頭15分間のバレエ映像は圧巻です。セリフも一切ありません。観客は、スクリーンでパリ・オペラ座のバレエを堪能することができますが、マリオン・バルボー演じるエリーズが出番前に舞台袖で恋人とキスをしたり、恋人が別の女性とイチャイチャする場面を目の当たりにするシーンには強い違和感をおぼえました。「おまえら、本番の最中に何をしてるんだ?」と軽い怒りさえ感じましたね。欧米人はすぐキスしたり、ハグしたりしますが、日本人から見ると、どうしても「はしたないぞ!」「真面目にやれ!」と言いたくなってしまいます(笑)。
 
 恋人の裏切りに動揺したエリーズは舞台上で転倒し、足首を捻挫してしまうのですが、足の痛み以上に恋人を失った心の痛みを感じていました。そのエリーズを裏切った恋人の浮気相手の恋人が、エリーゼの治療を担当する男性でした。彼らは「同類相哀れむ」とばかりに、互いを慰めていきます。ここでは、グリーフケアが行われていました。深い悲嘆を意味する「グリーフ」は死別だけではありません。愛する人の裏切りや失恋といった喪失体験も「グリーフ」となるのです。エリーズは自身のグリーフから回復する中で、ブレイキンバトルに遭遇します。ブレイキンバトルで展開されたのは、いわゆるコンテンポラリー・ダンスでした。バレリーナであるエリーズは大きな衝撃を受け、未知のダンスに興味を抱きます。
 
 バレエとコンテンポラリーダンスは同じダンスであっても、まったく別世界のアートです。でも、ジャンルに貴賤はありません。バレエもコンテンポラリーも、観る者に感動を与えます。わたしは、一条真也の映画館「テノール! 人生はハーモニー」で紹介した映画を連想しました。パリ・オペラ座に寿司屋の出前でやってきたラッパーの青年がオペラの素晴らしさに目覚める物語です。主演のアントワーヌを演じたのは、カリスマ的なビートボクサーMB14でした。エリーズを演じたのは現役のトップ・バレリーナであるマリオン・バルボーでしたし、ともに本物の一流アーティストのパフォーマンスは迫力満点でした。
 
 マリオン・バルボーは、「ダンサー イン Paris」で女優デビュー・映画初主演にして、セザール賞有望若手女優賞にノミネートされました。パリ・オペラ座バレエ団で現役ダンサーとして活躍する彼女は容姿も美しく、ダンスの技術も超一流です。最高位エトワールの一つ下の階級で主要な役を踊るプルミエール・ダンスーズであることを知れば納得ですが、彼女が演じたエリーズは父親と心の距離を感じています。母を亡くして寂しかったエリーズは弁護士である父親から大切にされていないと思っていたのです。「愛していると言って」と父に迫るも、父は「そんなことは強いられて言うことじゃない」とかわします。
 
 しかし、エリーズの再生の初舞台に訪れた父は、彼女の素晴らしいダンスに感動し、その両目には光るものがありました。この場面に、わたしは非常に感動しました。娘を愛していない父親など、この世には存在しません。妻を亡くした男と、母を亡くした娘の、2人のグリーフが互いに見事にケアされた瞬間を目撃して、わたしは「ああ、素晴らしい
グリーフケア映画だ!」と思いました。セドリック・クラピッシュ監督は、「この映画で描き出されているのは、ダンスの世界だけではない。この映画は人生のメタファーだ」とし、「人生が行き詰まったと感じた時、どんな打開策を見つけ出し、別の生き方を始めるかがテーマになっている。この映画の本当の普遍性はそこにあるだろう。生き続けるための答えを探す映画だ」と語っています。秋日和の東京で、素敵な映画に出合うことができました。

娘を愛していない父親など存在しない