No.823
12月22日、一条真也の映画館「PERFECT DAYS」で紹介した映画に続けて、同じくこの日から公開されたオーストラリア映画「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」を観ました。A24ホラー史上最高興収を記録した作品だそうですが、洋画というよりもJホラーを連想させる内容で、しっかり怖くて、とても面白かったです!
ヤフーの「解説」には、「オーストラリア出身のYouTuber、ダニー&マイケル・フィリッポウ兄弟が監督を務め、サンダンス映画祭で上映されたホラー。母を亡くした女子高生がSNSで話題の降霊術に参加し、そのとりこになったことで直面する悪夢を描く。ドラマ『エブリシング・ナウ!』などのソフィー・ワイルドをはじめ、アレクサンドラ・ジェンセン、ジョー・バード、オーティス・ダンジ、ミランダ・オットーらが出演する」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「母を亡くした女子高生・ミアは友人たちに誘われ、SNSで流行している降霊術『♯90秒憑依チャレンジ』に参加する。呪物の『手』を握り、『トーク・トゥ・ミー』と唱えると霊が取り憑くというもので、その『手』は90秒以内に離さなくてはならないという。挑戦した若者たちはそのスリルや快感にはまり、ゲーム感覚で繰り返していくが、ミアの友人の一人にミアの母親の霊が降りてくる」
母を亡くした女子高生の物語なのですから、当然、グリーフを描く色彩が強くなります。そして、彼女のグリーフケアとして交霊術が登場します。その霊と交流する儀式の方法がちょっと意外でした。身体を椅子に縛られた人物が、火の付いたキャンドルの横に置かれた不気味な呪物の"手"を握り締めます。その手は、実際の霊能者の手をエンバーミングしたものにセラミックのコーティングが施されているそうです。それから、縛られた人物は「話したまえ(Talk to me)」と唱えるのです。すると、目の前に死者の姿が見えます。最初は驚いて手を離したりしますが、落ち着いて「わたしの中に入りたまえ(Let me in)」と言うのです。すると、椅子に縛られた人物の中に霊が入り込んでくるのです。登場人物があの世から霊を呼びだすアイテムは、欧米のホラーでよく使用されるウィジャボードが有名なので、この新しい手法は初めて知りました。実際に流行しているのでしょうか?
ウィジャボードを持って
ウィジャボードは、交霊術もしくは心霊術を崩した娯楽のために用いる文字版です。オカルト映画などでお馴染みですが、1892年にパーカー・ブラザーズ社が占い用ゲーム用品として発売した商品です。ウイジャ(Ouija)の「Oui」は「はい」を意味するフランス語で、「Ja」は「はい」を意味するドイツ語です。つまり、どちらとも英語の「Yes」を意味する言葉を合わせた造語なのです。ウィジャボードの文字を指し示すプランシェットが動く理由は良く分かっていません。しかしながら腕の筋肉電位と同時にプランシェットの動きを測定すると、プランシェットが動き始める前に筋肉が収縮しています。このため、霊魂がプランシェットを動かすのではなく、術者の無意識な動きによるオートマティスムの一種と考えられているようです。ちなみに、わたしはウィジャボードを所有しています。もちろん、怪しい交霊術は行っていません。
交霊への願いからスピリチュアリズムが誕生
テーブル上の文字盤を使ってメッセージを読み取る作業を「テーブル・ターニング」といいます。その起源は明確ではありませんが、レオナルド・ダ・ヴィンチが自著において「テーブル・ターニング」と同種の現象に言及しています。ですので、すでに15世紀のヨーロッパでは既に行われていたとも推測されます。ウィジャボードは、19世紀中盤に始まる心霊主義(スピリチュアリズム)に起源を持ちます。当時は人の死後の霊魂と会話するために振り子や自動筆記などの技術を用いていました。心霊主義については、わたしは『唯葬論』(三五館)の中の「交霊論」で詳しく紹介しました。死者の霊と交流したいと願いは古来からありました。そこから、心霊主義が生まれたのです。
ウィジャボードについて詳しく知ることができる映画に、「襲い呪い殺す」(2014年)というオカルト・ホラー作品があります。「呪い襲い殺す」とは凄まじい邦題ですが、原題は「OUIJA」といいます。その映画に登場するウィジャボードが欲しくなり、アマゾンで購入しました。「襲い呪い殺す」は、降霊術の恐怖を描き観る者を精神的に追い込む映画です。突然自殺した友人デビーの死を不審に思ったレーンは、友人グループを誘ってウィジャボードを使ってデビーの霊を呼び起こそうとします。ところが、古い亡霊ボードの邪悪な力を呼び覚ましてしまいます。実は、友人の死は単なる事故ではなく、その背景に忌まわしい存在のあったことが明らかになる物語です。
西洋で流行した「テーブル・ターニング」は、数人がテーブルを囲み、手を乗せます。やがてテーブルがひとりでに傾いたり、移動したりします。出席者の中の霊能力がある人を霊媒として介し、あの世の霊の意志が表明されると考えられました。また、霊の働きでアルファベットなどを記したウィジャボードの文字を指差すことにより、霊との会話が試みられました。日本においては、1884年に伊豆半島沖に漂着したアメリカの船員が自国で大流行していた「テーブル・ターニング」を地元の住民に見せたことをきっかけに、日本でも流行するようになりました。これが「コックリさん」のルーツです。そう、ウィジャボードとは「コックリさん」の西洋版なのです。「コックリさん」は「狐狗狸さん」とも書き、一般に低俗な動物霊と言われています。心霊研究家の中岡俊哉が書いた『狐狗狸さんの秘密』(二見書房)はベストセラーになり、小学生だったわたしも夢中になって愛読しました。
1970年代にはつのだじろうの漫画『うしろの百太郎』(講談社)の作中でコックリさんが紹介され、少年少女を中心としたブームになりました。わたしも小学校の頃、よく遊んだものです。コックリさんと呼ばず「エンジェルさん」などと呼びかえるバリエーションも存在しますが、これも同じ効果と言われています。『うしろの百太郎』の「こっくり殺人事件」というエピソードがあります。心霊科学研究所々長の後(うしろ)健太郎の1人息子である一太郎は、中学生ながら霊魂の調査と研究解明に日々励んでいました。そんなある日、学校で霊の存在について担任教師と論争になったことから"こっくりさん"の実験をするはめになりますが、悪霊が憑依して殺人にまで発展します。映画「トーク・トゥ・ミー」の展開は、この「こっくり殺人事件」の雰囲気とよく似ています。
それにしても、「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」の交霊術のシーンは怖いです。カメラ視点の主観と客観を使い分けた演出が巧妙でした。監督を務めたオーストラリアの双子兄弟ダニー&マイケル・フィリッポウは登録者数682万人(2023年12月21日現在)を超えるYouTubeチャンネル「RackaRacka」で人気を博してきました。そんな兄弟の監督第一作である「トーク・トゥ・ミー」は、一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」や「ミッドサマー」で紹介したホラー映画の大傑作で知られるA24が北米配給権を獲得しました。「ヘレディタリー」の全世界興収は8285万ドルで、日本でヒットした「ミッドサマー」の同興収は4805万ドルです。「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」は「ヘレディタリー」の北米興収記録を塗り替えたうえに、全世界興収9199万ドル(2023年12月21日時点)を叩き出したのです。これは本当に凄い快挙だと思います。
「MOVIE WALKER PRESS」で、ホラー映画鑑賞歴40年という映画評論家の高橋諭治氏は、1992年生まれのフィリッポウ兄弟が、古くからある心霊ホラーをZ世代の若者たちを主人公に再構築したことが海外で成功を収めた大きな要因であると推測し、「死霊の憑依を体験した者は、得も言われぬ恍惚感に浸ることができ、何度もそれを繰り返したくなってしまう。つまり劇中の"憑依パーティ"ともいうべきシーンは、現実世界でドラッグに興じ、時には危うい中毒に陥ることもある若者たちのメタファーになっている。その憑依チャレンジ動画がSNSを介して拡散していくさまや、スマホで常につながっている彼らがふとした瞬間に寂しさを感じる心理描写も真に迫っている。同世代の観客にとって、まさに"自分たち"の物語がスクリーンで繰り広げられていく」と述べています。
さらに、主人公ミアが母親を亡くした悲しみに暮れていて、未だ喪失感を埋められずにいるというキャラクター設定が秀逸だと指摘する高橋氏は、「そんなミアは気を紛らせるために参加したパーティで、はからずも母親の幽霊とコンタクトしてしまう。それをきっかけに『最愛のママと、もっとつながりたい』というせつなる欲求を強めたミアは、ますます呪物の"手"に依存するようになり、想像を絶する災いを招き寄せるはめになる。その後ミアは病院で生死の境をさまよっている親友の弟ライリーを救うために、ある重大な選択を迫られていく。つまり本作は、単なるショック&サプライズ系のホラーにはとどまらない。孤独や贖罪の念に苛まれるミアの極限心理をこのうえなく繊細かつ生々しく表現し、観る者の感情移入を誘いながら悪夢のスパイラルへと突き進んでいくエモーショナルな恐怖映画なのだ」と述べるのでした。衝撃的なクライマックス、その先の驚愕のエンディングまでまったく目が離せない「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」は怖くて、切ないグリーフケア系ホラー映画の大傑作です!
最後に、わたしは「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」を日本公開日である12月22日にシネプレックス小倉の9番シアターで鑑賞しましたが、上映前に、A24の最新作の予告編が流れました。「ボーはおそれている」という映画です。「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」のメガホンを取ったアリ・アスター監督の最新作です。アリ・アスターといえば、前2作ともにホラー映画の歴史を覆す問題作を発表し、マーティン・スコセッシら名だたるフィルムメーカーたちが称賛し、かつ影響を受けていると公言しています。3作目にしてすでに映画界の流行を作る監督といえるアリ・アスターと、一条真也の映画館「ジョーカー」で紹介した映画をはじめ、壮絶な役作りや鬼気迫る演技で現代最高の俳優として知られるホアキン・フェニックスがタッグを組んだ「ボーはおそれている」は2月16日公開だそうです。今から楽しみで仕方がありません!