No.852
日本映画「マッチング」をシネプレックス小倉で観ました。「マッチングアプリの恐怖」を描いたスリラー映画とのことで、ストーリーはだいたいの予想がつくと思っていましたが、おっとどっこい、斜め上の意外な展開と結末でした。実際にマッチングアプリによる結婚が増加している現在、ウエディングビジネスに関わっている者として鑑賞した次第ですが、とても面白かったです。
ヤフーの「解説」には、「マッチングアプリがもたらす恐怖を描いたサスペンススリラー。恋愛に消極的なウエディングプランナーが、アプリでの出会いをきっかけに想像を絶する恐怖を味わう。『ミッドナイトスワン』などの内田英治監督が自らオリジナル脚本を執筆し、『にじいろトリップ~少女は虹を渡る~』などの宍戸英紀が内田監督と共同で脚本を担当。『8年越しの花嫁 奇跡の実話』などの土屋太鳳が主人公を演じる」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ウエディングプランナーの輪花(土屋太鳳)は恋愛に消極的だったが、同僚に勧められてマッチングアプリに登録する。間もなくある男性とやり取りが始まり初デートに向かうと、現れたのはプロフィールとは程遠い雰囲気の男だった。同じころ、アプリ婚をした利用者が殺害される事件が相次ぎ、彼女が出会った男が捜査線上に浮かぶ」
映画の冒頭、「マッチングアプリの市場規模は現在1000億円を超え、さらに拡大している」というテロップが流れます。実際の結婚披露宴でも、新郎新婦が「わたしたちは、マッチングアプリで出会いました」と堂々と宣言していますね。昔だと結婚相談所や結婚紹介サービスで知り合ったなどとカミングアウトすることは少なかったように思いますが、マッチングアプリはすっかり市民権を得たようです。相手に求める条件だけでなく、過去のデータや行動履歴から相性の良さそうな相手をレコメンドしてくれるサービスなので便利ですね。
数日前に読んだ『「今どきの若者」のリアル』(PHP新書)という本の第三章「マッチングアプリと恋愛コスパ主義」で、同書の編著者で中央大学文学部教授(家族社会学)の山田昌弘氏は、恋人や結婚相手との出会いのパターンを大きく、①「自然な出会い」、②「偶然の出会い」、③「積極的な出会い」の3つに分けています。①「自然な出会い」とは、幼なじみ、学校、職場、趣味のサークルなど、身近にいる人を好きになり、交際を始めるというもの。②「偶然の出会い」とは、旅先や街中、バーなどで、素性をよく知らない人とたまたま出会って好きになり、交際が始まるというもの。③「積極的な出会い」とは、自分から交際相手、結婚相手を積極的に見つけにいくもの。以上が、山田氏のいう「婚活」(もしくは恋活)です。
見合いでも、友人の紹介でも、合コンでも、結婚相談所でも、そしてマッチングアプリであっても、最初からお互いに交際(恋人、結婚)相手候補として相手と会うので、「積極的出会い」に含まれるそうです。マッチングアプリが含まれる「積極的な出会い」は、リスクに関して「自然な出会い」と「偶然の出会い」との中間といえます。山田氏は、「会う前から、釣書(自己紹介書)やネット上のプロフィールで相手のある程度の情報を知ることはできる。親戚の紹介での釣書にはウソはないかもしれないが、いわゆる仲人口で実際よりも誇張されて伝えられるかもしれない。一方、出会い系では職業や年齢でもウソが書かれている可能性がある」と述べています。
日本におけるマッチングアプリの隆盛の背景には、婚活ブームがあります。「婚活」という言葉は、山田氏がジャーナリストの白河桃子氏と2008年に刊行した『「婚活」時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で生まれました。「パラサイト・シングル」「格差社会」で知られる気鋭の社会学者の山田氏。結婚・恋愛・少子化をテーマに圧倒的な質量の取材と執筆・講演活動を続けるジャーナリストの白河氏。両氏は、驚くべきスピードで進む晩婚化・非婚化の要因と実態を明快にリアルに伝え、早速読んだわたしも衝撃を受けました。この「婚活」というキーワードの誕生によって、結婚相手を探すことが人目をはばかるものではなく、「就活」などと同じように、自分の将来のために能動的に取り組むものという意識が広がったのです。
日本で婚活ブームが始まったのとほぼ同時に、新たな黒船が海外からやってきました。2007年、アメリカで爆発的な人気を誇っていたマッチ・ドットコムが日本法人を立ち上げたのです。「Match.com(マッチ・ドットコム)」は世界的に人気で、現在ではアメリカ人の4%がマッチ・ドットコムがきっかけで結婚しているといいます。その後、スマホの登場によって、マッチングアプリも盛んになっていきます。2012年に「Pairs(ペアーズ)」、2014年に「tapple(タップル)」、「with(ウィズ)」が相次いでサービスを開始し、「マッチングアプリの3強」が揃い踏みしました。どこでも手軽に婚活がスタートできるようになったのです。映画「マッチング」では、「Will Will(ウィルウィル)」というマッチングアプリが登場。
映画「マッチング」で土屋太鳳演じる主人公の輪花とマッチングアプリ「Will Will」で繋がったトムこと永山吐夢の職業は、特殊清掃員でした。特殊清掃とは孤独死した現場の清掃などを行う仕事で、死の最もリアルな面に向き合います。マッチングアプリに「バーチャル」な一面があるとしたら、特殊清掃は「リアル」そのもの。また、冠婚葬祭業を営むわたしは「結婚」と「死」ほど人生の重大事はないと考えていますが、その意味でも、この映画に「結婚の入口」であるマッチングアプリと「死の先」にある特殊清掃といういわば対極に位置するものが登場していることは非常に興味深かったです。トムを演じた佐久間大介の演技も良かったです。彼はSnow Manのメンバーだそうなので、目黒蓮と一緒ですね。それにしても、元ジャニーズ事務所(現スマイルアップ)には、どうしてこんなに名優が揃っているのでしょうか?
映画「マッチング」の予告編を見て、多くの人はある登場人物を連続殺人の犯人ではないかと疑うと思います。でも、「一番疑わしくない人物が真犯人である」というのがミステリーの定石です。それに従って、わたしはやはり予告編に登場するある人物を犯人ではないかと思ったのですが、半分当たって、半分外れたという感じです。なかなか奇想天外なシナリオだったのですが、基本的に一条真也の映画館「スマホを落としただけなのに」で紹介した中田秀夫監督の2018年の映画に似ていました。文学賞「このミステリーがすごい!」大賞で隠し玉作品に選ばれた志駕晃のサイバーミステリーを実写映画化したもので、恋人がスマートフォンを紛失したことで事件に巻き込まれる北川景子演じる派遣社員の姿を描いています。
映画「マッチング」の主人公の輪花は、結婚式場のウエディングプランナーです。さまざまなお客様の結婚式のお世話をし、人生で最も幸せな瞬間をプロデュースするのが仕事です。でも、輪花自身は少しも幸せではありません。恋愛に臆病で結婚相手も見つからず、好きだった高校時代の男性教師の結婚式を担当して落ち込んだりもします。なんだかウエディングプランナーという仕事には夢も希望もないように思えますが、そんな人はぜひ、一条真也の映画館「ウェディング・ハイ」で紹介した2022年の日本映画を観ていただきたいです。お笑い芸人・バカリズムのオリジナル脚本を、大九明子監督が映画化。くせ者ぞろいの参列者たちによって混乱する結婚式を舞台に、篠原涼子演じる敏腕ウエディングプランナーが数々のトラブルを解決すべく奔走する抱腹絶倒の物語です。わたしも、大笑いしました。
当初は仕事の上で何か参考になるかと思って観た「マッチング」でしたが、想定外の面白さでした。わたしは女優にうるさいのですが、主演の土屋太鳳は演技力はあるのですが、「スマホを落としただけなのに」シリーズで主演した北川景子や白石麻衣に比べると華がありませんでしたね。こういう主演女優が絶叫するシーンがある映画は、やはりルックスが重視されます。むしろ、この映画の女優陣では、斉藤由貴が良かったです。わたしは若い頃から彼女のファンなのですが、例の医師との不倫騒動以降、女優としていっそう磨きがかかったように思えるのはわたしだけでしょうか。騒動の直後に出演した一条真也の映画館「三度目の殺人」で紹介した2017年の映画では、堂々と不倫の当事者を演じていましたし、この「マッチング」ではさらに振り切った役を怪演していました。結局、「マッチング」を観て一番印象に残ったのは、斎藤由貴演じる女性の狂気でした。こんな怖い女が実際にいたら、たまりません!