No.863
3月16日の土曜日、前日から公開された日本映画「変な家」を観ました。一条真也の読書館『変な家』で紹介した人気ホラー作家・雨穴のベストセラー小説の映画版です。正直、傑作である原作に比べて映画の完成度は低いと思いました。
ヤフーの「解説」には、「動画投稿サイトなどで話題を呼んだ雨穴による書籍を映画化。オカルト専門の配信をする動画クリエイターが一軒の家の間取りについて相談を持ち掛けられ、不可解な間取りの真相を解明しようとする。監督を『エイプリルフールズ』などの石川淳一、脚本を『七つの会議』などの丑尾健太郎が担当。動画クリエイターを『全員死刑』などの間宮祥太朗、彼と共に謎に迫る設計士を『さがす』などの佐藤二朗、物語の鍵を握る人物を『恋のしずく』などの川栄李奈が演じる」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「『雨男』の名で活動するオカルト専門の動画クリエイター・雨宮(間宮祥太朗)は、ある家の間取りについてマネージャーから相談される。雨宮がミステリー好きな設計士・栗原(佐藤二朗)に意見を聞いてみると、その家は至る所に奇妙な違和感があるという。そんなとき、ある死体遺棄事件が世間をにぎわせるが、その現場はあの家の近所だった。事件と家の関連を疑った雨宮が一連の疑惑を動画にして投稿すると、宮江柚希と名乗る人物(川栄李奈)から、その家に心当たりがあるという連絡を受ける」
『変な家』雨穴著(飛鳥新社)を読みました。2021年の夏に購入していた本ですが、2022年の年末になってようやく読めました。あまりにも面白く、244ページを1時間半で一気読みしました。同書は自身初の著書となりますが、いきなり40万部超えのベストセラーになり、映画化もされたわけです。「変な家」は雨穴のYouTubeにもアップされており、なんと1738万回以上再生されています。著者の雨穴(うけつ)は、インターネットを中心に活動するホラー作家。ウェブライター、YouTuberとしても活動しています。
わたしが雨穴の存在を知ったのは、2022年5月31日深夜0時30分からテレビ東京で開始されたドラマ「何かおかしい」の原案者としてでした。このドラマの舞台はラジオ局で、ラジオ番組の生放送中のちょっとした違和感が思わぬ悲劇を巻き起こします。単なるホラーやミステリーでは終わらない、リアルタイム進行型ヒューマンホラーです。その「何かおかしい」のオープニングの語りとエンディングのダンスで雨穴が登場するのですが、奇妙な白い仮面を被り、服装は全身黒ずくめ。おそらくは男性かと思われますが、ボイスチェンジャーで声も変えられており、謎に満ちています。わたしは大好きですけどね...。
88万部突破の大ベストセラー『変な家』について、アマゾンには、「謎の空間、二重扉、窓のない子供部屋――間取りの謎をたどった先に見た、『事実』とは!?」「知人が購入を検討している都内の中古一軒家。開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、間取り図に『謎の空間』が存在していた。知り合いの設計士にその間取り図を見せると、この家は、そこかしこに『奇妙な違和感』が存在すると言う。間取りの謎をたどった先に見たものとは......。不可解な間取りの真相は!? 突如消えた『元住人』は一体何者!? 本書で全ての謎が解き明かされる!」と書かれています。
そして、『変な家』は映画化されたわけですが、一言でいって失敗だったと思います。まず、本だと文字で説明できるので、謎の家の見取り図の奇妙さも理解しやすいですが、映画だと見取り図自体が見にくいし、登場人物が言葉で説明してもわかりにくかったですね。それと、映画では終盤はホラー映画に振り切っていましたが、力づくで観客を怖がらせてやろうといった意図が見え見えで、チープな印象がありました。過去のホラー作品の切り貼り的な要素も感じられ、特に角川映画の横溝正史シリーズの影響が強かったですね。角川で金田一耕助を演じた石坂浩二が出演しているのも「なんだかなあ...」と思いましたね。
『儀式論』(弘文堂)
「変な家」は長野県の山間部にある旧家の呪いがテーマになっていますが、こういうのは地方への偏見を助長する差別表現になるのではないでしょうか? いずれ、地方差別につながる映画はコンプライアンスで作れなくなるように思います。この映画には、「左手供養」という奇妙な儀式が登場します。旧家にかけられた恐ろしい呪いを防ぐために生まれた儀式なのですが、その内容は狂気に満ちています。拙著『儀式論』(弘文堂)にも書いたように、人間は不安定な「こころ」を安定させるために儀式という「かたち」を発明しました。儀式とは人間が「こころ」を壊さないためのテクノロジーだというのがわが持論なのですが、まさに左手供養もそうでした。ある登場人物が口にする「呪いとは、恐怖で心を支配すること」という言葉もその通りだと思いました。
映画「変な家」の主人公は、間宮祥太朗演じる雨宮ですが、彼は「雨男」を名乗って白い仮面をつけています。雨穴のファンであるわたしは、彼がそのまま出演せずに、代わりに雨男などという中途半端なキャラが登場して、ガッカリしました。しかも雨男の仮面は雨穴の仮面に比べてチープなのです。「せめて、仮面ぐらいは雨穴と同じにすればいいのに」とも思いましたが、その仮面を脱いで雨宮としての間宮祥太朗が顔出しするわけで、無理だったのでしょうね。だって、本物の雨穴の正体は(たぶん)間宮祥太朗ではないでしょうから。それにしても間宮祥太朗の顔は端正ですが、ちょっとくどいですね。
設計士の栗原を演じた佐藤二朗は、なかなか良かったです。一条真也の映画館「さがす」で紹介した2022年の映画で主演した彼の演技は秀逸でした。1969年愛知県出身の彼は、信州大学卒業後、リクルートに入社。しかし、入社式の雰囲気に違和感を覚え、初日で退職して帰郷。その後、劇団附属の文学座俳優養成所に入所します、1年後の入団試験に落ちたため、さらに別の劇団に入団するも1年で退団。その後も紆余曲折を経て俳優になりました。30代に入り、佐藤の出演舞台を観た堤幸彦が「ブラック・ジャックⅡ』に医者役で起用。以降、映像作品への出演が続くようになり、トリッキーな役どころで話題となりました。
雨男のYouTube番組のプロダクションのマネージャー・柳岡を演じたのは、DJ松永。1990年生まれの彼は、日本のDJ、ターンテーブリスト、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家、トラックメイカーで、Creepy Nutsのメンバーでもあります。彼は、2019年8月24日、東京・渋谷WOMBで行われたDJ大会「DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS2019 FINAL」のバトル部門で優勝。同年9月28日、ロンドンで開催された「DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS 2019」に日本代表としてバトル部門に出場。ディフェンディングチャンピオンのK―Swissに勝利し、優勝を果たしました。これに伴い、公式含め各サイトのプロフィールが「世界一のDJ」となりました。
映画「変な家」でヒロインの柚希を演じたのが、川栄李奈です。AKB48の元メンバーである彼女は、アイドルとしてよりも女優として花開いた感があります。2016年前期放送のNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」に出演。2018年、初主演映画「恋のしずく」が全国公開。映画「泣くな赤鬼」では、主人公・赤鬼先生の元教え子である夫が病に侵され、妻として夫を懸命に支える姿を演じました。2021年後期放送のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」のヒロインに選ばれ、上白石萌音、深津絵里とともにトリプル主演を務めました。2021年大河ドラマ「青天を衝け」に出演、徳川慶喜の正室・美賀君を演じました。2022年10月からは、連ドラ「親愛なる僕へ殺意をこめて」でヒロインを務めています。
しかし、大変失礼ながら、女優としての川栄李奈に演技力はあっても華はありません。映画「変な家」でも地味すぎて、まったく存在感がありませんでした。一方、川栄李奈が演じた柚希の姉役の瀧本美織は地味な服装ながらも美しく、輝いていました。しかし、最も存在感を示したのは、彼女たちの母親役である斉藤由貴です。最近の斉藤由貴はけっこういろんな映画に出演しているのですが、圧倒的な存在感があります。それも「怪しい」とか「怖い」といった形容がぴったりで、負のオーラを発しています。若手時代の彼女はセーラー服とポニーテールの似合う清楚な少女として支持を集め、わたしも大ファンでした。しかし、数度の不倫騒動ですっかりダーティーなイメージがついてしまいました。それを逆手にとっての最近の怪女優ぶりは、ある意味ですごいと思います。この映画では、ホームレス支援に励む中年女性を演じているのですが、ラストでその真意が判明します。それが、映画のどの恐怖シーンが束になっても敵わないくらいに怖かったです。ぜひ、斉藤由貴主演のサイコ・ホラー映画を作ってほしいですね!