No.853

 2月25日の日曜日、イギリス・スペイン合作映画「コヴェナント 約束の救出」をシネプレックス小倉で観ました。同劇場の6番シアターはほぼ満席でしたが、123分の上映時間中、わたし以外はトイレにも行かず、みんな息をひそめて夢中で鑑賞していました。まさに「ザ・相互扶助」といえる壮大な社会派ヒューマンサスペンスの実話で、非常に感動しました。一条賞大賞の有力候補に出合いました!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『オペレーション・フォーチュン』などのガイ・リッチー監督によるサスペンス。アフガニスタンから帰還したアメリカ軍兵士が、自分の命を救ったアフガニスタン人の通訳とその家族がタリバンに追われていることを知って救出に向かう。『アンビュランス』などのジェイク・ギレンホール、『皆殺しのレクイエム』などのダール・サリム、ドラマシリーズ「ザ・ボーイズ」などのアントニー・スターのほか、アレクサンダー・ルドウィグ、ボビー・スコフィールドらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「2018年、アフガニスタン。アメリカ軍の曹長ジョン・キンリー(ジェイク・ギレンホール)は、部隊を率いてタリバンの武器や弾薬の隠し場所を探していた。部隊は爆発物製造工場を突き止めるが、そこに多数のタリバン兵が現れ、キンリーと彼が雇ったアフガン人通訳のアーメッド(ダール・サリム)以外が命を落とす。腕と足に被弾して動けないキンリーだったが、アーメッドによってアメリカ軍のもとへ運ばれる。その後回復し、家族のもとへ戻ったキンリーはアーメッドと彼の家族がタリバンに追われていることを知る」です。
 
 まず、この映画は戦争映画として優れています。ガイ・リッチー監督は以前から「戦争映画に取り組みたい」と考えていたそうですが、これまで映画化にふさわしい物語に巡り合ってきませんでした。そして、ついに着目したのが、現在進行形で続くアフガニスタン問題であり、そしてアメリカ軍に協力したアフガン人通訳についてのドキュメンタリーだったのです。「コヴェナント 約束の救出」はまるでドキュメンタリーのようにリアリティのある映像で、冒頭シーンから緊迫感に溢れています。
 
 戦闘シーンも最高にリアルで、銃撃戦もド迫力でした。しかし、敵に囲まれた状況にあっては、みだりに銃を撃つことは危険です。自分がいる場所を敵に知らせることになるからです。そこで音を立てずに相手を殺傷するためには、接近戦での締め技が有効だと再認識しました。映画の中で、ジョン・キンレー(ジェイク・ギレンホール)やアーメッド(ダール・サリム)は何度もタリバン兵の首をへし折り、無音で敵を殺していました。実戦的な軍隊式格闘術といったところでしょうが、かつての柔道の寝技なども相手を動けない状態にして、懐の小刀で首を掻き切るという実戦性があったのです。ちなみに、武道は英語で「ART OF KILLING」といいます。
 
 わたしは臨場感に満ちた「コヴェナント 約束の救出」の戦闘シーンを観ながら、戦争映画の歴史に燦然と輝くフランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録」(1979年)を思い出しました。ベトナム戦争が激化する中、アメリカ陸軍のウィラード大尉(マーティン・シーン)は特殊任務を命じられます。それはカンボジア奥地のジャングルで、軍規を無視して自らの王国を築いているカーツ大佐(マーロン・ブランド)を暗殺する指令でした。ウィラードは部下と共に哨戒艇で川をさかのぼるのでした。「地獄の黙示録」はベトナム戦争の異常性と泥沼っぷりを見事に描きました。そして、その45年後に作られた「コヴェナント 約束の救出」はアメリカのアフガニスタン侵攻の異常性と泥沼っぷりを見事に描いています。
 
 いま、アメリカのアフガニスタン侵攻の「泥沼っぷり」といいました。もともと、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者である国際テロ組織「アルカーイダ」指導者のウサーマ・ビン・ラーディンを匿っているとして、アメリカがアフガニスタンに侵攻し、同国のタリバン政権を崩壊させたという歴史的経緯があります。その後、じつに20年後の2021年8月30日に、アメリカ軍は、アフガニスタンから部隊の撤退を完了し、「アメリカ史上、最も長い戦争」に終止符を打ちました。その間、さまざまな出来事がありました。「コヴェナント 約束の救出」は2018年の話ですが、2007年に起きたタリバンによる韓国人23人の拉致事件を映画化したのが一条真也の映画館「極限境界線」で紹介した韓国映画です。
 
「コヴェナント 約束の救出」は戦闘シーンも凄いですが、最も印象的なのは、アーメッドが絶命寸前のキンリーを救ったばかりか、瀕死状態の彼を100キロも離れた米軍基地まで運ぶシーンです。危険を顧みず、ひたすら山の中を進み続け、数々の困難を乗り越えて救出に成功した瞬間、涙が出てきました。アーメッドはキンリーを寝かせたまま、最初は滑車のついた板で運ぶのですが、一条真也の映画館「葬送のカーネーション」で紹介したトルコ映画を思い出しました。トルコ南東部。年老いたムサ(デミル・パルスジャン)は、故郷に埋葬するという亡き妻との約束を守ろうと、彼女の遺体を納めた棺を孫娘のハリメ(シャム・シェリット・ゼイダン)と共に運びながら故郷を目指す物語です。遺体を運ぶだけでも大変なのに、敵陣の中で瀕死の病人を100キロも運ぶ困難さは想像を絶します。
 
 そこまでの苦難を乗り越えて命を救ってもらったキンリーとアーメッドの間には強い「絆」がありました。絆(きずな)という言葉には傷(きず)が入っていますが、身体的にも精神的にも傷を共有している者同士こそに強い絆が生まれます。「戦友会」とか「被害者の会」とか「被災者の会」といった組織のメンバーがそれに当てはまりますが、数々の危険を乗り越えて、お互いの命を救い合ってきたキンリーとアーメッドには誰よりも強い絆があったのです。映画タイトルにもなっているCovenantにも「絆」という意味がありますが、もう1つ、「約束」という意味があります。九死に一生を得たキンリーですが、彼を救出したことが要因となって、今度はアーメッドが窮地に陥ります。アメリカに帰還していたキンリーは「次は俺が助ける番だ」と考え、単独でアフガニスタンへ舞い戻るのでした。実際に、アーメッドを助ける約束をしていたわけではないでしょうが、キンリー自身がそう思い込んだのです。
 
 キンリーとアーメッドの実話を知ったガイ・リッチー監督は、「恐ろしいと同時に感動的だった。こんなに過酷な環境の中でも、まだ人情が残っていて、それが他の人たちに対して差し伸べられるということがね」と語っています。そう、「コヴェナント 約束の救出」のメインテーマは「人情」なのです。人情を英訳すると「コンパッション」ですが、この映画はコンパッション映画なのです。コンパッションには「利他」の要素もありますが、まさにアーメッドがキンリーに対して行った自己犠牲的な利他の行為に対して、キンリーもアーメッドに利他の行為で返したのです。相互コンパッションによる利他的行為の交換であり、これは国家や民族や宗教を超えた人類普遍の良心というべきものでしょう。ここに、わたしは猛烈に感動しました。
 
 キンリーは漢気に溢れた男です。せっかく生きて家族のもとに帰れたのに、再び危険なアフガニスタンに向かおうというのですから。当然ながら、エミリー・ビーチャム扮するキンリーの妻は反対しますが、決心を変えようとしないキンリーに「わたしは、これまで、あなたのやり方に従ってきた。でも、今回ばかりはあなたの希望はかなえられないと思ったわ。それでも、あなたが決心を変えないことを知っている。どうか、アーメッドを助けに行ってあげて」と彼がアフガニスタンに向かうことを許します。このシーンには大変感動して、涙が止まりませんでした。この夫にして、この妻あり! これほど会話だけで夫婦愛を表現した映画を他に知りません。ちなみに、キンリーには2人の子どもがいますが、アーメッドにも2人の子どもがいました。しかし、1人はタリバンによって殺されました。彼は、グリーフを抱えて生きていたのです。
 
 キンリーとアーメッドを通じて描かれるのは、日本人にとっては馴染み深い「恩義を返す」というドラマです。「おまえは俺を救った、だから、俺もおまえを救う」というわけですが、言葉を交わさずとも通じ合うさまが、もはや「友情」という関係性を超越しています。先に紹介した「コンパッション」という言葉は人類普遍の精神ですが、キリスト教の「隣人愛」、仏教の「慈悲」、儒教の「仁」などに通じます。そして、わたしは「コヴェナント 約束の救出」には非常に儒教的な香りを感じます。アメリカ人であるキンリーはキリスト教徒、アフガニスタン人であるアーメッドはイスラム教徒でしょうが、彼らの間に生まれた精神的状態を表現するならば、儒教の「信」が一番しっくりくるように思います。そう、この映画は『水滸伝』とか『三国志演義』といった中国古典に通じる熱くて濃い男のドラマがあるのです。
 
 儒教の香りがする「コヴェナント 約束の救出」には、「義を見てせざるは勇なきなり」という『論語』のメッセージさえ読み取れます。ここでいう「義」とは「正義」のことです。正義に反するものは「悪」ですので、この映画ではタリバンは悪そのものとして描かれます。しかし、正義のために、キンリーやアーメッドが殺しまくるタリバン兵も自分たちの信じるもののために戦っているわけです。また、彼らにも家族がおり、中には家族を人質にとられていて仕方なくウソをつく者もいます。そもそもアフガニスタンに侵攻したのはアメリカ側であり、祖国を守ろうとするタリバン兵を一方的に悪として描くことに違和感をおぼえました。タリバンからすれば、アメリカこそが悪です。
 
 そもそも「タリバン」は、イスラム教の神学校「マドラサ」で学んでいた学生が中心となって結成された組織です。マドラサで学ぶ学生はアラビア語で「タリブ」と呼ばれ、現地のパシュトゥー語の複数形が「タリバン」です。自ら名乗ったわけではなく、 勢力を拡大していくうちにメディアなどを通じて「タリバン」という呼び方が定着していきました。タリバンが結成されたのは1994年ですが、その背景を理解するためには歴史は冷戦までさかのぼります。1978年にクーデターで成立した共産政権内部の路線対立により、アフガニスタンが勢力圏から離れることを恐れた旧ソビエトがアフガニスタンに軍事介入し、自らが後ろ盾となる政権を設立しました。
 
 アフガニスタンでは急速な共産主義化が進められたため、「ムジャヒディン」と呼ばれるイスラム勢力が抵抗を始めます。旧ソビエトと対立していたアメリカなどの西側諸国、さらに隣国パキスタンの支援も受けて、旧ソビエト軍は10年後の1989年に撤退に追い込まれました。しかし、アフガニスタンはその後も内戦状態に突入。市街戦が繰り広げられ、略奪や女性に対する暴行が横行し、治安は乱れに乱れてしまいました。一方で、欧米諸国は、旧ソビエトがいなくなったあとは関心を失い、アフガニスタンはいわば国際社会に見捨てられた状況となりました。そうした状況のなかで、タリバンが結成されたのです。パキスタンの軍の情報機関が中心となって資金や武器を供与し、タリバンは結成から2年後の1996年にカブールを制圧し、国土の大半を支配下におさめました。
 
 タリバンの結成当時の最大の目的は、内戦で混乱した国内の秩序や治安を回復し、安心して暮らせる社会を作ることでした。また、外国の勢力を排除することも大きな目標でした。それは、旧ソビエトの軍事介入で国が疲弊したという歴史、さらに、タリバン内部にも多いパシュトゥン人の間で、伝統的に「独立」といった価値観が尊ばれていることも影響しています。 タリバンは、イスラム教を軸とした「アフガニスタン・イスラム首長国」の建国を掲げています。そして、アメリカ撤退後、タリバンは約20年ぶりに政権を掌握しました。当初は穏健な姿勢を打ち出していましたたが、現在は女性を中等教育から閉め出し公職からも排除するなど、女性への抑圧を強めているのが実情です。
 
 一方で、アフガニスタンは深刻な経済危機にも直面しています。国際社会からの制裁が続いているうえに、干ばつやロシアのウクライナ侵攻で食料価格が高騰し食料難が深まっているのです。小児病院には栄養失調になっている子どももで溢れかえり、医師が懸命な治療に当たっているそうです。経済的困窮から少女の人身売買が横行していて、中には9歳の女の子までいたといいます。国際社会はアフガニスタンが再び「テロの温床」となることへの懸念を強めており、国連は「タリバンはテロリストの活動を制限していない。アフガンのテロリストは自由を謳歌している」と指摘しています。映画「コヴェナント 約束の救出」を観たことがきっかけで、アフガニスタンの現状を知ることができました。歴史に翻弄され続けたアフガニスタンの人々が平和に暮らせることを願ってやみません。