No.867


 金沢に来ています。
 3月25日の夜、ユナイテッドシネマ金沢で、韓国映画「ビニールハウス」を観ました。「半地下はまだマシ」というのがキャッチコピーですが、確かに、一条真也の映画館「パラサイト 半地下の家族」で紹介した2019年の韓国映画を超える大きなインパクトを受けました。後味は非常に悪いです。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「貧困や孤独や介護といった現代の社会問題をテーマに描くサスペンス。ビニールハウスで暮らす訪問看護師が住む場所を失い、訪問先の老人を事故で死なせてしまう。監督などを手掛けるのはイ・ソルヒ。ドラマ『誰も知らない』などのキム・ソヒョンのほか、ヤン・ジェソン、シン・ヨンスク、ウォン・ミウォンらがキャストに名を連ねる」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「貧困のため、ビニールハウス暮らしをするムンジョン(キム・ソヒョン)は、少年院にいる息子と再び一緒に暮らすことを願っていた。その資金を稼ぐため、彼女は盲目の老人テガンと、その妻で重度の認知症を患うファオクの訪問介護士として働く。ある日、ファオクが突然風呂場で暴れ出し、ムンジョンと揉み合う中で後頭部を床に打ちつけ命を落としてしまう。困ったムンジョンは、同じく認知症を患う自らの母親をファオクの身代わりにする」
 
「ビニールハウス」が比較される「パラサイト 半地下の家族」ですが、ポン・ジュノが監督を務め、第72回カンヌ映画祭では韓国映画初のパルム・ドール、第92回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の最多4部門を受賞した人間ドラマです。裕福な家族と貧しい家族の出会いから始まる物語を描きます。半地下住宅に住むキム一家は全員失業中で、日々の暮らしに困窮していました。ある日、たまたま長男のギウ(チェ・ウシク)が家庭教師の面接のため、IT企業のCEOを務めるパク氏の豪邸を訪ね、兄に続いて妹のギジョン(パク・ソダム)もその家に足を踏み入れます。
 
 映画「ビニールハウス」について詳しく語るとネタバレになるのですが、とにかく後味の悪い物語でした。ミステリーあるいはサスペンスの部類の入るのでしょうが、ほとんどサイコ・ホラーの要素もあります。貧困、孤独、介護といった現代人の誰もが直面する問題の不安や恐怖を見事に描いています。当然ながら、それらの問題は韓国だけにとどまらず、わたしたちが住む日本の問題でもあります。本当にゾッとする話なのですが、イ・ソルヒ監督の演出も怖かったです。何かの正体が明らかになりそうな瞬間を迎えて緊張感がMAXになると、必ず誰かが入ってきて邪魔をするのですが、わたしが気づいただけで3回はそんなシーンがありました。なかなか才能のある監督ですね。
 
 この作品で長編デビューを果たしたイ・ソルヒ監督は今年30歳になる若き俊英ですが、読売新聞のインタビューで「若い俳優が主役の映画が世界的に多い中、50~70代の方が出演していても面白い。そんなスリラーを作りました」と語っています。また、イ・ソルヒ監督は、認知症を患った祖母の介護に苦労する母の様子から、今作の着想を得たそうです。「韓国では両親が老いて病気を患ったら子どもがケアをするか、老人ホームに入れるかの選択肢しかない。つまり、育ててくれた両親を捨てないと楽になれない。悲しい時代になってしまった」と語り、そんな問題意識と憂いを物語に込めたといいます。
 
 韓国での封切り後、「何でこんな不幸を展示するような作品を作るんだ」という声も聞いたそうです。そのれについて、イ・ソルヒ監督は「不快に感じたのであれ、怒ったのであれ......。この映画が何らかの感情を呼び起こすのなら、それで良いと思う」と語っています。この映画は、社会問題を鋭くとらえた、まさに「社会派」映画だと言えるでしょう。韓国には、簡易宿所や宿泊業者が運営している客室また仕事場の一部に居住したりする人たちがいます。いわゆる極貧の階級層に当たるのですが、ひどい場合にはビニールハウスに住む人が存在しています。冬になると極寒になる韓国でビニールハウスに住むのですが、当然、夏になれば室内は危険なくらい温度が上昇します。
 
 ソウル近郊にはビニールハウス村やビニールハウス地区というものが存在しており、外観は農家で見かけるビニールハウスのようなものから掘建て小屋をビニールで覆った家が存在します。これを果たして家と呼んで良いものか難しいところですが、これらのビニール住宅は無断で勝手に建設され、火災の危険もあることから社会問題となっています。日本では、バブル崩壊後に職を失った人々がブルーシートで覆う小屋を建て、一時期大問題になったことがありました。しかし韓国では、透明や黒っぽい素材が好まれるようです。本来住宅ではないこのような建物が最近5年間で20%近く場しているといいます。韓国では、貧困者が集まり、スラム化するタブーエリアが拡大しているのです。「ビニールハウス」はそんな社会背景を描いた、この上なく悲しく、不気味な映画でした。
 
 ところで、この映画は金沢で観たわけですが、やはり能登半島地震のことが頭から離れません。このたびの震災で実家が被災した金沢紫雲閣の大谷賢博総支配人によれば、能登半島地震では指定された避難所以外に、農業用のビニールハウスで身を寄せ合い、寝泊まりを続ける人たちがいたそうです。真冬の冷たい風が容赦なくハウスの隙間から入ってくる中で寒さ対策として、居住空間と荷物置き場をブルーシートで囲み、農業用資材や段ボールの上に、皆で持ち寄った布団やカーペットを敷き、ストーブを囲んで暖を取り、ガスコンロで食事を作るのです。過酷な生活でも「知らない人が多い避難所より、家族のような近所な人がいる」という理由からです。

大谷家の入居が決まった仮設住宅
 
 
 
 能登半島でのビニールハウスは、助け合うコミュニティーそのものでした。そこには、お互いが困難を乗り越えようという想いがありました。もし、そこにいる人達の歯車が少しずつ噛み合わなくなって、それでも自分が幸せ生きるために手段を選ばなくなったら......。人は誰かを必要としています。そして、必要とされている人が、自分の意に反し、違う方向に進んでいく怖さというものがあります。映画「ビニールハウス」は、その恐怖を心の最も深い部分に突き刺してくるような衝撃作でした。ちなみに、ずっと避難所で生活をしていた大谷総支配人のご両親ですが、申請していた仮設住宅が抽選に当たり、晴れて入居できるようになったそうです。本当に良かった!