No.871


 アカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネートされたアメリカ・韓国映画「パスト ライブス/再会」をシネプレックス小倉で観ました。世界中が共感し絶賛した作品ですが、切なさが溢れる大人のラブストーリーの最高傑作でした!
 
 ヤフーの「解説」には、「離れ離れになっていた幼なじみの男女が、24年間のすれ違いを経てニューヨークで再会を果たすドラマ。監督はセリーヌ・ソン。『ミッシング・ガール』などのグレタ・リー、『LETO -レト-』などのユ・テオ、『ファースト・カウ』などのジョン・マガロらが出演する。ベルリン国際映画祭やゴールデン・グローブ賞などにノミネートされた」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「ソウルに暮らす12歳のノラとヘソンはお互いに惹かれ合っていたが、ノラが海外に移住したことで離れ離れになる。12年後、ニューヨークとソウルでそれぞれの道を歩んでいた二人は、オンライン上で再会してお互いへの思いが変わっていないことを確かめ合うが、すれ違いも起こしてしまう。さらに12年が経ち、36歳になったノラ(グレタ・リー)は作家のアーサーと結婚していたが、ヘソン(ユ・テオ)はそれを知りながらも彼女に会うためにニューヨークへ向かう」です。
 
 わたしはハリウッドのラブコメの類が嫌いなのですが、こういったウエットなラブストーリーは好きですね。しかも韓国映画でもありますから、昔の日本の恋愛ドラマの要素も感じました。この映画、とにかく泣けます。まず、初恋の相手と24年ぶりに合ニューヨークで会うというシチュエーション。次に、女性の方は結婚していましたが、男性の方は初恋の相手が忘れられずに未婚のままという男の純情。そして、ついに出会った2人の恋の結末。これ以上はネタバレになりますが、とにかく泣けました。
 
 12歳のときに互いに惹かれ合いながらも離れ離れになったノラとヘソンは、12年後にフェイスブックで再会しますが、ニューヨークとソウルで遠く離れ、会うことは叶いませんでした。さらに12年後、2人はついにニューヨークで会います。24年ぶりの再会シーンは非常に感動的でした。グレタ・リーは日本のMEGUMI、ユ・テオは竹内涼真に似ていると思いましたが、2人とも本当に素晴らしい俳優ですね。ただし、12年後のヘソンは月9ドラマの金字塔である「あすなろ白書」(1993年)で主演した筒井道隆に似ていると思いました。同じアジア人なので、やはり韓国人俳優は感情移入がしやすいです。
 
「パスト ライブス/再会」はセリーヌ・ソン監督の初作品ですが、いきなりアカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネートされたのは凄いですね。この物語は、監督の実際の体験談に基づいているそうです。アカデミー賞のノミネートを受けたとき、彼女は「わたしたちの映画には『縁(イニョン)』と呼ばれる東洋のコンセプトがあります。それは、同じ時間に同じ場所にいるという奇跡的なつながりと愛を指します。この奇跡は、前世(PAST LIVES)で、共に生きた何千もの人生の結果なのです。わたしたちチーム全員が、この映画を制作中に『縁(イニョン)』を深く感じることができました」と語っています。
 
「パスト ライブス/再会」という映画の物語も、イニョン(縁)がキーワードになっています。初恋の男性が女性を訪ねてきて、夫と一緒に迎えるという構図は、一条真也の映画館「この世界の片隅に」で紹介した2016年公開の日本のアニメ映画のワンシーンを思い出しました。あの映画では、軍人になった幼なじみの青年が主人公すずが訪ねてきます。彼は「俺と一緒に故郷に帰ろう」と言うのですが、すでに人妻であったすずは初恋の人の言葉に従いませんでした。「パスト ライブス/再会」でも自身の熱い想いを抑えた大人のラブストーリーが展開されていきます。そして、そこには韓国社会に根付いている儒教の影響もあるように感じました。午前4時のバーカウンターのシーンでは、ヘソンがノラの夫であるアーサーに「ぼくたちもイニョン(縁)がありますね」と語りかけるシーンが印象的でした。
 
「パスト ライブス/再会」は、たった数日間の切ないラブストーリーですが、わたしは恋愛映画の名作である「マディソン郡の橋」(1995年)を連想しました。アイオワ州マディソン群の片田舎。農場主の妻フランチェスカ(メリル・ストリープ)は、夫と2人の子供に囲まれ平凡な主婦として穏やかな毎日を送っていました。そんなある日、1人で家の留守をしていた彼女の所へある男が道を尋ねてきます。男の名はロバート・キンケイド(クリント・イーストウッド)。旅のカメラマンで、この近くの屋根のある橋ローズマン・ブリッジを撮影に来たが道に迷ったのでした。橋までの道案内に車に同乗したフランチェスカ。それは2人にとって、永遠に心に残る4日間の始まりでした。
 
 数日間の切ない恋愛ドラマが描かれていることは共通していますが、「マディソン郡の橋」と「パスト ライブス/再会」では、その恋愛の表現の仕方が正反対といっていいほど違います。かつて、わたしは若い頃に「マディソン郡の橋」を観て感動のあまりボロ泣きしましたが、今では「パスト ライブス/再会」のような抑制した大人の恋愛に静かな感動をおぼえます。最後にノラとヘソンの2人がウーバーの車が着くのを待つ2分間はものすごい緊張感でドキドキしましたが、その結末には心が洗われたように思いました。姦通罪という法律もあって不倫を絶対悪とする韓国社会の影響もあるでしょうが、本当に相手の幸福を願ったら、自分の想いに正直に生きるだけではいけないことはわかるはずです。素晴らしい大人の恋愛映画でした。ぜひ、斎藤由貴さんや広末涼子さんにも観ていただきたいです!
 
 最後に、「パスト ライブス/再会」はニューヨークの観光映画としてもよく出来ていることを指摘しておきます。かつて、ハリウッドは「ローマの休日」(1953年)、「旅情」(1955年)、「慕情」(1955年)といった一連の作品でローマやヴェニスや香港の観光地としての魅力を世界中に発信しましたが、この映画でもニューヨークの魅力がよく描かれています。ヘソンは生まれて初めてニューヨークを訪れた設定で、ノラは彼を数々の観光名所に案内します。この映画では、都市景観の象徴的な空撮ショットとは別に、2人がニューヨーク市の各地を歩き回るいくつかの特定の場所もフィーチャーされています。たとえば、ブルックリン区のプリマス ストリート65番地にあるメインストリート・パークなどもそうですね。
 
 2人が関わるいくつかの重要なシーンも、ニューヨーク市ブルックリン区のドックストリート、オールド1番地にあるブルックリンブリッジ・パークのジェーンズメリーゴーランド内とその周辺で撮影されたとか。ニューヨーク市マディソンスクエアノース4-28にあるマディソンスクエア・パークで、2人が24年ぶりに再会するいくつかの重要なシーンの背景に、デヴィッド・グラスゴー提督ファラガット記念碑が見えます。わたしも、コロナ禍もあって、もうずいぶんニューヨークを訪れていません。「パスト ライブス/再会」を観て、久々に行ってみたくなりました。学生時代に初めて世界の首都を訪問したときの感動は忘れられません。現在はひどい円安で、わたしも何かと多忙ですが、いろんなことが落ち着いたら、また行きたいです。