No.819


 フランス映画「ポトフ 美食家と料理人」をシネプレックス小倉で観ました。「ザ・グルメ映画」といった趣で、面白かったです。勉強にもなりました。一条真也の映画館「デリシュ!」「ウィ、シェフ!」で紹介したグルメ映画もフランス映画でした。さすがは、美食王国フランスですね!
 
 ヤフーの「解説」には、「『青いパパイヤの香り』などのトラン・アン・ユン監督が、天才料理人と美食家の二人の愛と人生を描いたヒューマンドラマ。美食家の男性が彼のアイデアを完璧に再現する料理人の女性と共に、ポトフで皇太子をもてなそうとする。料理人と美食家を『年下のひと』で共演したジュリエット・ビノシュとブノワ・マジメルが演じ、料理監修を人気レストランのオーナーであるピエール・ガニェールが担当する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「19世紀末のフランス。美食家のドダン(ブノワ・マジメル)と彼が思いついたメニューを完璧に再現できる料理人のウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)の評判は、ヨーロッパ中に広がっていた。ドダンはある日、招待されたユーラシア皇太子の晩さん会の料理に失望し、シンプルでありながら食の真髄を表現するポトフを作り、皇太子をもてなそうとウージェニーに提案する」
 
 この映画には、調理のシーンがふんだんに登場します。わたしは自分で料理を作る機会は少ないですが、ホテルや結婚式場を経営しているので、フランス料理の知識は少しはあるつもりです。そのへんの事情もあって、グルメ映画はなるべく観るようにしています。「ポトフ 美食家と料理人」の調理シーンは臨場感に溢れており、圧倒されました。特に調理音の演出が素晴らしかったですね!
 
 この映画には、天才的な味覚を持った少女が登場します。ポーリーヌという美少女なのですが、ひと匙食べただけで、どんな料理でも10種類以上の材料や調味料を言い当ててしまいます。音楽の天才だったモーツァルトが絶対音感の持ち主だったように、ポーリーヌも絶対味覚の持ち主だったのでしょう。でも、そんな天才でも家が貧しくて食事も満足にできないようでは宝の持ち腐れになってしまいます。天才には、それにふさわしい環境が大切ですね。
 
 わたしはホテルや結婚式場を経営している関係で、グルメ映画は努めて観ると言いました。現在の結婚式は洋食、それもフランス料理が主体です。ふだんから高級フランス料理店に足を運ぶ習慣のある人は少ないでしょうが、誰でも結婚披露宴に参列したときはフランス料理を味わうことでしょう。「優雅な生活が最高の復讐である」というカルヴィン・トムキンズの言葉がありますが、わたしは美食というものは人間に死すべき運命を与えた神への復讐行為のようにも思えます。そして、最高の復讐の場が結婚披露宴ではないでしょうか。いずれは死すべき人間が結婚という最高の幸福を謳歌するからです。
 
 さて、この映画がフランス料理を題材とした歴史ドラマであることから、わたしは「デリシュ!」(2022年)を思い出しました。18世紀のフランスを舞台に、世界に先駆けてレストランを開いた男性の奮闘を描く人間ドラマです。元宮廷料理人が、息子とある女性の力を借りて誰もが楽しめるレストランをオープンする物語です。フランス革命前夜の1798年。宮廷料理人のマンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)は、公爵(バンジャマン・ラヴェルネ)主催の食事会で創作料理「デリシュ」を提供しますが、料理にジャガイモを使用して貴族たちの不興を買います。公爵に解雇され、息子(ロレンツォ・ルフェーブル)を連れて実家へ戻ったマンスロンのもとに、ルイーズ(イザベル・カレ)が料理を学びたいとやってくるのでした。
 
 また、「ポトフ 美食家と料理人」では女性料理人ウージェニーが活躍します。このことから、わたしは「ウィ、シェフ!」(2022年)も連想しました。移民の少年たちが暮らす自立支援施設を舞台にしたコメディーです。カティ(オドレイ・ラミー)は、一流レストランの副料理長を務めていましたが、シェフと大ゲンカをして店を辞めてしまいます。移民の少年たちが暮らす自立支援組織の調理担当として働き出しますが、まともな食材も器具もないことに不満を抱えていたところ、施設長のロレンゾ(フランソワ・クリュゼ)から少年たちを調理アシスタントにしてはどうかと持ち掛けられます。天涯孤独で他者とのコミュニケーションが苦手なカティとフランス語が不得意な少年たちは、料理を通じて少しずつ心を通わせていくのでした。
 
「ポトフ 美⾷家と料理⼈」には、19世紀のレシピに忠実に調理された料理の数々が映し出され、料理の芸術性を感じさせます。トラン・アン・ユン監督は、ほとんどを食べたことがあったとか。ベトナムで生まれフランスで育ったトラン・アン・ユン監督は、デビュー作「青いパパイヤの香り」でも美味しそうなベトナム料理を登場させていました。長い間美食についての映画を撮りたかったのだという彼は、小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』を読みました。彼は、「この小説と出合って、人物が浮き上がってきたのです。といっても物語そのものには食指が動かず、料理について語る部分で小説を取り入れながら前日譚のように脚本を書きました」と述べています。
 
 ブノワ・マジメルが演じる美食家のドダンが魅力的でした。彼はジュリエット・ビノシュ演じる料理人のウージェニーとともに、美食を追求し続けてきました。ドダンが考案したメニューをウージェニーに調理させ、美食仲間を集めて食事会を開きます。彼の生き方を見ていると、「料理は芸術」だと思えてきます。ドダンがスープの味を説明するとき、「ソナタの展開を思わせる」など詩的な表現を用います。実際、当時のレシピは現在と違って、分量をグラムで示すようなことはしていませんでした。詩のようなテキストを読んで、発明しなければいけなかったのです。料理人は正真正銘の芸術家なのでした。
 
 この映画では、「夫婦愛」も描かれています。しかも新婚ではなく「人生の秋」といえる中年期の穏やかな調和の中にある夫婦の愛情を描いています。トラン・アン・ユン監督は、「情熱的な関係ではないから、映画にしたら退屈になる関係ですが、そこに挑戦しました」と語っています。ドダンとウージェニーは愛し合い、ドダンは何度もウージェニーに求婚するものの、ウージェニーは応じません。2人は同じ屋敷に住み、ドダンは夜ごとウージェニーの部屋をノックします。「料理は官能的でもあり、人を愛することに通じる」といいます。ドダンがウージェニーのために自ら調理し、手の込んだ洋梨のデザートを仕上げる場面では、その洋梨がウージェニーの裸体に変化しました。食とセックスのセンシュアリティーに共通項があることを象徴的に示したわけですが、名場面だったと思います。ちなみに、わたしは料理やデザートで洋梨が出てくるたびに、「洋梨・・・用なし、俺のことか!?」と同じギャグを何十年も使い続けており、自分でも情けないです。(涙)