No.858
東京に来ています。3月5日、西新橋で冠婚葬祭文化振興財団の社会貢献基金会議とグリーフケア委員会会議に参加後、シネスイッチ銀座で日本映画「一月の声に歓びを刻め」を観ました。18時10分からの上映でしたが、直前のグリーフケア会議が押して18時まであったので、大雨の中を映画館に到着したのは18時20分を過ぎた頃。ちょうど予告編が終了したタイミングで、ギリギリの滑り込みセーフでした。グリーフケアのオムニバス映画でしたが、残念ながら、今ひとつ心に響きませんでしたね。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『Red』などの三島有紀子監督が、長い間向き合ってきたある事件をモチーフに描くドラマ。箱舟をテーマに、3人の主人公たちの罪と許しのストーリーを北海道の洞爺湖、東京の八丈島、大阪の堂島を舞台にして紡ぎ出す。『葬式の名人』などの前田敦子、『カルーセル麻紀 夜は私を濡らす』などのカルーセル麻紀、『25 NIJYU-GO』などの哀川翔のほか、坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平、原田龍二らがキャストに名を連ねる」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ある年の正月の北海道・洞爺湖。かつて次女のれいこを亡くし、一人で暮らすマキ(カルーセル麻紀)の家に家族が集まるが、長女の美砂子(片岡礼子)はマキに対して複雑な感情を抱いていた。東京・八丈島。かつて交通事故で妻を亡くした牛飼いの誠(哀川翔)の娘・海(松本妃代)が、妊娠して5年ぶりに帰省する。大阪・堂島。れいこ(前田敦子)は数日前まで連絡を取り合っていた元恋人の葬儀のために故郷を訪れ、そこで橋から飛び降り自殺しようとしていた女性に出くわす」
わたしがなぜ、この映画を観ようかと思ったかというと、坂東龍汰君が出演していたからです。彼は、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)を原案とする映画「君の忘れ方」の主演俳優なのです。「一月の声に歓びを刻め」での彼はトト・モレッテイと名乗るレンタル彼氏の役です。「レンタル彼氏って何?」と思っていたら、第3話のヒロイン・れいこ(前田敦子)に雇われてホテルでSEXをしていたので、いわゆる男娼のような存在だとわかりました。「君の忘れ方」での坂東君の相手役は西野七瀬さんですが、一条真也の映画館「52ヘルツのクジラたち」で紹介した映画で彼女はわが子を虐待する鬼畜のような母親を演じていました。それに続いての坂東君の男娼役を見て、「うちの映画の大事な俳優なのに,このキャスティングは!?」と思いましたが、坂東君はなかなかの熱演でした。
大阪の堂島を舞台にした第3話では、坂東君は前田敦子を相手にベッドシーンを演じます。前田敦子はヌードになったわけではなく、せいぜい下着姿なのですが、やはりかつて人気絶頂のアイドルだったことを考えると感慨深いものがあります。考えてみたら、坂東君は「一月の声に歓びを刻め」ではAKB48の絶対エースだった前田敦子と、「君の忘れ方」では乃木坂46の絶対エースの1人だった西野七瀬とラブシーンを演じているのですから、たいしたものですよね。AKBや乃木坂の熱狂的ファンからすれば「この野郎!」と思うかもしれませんが、これは坂東君がこれからの日本映画界を背負う期待の星であることの証ですね。スクリーンに映る彼の横顔には憂いがあって魅力的です。イケメン実力派俳優だと再確認しました。
坂東君演じるレンタル彼氏のトトをレンタルした女性れいこを演じた前田敦子も良かったです。彼女は川端康成原作の映画「葬式の名人」(2018年)にも主演していますが、今回も葬式に参列するシーンから登場します。れいこは北九州市の門司に住んでいるOLで、彼女のかつての恋人が亡くなったのでした。れいこの母親を演じたのは、とよた真帆。レースの喪服姿が美しい彼女でしたが、ブログ「北九州市民映画祭開幕!」で紹介したように、彼女の夫であった故青山真治監督が門司の出身だったこともあり、その喪服姿からは実際の人生におけるグリーフを連想してしまいました。れいこは、6歳のときに性被害を受けており、それが大きなトラウマとなっています。アイドル時代から影のあった前田敦子ですが、本作のようなグリーフとトラウマを抱えた女性は適役だったと思います。
6歳のときに性被害に遭ったというのは、じつは三島有紀子監督自身の体験だそうです。三島監督は1992年にNHKに入局し、「NHKスペシャル」「アジア発見」「トップランナー」などのドキュメンタリー作品を多く企画・監督。退局後に東映京都撮影所などで助監督を経て、劇映画監督となり、国内外を問わず多くの賞を受けた「幼な子われらに生まれ」(2017年)や、「Red」(2020年)などで知られます。その最新作である「一月の声に歓びを刻め」は、監督自身が幼少期に受けた性加害事件をモチーフに、自主映画企画としてスタートしたそうです。そんな本作は力作ではあると思いますが、なにぶん監督自身の想いが強すぎて観客が置き去りにされているように感じました。酷な言い方になりますが、自身のトラウマをカミングアウトした部分が映画そのものから浮いてしまって、空回りした感があります。
東京の八丈島を舞台にした第2話は、第3話よりは明るい結末が待っています。妻を交通事故で亡くし、さらに娘の妊娠に動揺する誠(哀川翔)、さらに東京に出た娘(松本妃代)がかつて犯罪を犯した人物の子どもを宿して帰ってきます。娘が実家に帰ったとき、原田龍二演じる男が太鼓を叩いていました。かつて流人の島であった八丈島では、つらい時に太鼓を叩く習慣があったそうです。すると、隣人が駆け付けて一緒に太鼓を叩いてくれたそうです。そんな伝統をベースにしているところはいいのですが、なにぶん脚本がチープに思えてしまいました。妻を交通事故で亡くしたという誠のグリーフも何か取って付けたようで、リアリティを感じませんでしたね。八丈島にフェリーが入港するラストシーンも、あまりにもありきたりの演出で共感できませんでした。
全3話の中で最も興味深かったのは、北海道の洞爺湖を舞台にした第1話でした。理不尽な想いで自ら命を断った娘を忘れられない初老のマキ(カルーセル麻紀)が主人公ですが、冒頭から異様に緊張感のあるシーンが続きます。なぜかというと、マキを演じているカルーセル麻紀に強大なオーラというか、妖気をまとっているからです。かの美輪明宏に勝るとも劣らない妖気を携えている彼女は、当年81歳のニューハーフタレントです。1942年(昭和17年)生まれで、元男性であることをネタにした痛快なトークが売りで、お笑い芸人の演芸と歌謡ショーを組み合わせたステージを繰り広げました。また、芸能界を始め、各界に友人、親友が数多く幅広い人脈を持つことでも知られます。「日本人として初めて性別適合手術を受けた人」「戸籍を男性から女性にしたパイオニア」と称される彼女の演技は圧巻でした。三島監督が言うように「大女優」です!
この映画の作品紹介には、「『性暴⼒と⼼の傷』という難しいテーマにあえて挑み、⼼の中に⽣まれる罪の意識を静かに深く⾒つめる映画である。⼋丈島の雄⼤な海と⼤地、⼤阪・堂島のエネルギッシュな街と⼈々、北海道・洞爺湖の幻想的な雪の世界を背景に、3つの罪と⽅⾈をテーマに、⼈間たちの "⽣"を圧倒的な映像美で描いていく。本作に登場する"れいこ"とは、いったいどういう意味を持つのか。ひとりの人間が発したか細い声は、はるか海を超え、波に乗り、どこかの誰かへと届くかもしれない。これは声なき声で繋がるすべての人の物語」と書かれています。
ただ、ラストの前田敦子の声は、細い声どころか音量が大きすぎて、うるさかったです。あの大音量は三島監督の心の叫びだったのかもしれませんが、観客には過剰だったと思います。3話とも物語の核心は終盤に登場人物が独白という形で明らかにします。短い時間の中で、そのメッセージを受け取る余裕が観客には与えられません。この映画が非常にストレスフルなのは、そこにも原因があるでしょう。3話とも死者の影が漂っていますが、その掘り下げはありませんでした。この作品の本質は監督のセルフ・グリーフケア映画であり、観客としてのわたしは最後までモヤモヤしたまま観終わったことを正直に告白します。