No.783


 10月13日の金曜日、この日から公開の日本映画「鯨の骨」をシネプレックス小倉で観ました。これは久々の大ハズレで、まったく面白くありませんでした。ただただ不快で、気持ち悪かったです。こういうカルト映画っぽいというか、オタク性が高い作品は、渋谷か新宿あたりのミニシアターとかでの短期間上映がお似合いだと思います。シネコンでの全国公開は合いません。実際、渋谷シネクイント、シネマート新宿で上映されていますね。
 
 ヤフーの「解説」には、「『ドライブ・マイ・カー』などの脚本を手掛けてきた大江崇允が監督を務めたミステリー。不眠症の主人公が、リアルとバーチャルの境界があいまいな世界で、ARアプリ界のカリスマ的存在となっている少女にのめり込んでいく。主演を『AWAKE』などの落合モトキ、『咲-Saki-』シリーズなどのあのが演じ、横田真悠などが共演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「恋人と破局した間宮(落合モトキ)はマッチングアプリで女子高校生(あの)と出会う。しかし、間宮のアパートでその女子生徒が自殺し、死体が消えてしまう。間宮はミミと呼ばれるARアプリ『王様の耳はロバの耳』で、消えた生徒にうり二つの少女・明日香(あの)を見つける。ミミの世界で、明日香はカリスマ的存在だった。間宮は明日香を追ううち、現実と幻想の境界が分からなくなっていく」となっています。
 
 結婚間近だった恋人と破局した不眠症の間宮は、マッチングアプリで唯一返信をくれた女子高生と会うのですが、女子高生は間宮のアパートで自殺してしまいます。うろたえて山中に埋めようとするも、気がつけば死体は消えていました。間宮はARアプリ「王様の耳はロバの耳(通称ミミ)」の中で、死んだ女子高生と瓜二つの少女"明日香"を発見します。ARとは「Augmented Reality」の略称で、日本語では「拡張現実」を意味します。現実世界での体験にデジタル情報を重ね合わせ、新たな価値を生み出す「XR(Cross Reality)」と呼ばれる先端技術のひとつです。
 
 ARアプリの主な例として「セカイカメラ」「ポケモンGO」などがあります。ちなみに、「ポケモンGO」は同業の経営者の間でも流行していましたが、わたしは「くだらないな」と思っていました。ゲームも含めて、スマホで遊ぶアプリは一切やりませんし、やりたいとも思いません。「鯨の骨」に登場する「ミミ」というアプリは、位置情報を元としてスマホカメラ画面で撮影した自分の動画を撮影場所に残せるサービスです。また、ミミを起動することで、その場所に残された動画を再生することができます。名前の由来となった「王様の耳はロバの耳」のお伽話のように、秘密や愚痴を垂れ流し、それで街を埋め尽くそうという悪意のコンセプトで作られたジャンクアプリです。
 
 "明日香"は「ミミ」を通じて再生できる動画を街中で投稿し、動画目当てのファンたちが街を徘徊するカリスマ的存在でした。そのファンたちがまた気持ち悪い連中ばかりで、「おまえら、仮想のアイドルなんか追いかけずに、現実を見ろよ!」と思わず説教したくなるようなオタク集団でした。彼らとは別行動で"明日香"の痕跡を追いかけるうちに、間宮は現実と幻想の境界が曖昧になっていくのでした。いったい"明日香"とは何者か? 彼女は死んだ少女と同一人物なのか? 彼女は本当に存在するのか? 謎が謎が呼ぶわけですが、正直、わたしは「どうでもいいじゃないか、くだらねえな」と思い、「早く映画が終わってくれないかな」と思う始末でした。
 
 冒頭から、間宮はマッチングアプリで唯一返信をくれた女子高生と会うのですが、その場所はけっこうレトロな喫茶店です。わたしは、思わず、一条真也の映画館「アナログ」で紹介した映画に登場する「ピアノ」という広尾の喫茶店を連想しました。「アナログ」では、二宮和也演じる主人公の青年が波瑠演じるヒロインと喫茶店ピアノで逢瀬を重ねます。それは、「アナログ」というタイトル通りでまったくAIなどの入りようのないリアルな空間です。しかし、「鯨の骨」に登場する喫茶店の2人は空虚でバーチャルな関係でした。それと、落合モトキ、あののルックスがわたしの好みではありませんでした。映画のチラシを最初に観たとき、男性の方は坂口健太郎かなと思っていました。
 
 あのも個人的には魅力を感じませんが、世間ではなかなか人気があるようですね。この映画の物語・美術・演出・配役のすべてがわたしの好みではありませんでしたが、エンドロールで流れた主題歌の「鯨の骨」だけは良い曲だなと思いました。「鯨の骨」の意味については、映画の冒頭で説明のテロップが流れました。そこには、「小さな生物たちが鯨の骨に群がり、栄養を吸っている。探査艇が照らす先、海底に沈んだ骨は、夜の街の灯りのように点々と輝いている。やがて骨が食い尽くされると、夜が朝に変わるように、光を失った生物たちが消えていく」と書かれていました。ロマンティックな表現ですね。

ロマンティック・デス』(幻冬舎文庫)
 
 
 
 ロマンティックといえば、かつて、わたしは『ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え』(幻冬舎文庫)において「幽霊づくり」というものを提唱したことがあります。玄侑宗久さんが「月落ちて天を離れず」という素晴らしい解説を書いて下さいましたが、そこでわたしが提唱する「幽霊づくり」に触れておられます。この「幽霊づくり」が映画「鯨の骨」に登場し、ここだけは興味深かったです。間宮が横田真悠演じるARアイドルの女の子と一緒に訪れた夜の墓地で多くの人物の幻影が浮かび上がる光景をスマホ越しに目にするのですが、それはまさにARによる「幽霊づくり」でした。そして、そこで作られた幽霊は死別の悲嘆を軽くする可能性があるのではないかと思いました。せっかく「鯨の骨」を観たのですから、ARによるグリーフケアについて考えてみたいと思います。