No.810
12月3日の日曜日、大作映画「ナポレオン」をシネプレックス小倉で観ました。一条真也の映画館「怪物の木こり」で紹介した日本映画を観た直後の連続鑑賞です。158分と長い作品ですが、史実に基づいて作られているので興味深かったです。主演のホアキン・フェニックスの演技も最高でした!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『グラディエーター』のリドリー・スコット監督とホアキン・フェニックスが同作以来再び組み、フランスの皇帝ナポレオンの生涯に迫る歴史ドラマ。フランス革命後の混乱が続く国内で、彼がいかにして皇帝の座へと上り詰めたのかを、妻・ジョゼフィーヌとの関係も交えて映し出す。『私というパズル』などのヴァネッサ・カービー、『あさがくるまえに』などのタハール・ラヒムらがキャストに名を連ねる。『ゲティ家の身代金』でもスコット監督と組んだデヴィッド・スカルパが脚本を担当する」
ヤフーの「あらすじ」は、「1789年、自由と平等を求めた市民らによってフランス革命が起こり、絶対王政が崩壊する。フランス国内が大きく揺れ動く中、軍人ナポレオン(ホアキン・フェニックス)は目覚ましい活躍を見せ、皇帝へと上り詰めていくが、妻のジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)との関係はもつれたままだった。その一方でナポレオンは軍を率いて次々と戦争を繰り返し、ヨーロッパ大陸を手中に収めていく」となっています。
ナポレオン・ボナパルト(1769年8月15日~1821年5月5日)は、フランス革命期の軍人、革命家で、フランス第一帝政の皇帝に即位してナポレオン1世(在位:1804年~1814年、1815年)となりました。1世から3世まで存在しますが、単にナポレオンと言えばナポレオン1世を指します。イタリア半島の西に位置するフランス領の島・コルシカ島に生まれた彼は、フランス革命後の混乱を収拾し、軍事独裁政権を確立しました。大陸軍(グランダルメ)と名づけた軍隊を築き上げ、フランス革命への干渉を図る欧州諸国とのナポレオン戦争を戦い、幾多の勝利と婚姻政策によって、イギリス、ロシア帝国、オスマン帝国の領土を除いたヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置きました。対仏大同盟との戦いに敗北し、百日天下による一時的復権を経て、51歳のとき南大西洋の英領セントヘレナにて没しました。
冒頭、フランス革命におけるマリー・アントワネットのギロチン処刑のシーンが登場。血に飢えた民衆に交じって、20歳のナポレオン・ボナパルトがいました。次から次に世界史の重要場面が登場するのですが、いくつか初めて知った事実もありました。ちょうど今、一条真也の映画館「首」で紹介した北野武監督の最新作が同時上映されています。豊臣秀吉が主役の異色の戦国人間絵巻です。豊臣秀吉とナポレオンといえば、東西を代表する「人間界の奇跡」と呼ばれるほどの出世を果たした成功者として知られます。「首」でも「ナポレオン」でも戦のシーンの連続でしたが、同じキリスト教を信仰するヨーロッパの国同士が戦争する場面を観て、わたしはブログ「島薗先生と対談しました」で紹介した「宗教」がテーマの対談内容を思い出しました。
映画「ナポレオン」に登場する幾多の戦では、ナポレオン・ボナパルトが率先垂範して戦に出撃していました。わたしは、「これぞ、リーダーの鑑だ!」と思いました。リーダーと呼ばれる存在には、何より先を見通す予見力というものが求められます。アレクサンダーは優れた指導者が備えているべき運や本能というものを「希望」と呼んだといいます。つまり、運とか本能とは、論理的に掌握しにくい要因に対するリーダーとしての自負と期待が「希望」という形に収斂されたものであるということでしょう。またリーダーにとって必要なものを、カエサルは「運」だといい、ナポレオンは「星」と呼びました。いずれにしろ指導者が明確なビジョンを持っているとか、現実把握が優れているというのは、動いていく時代の流れの速さやその方角を本能的に察知しているとことの証しだと言えます。
『儀式論』(弘文堂)
また、優れたリーダーは儀式マスターでもあります。映画「ナポレオン」には皇帝の戴冠式をはじめ、多くの儀式が登場します。拙著『儀式論』(弘文堂)の「世界と儀式」で、わたしは「革命運動やそれに続く新体制にとっても、儀式は重要な意味を持つ。旧体制を破壊し、ラディカルな政治思想を制度化するためには、強力な支持がなければならない。民衆がそれまでに確立された習慣と概念を捨てることが必要になるからである。人類史上に残る革命といえば、フランス革命である」と書いています。フランス革命においては、18世紀末の革命の10年間に、驚くべき速さで「巨大な儀式装置」が確立されました。もちろん、革命の成功あるいは失敗は儀式闘争の観点からだけでは理解できません。しかし、革命の儀式は政治戦争を反映するだけでなく、それを戦う有力な武器でもあったのです。
フランス革命の儀式は、連帯を生みだすだけでなく、恐怖を沁み込ませるために設計されていたそうです。悪名高いギロチンだけが脅しの唯一の装置というわけではなかったのです。さまざまの儀式が、人々に、新体制への忠誠を誓うことを求めました。フランス革命の一連の儀式戦争を最終的に制したのはナポレオン・ボナパルトでした。ナポレオンは革命祭典を禁止しましたが、そのことは政治と儀式の密接な相互関係を物語っています。そして自らは盛大な戴冠式によって皇帝となったのです。大衆参加と内部の敵の探索でマークされる革命祭典が、軍事力と、征服と、外国の敵の敗北をたたえる儀式に道をゆずったのでした。
ナポレオンは革命祭典を、自らを記念する儀式に置き換えました。現代においても、これと同様に、記念日の復興による儀式が行われています。たとえば、フランス第三共和政においては1880年に「バスティーユ記念日」が歴史的な日となり、ドイツでは普仏戦争の25周年を記念して1896年に記念式典が行われました。コナトンは、この2つはともに新しい政権の樹立を記念するものであったとします。どちらの場合においても、儀礼のコンテクストはそのイデオロギーとしての機能を実証しています。フランスでは、穏健な共和党ブルジョアジーが、革進派の政敵の脅威をかわすための戦略の一部として儀礼を発明しました。それは、三色旗やラ・マルセイエーズのシンボル、また自由、平等、博愛への言及で、フランス国家統一の事実を第三共和政の市民に思い出させ、そのなかで1789年におけるフランス国家を毎年重ねて主張することによって達成されたのです。
巨匠リドリー・スコットがメガホンをとった「ナポレオン」は、軍事の天才としてのナポレオンだけでなく、人間・ナポレオンを興味深く描いていました。特に、妻であったジョゼフィーヌとの心の交流が印象に残りました。美しいジョセフィーヌに心を奪われたナポレオンは、彼女を愛し続けますが、どうしても子宝に恵まれませんでした。彼女は前夫との間には子どもがいますし、ナポレオンも他の女性を妊娠させていますから性的不能者ではありません。それなのに、どうして2人の間には子どもができないのか。それが原因で2人は離婚することになりますが、ナポレオンは「離婚式」という儀式を行います。それが傷心のジョゼフィーヌに「わたしたちの結婚者失敗でした。離婚して、今後は良き友人となることを誓います」などと言わせる過酷なものでした。しかし、心からジョゼフィーヌを愛していた離婚後のナポレオンは巨大なグリーフを抱えることになるのでした。
ナポレオンを演じたホアキン・フェニックスは素晴らしかったです。「まるで、本物のナポレオンだ!」と何度も思いました。彼は、1974年10月28日生まれの49歳です。早世した兄リヴァーや姉レイン、妹サマーと同様に子役からキャリアをスタートしています。8歳の時にテレビドラマでデビュー。ハリウッドきっての個性派・実力派俳優であり、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、カンヌ国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭をはじめ多くの主演男優賞を受賞しています。2000年公開の「グラディエーター」で、リドリー・スコット監督から主役の宿敵であるローマ皇帝コモドゥス役に抜擢され、主演のラッセル・クロウに引けを取らない演技を見せました。一条真也の映画館「ジョーカー」で紹介した2019年のトッド・フィリップス監督作品において、タイトルロールを演じ、第77回ゴールデングローブ賞でドラマ映画部門の主演男優賞、第92回アカデミー賞でアカデミー主演男優賞を受賞。
そのホアキン・フェニックスの最新主演作の予告編が、この日、「ナポレオン」の上映前に流れました。「ボーはおそれている」という映画です。一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」や「ミッドサマー」で紹介したホラー映画の大傑作のメガホンを取ったアリ・アスター監督の最新作です。アリ・アスターといえば、前2作ともにホラー映画の歴史を覆す問題作を発表し、マーティン・スコセッシら名だたるフィルムメーカーたちが称賛し、かつ影響を受けていると公言しています。3作目にしてすでに映画界の流行を作る監督といえるアリ・アスターと、「ジョーカー」ほか数々の映画で見せる壮絶な役作りや鬼気迫る演技で現代最高の俳優として知られるホアキン・フェニックスがタッグを組んだ「ボーはおそれている」は2月16日公開だそうです。今から楽しみで仕方がありません!