No.930
2014年のアメリカ映画「ナイトクローラー」をU-NEXTで観ました。ネットで「結局〇〇が一番怖いと思わされた映画挙げてけw」というショート動画を見たのですが、そこで第1位に挙げられていた作品です。同じくショート動画の「結局、人間が一番怖いと思わされた映画挙げてけw」で第1位だった一条真也の映画館「目撃者」で紹介した韓国映画が面白かったので、今回も観てみることにしました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「第87回アカデミー賞脚本賞にノミネートされたサスペンス。事件や事故現場に急行して捉えた映像をテレビ局に売る報道パパラッチとなった男が、刺激的な映像を求めるあまりに常軌を逸していく。脚本家として『ボーン・レガシー』などを手掛けてきたダン・ギルロイが、本作で監督に初挑戦。『ブロークバック・マウンテン』などのジェイク・ギレンホールを筆頭に、『マイティ・ソー』シリーズなどのレネ・ルッソ、『2ガンズ』などのビル・パクストンらが出演。報道の自由のもとで揺らぐ倫理という重いテーマが、観る者の胸をざわつかせる」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「人脈も学歴もないために、仕事にありつけないルイス(ジェイク・ギレンホール)。たまたま事故現場に出くわした彼は、そこで衝撃的な映像を撮ってはマスコミに売るナイトクローラーと呼ばれるパパラッチの姿を目にする。ルイスもビデオカメラを手に入れ、警察無線を傍受しては、事件現場、事故現場に駆け付ける。その後、過激さを誇る彼の映像は、高値でテレビ局に買い取られるように。やがて局の要望はエスカレートし、それに応えようとルイスもとんでもない行動を取る」
「結局〇〇が一番怖いと思わされた映画挙げてけw」では、ベスト10を紹介しています。第10位のイギリス映画「ウィッカーマン」(1973年)では「田舎の風習が怖い」、第9位の韓国映画「箪笥」(2003年)では「音が怖い」、第8位のアメリカ映画「フリーソロ」(2018年)では「絶壁が怖い」、第7位のアメリカ映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)では「人間の欲望が怖い」、第6位の韓国映画「コンジアム」(2018年)では「廃病院が怖い」、第5位のアメリカ映画「ディア・ハンター」(1978年)では「戦場の狂気が怖い」、第4位のアメリカ映画「鳥」(1963年)では「カラスが怖い」、第3位のオランダ・フランス映画「ザ・バニシング 消失」(1988年)では「サイコパスが怖い」、第2位のイギリス・アメリカ映画「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」(2008年)では「結婚が怖い」。そして栄えある第1位の「ナイトクローラー」は「画面の前の俺らが怖い」となっています。この作品は未見ですし、これはもう観るしかない!
そして実際に鑑賞した「ナイトクローラー」はなかなか興味深い内容でした。ジェイク・ギレンホールが演じるルイスはカネも学歴も人脈もありません。完全な社会的弱者であるために仕事にもありつけません。そんな彼が見つけた仕事が、衝撃的な映像を撮ってはマスコミに売るパパラッチ、つまり「ナイトクローラー」でした。ルイスはパパラッチを天職だと思いますが、この映画を観れば、いかにパパラッチという仕事が下らないものかがよくわかります。天職とは英語で「ベルーフ(Beruf)」といいます。キリスト教の宗教改革で知られるマルティン・ルターおよびルター聖書の校訂者たちが用いた言葉で、神から与えられた「使命」という意味があります。ここからプロテスタントのあいだには、自分が従事する世俗的な職務を、神に与えられた「天職」として意識する生活態度が生まれました。他人の不幸をカネに変えるパパラッチには「天職」という言葉はマッチしません。「天性の詐欺師」とか「生まれつきの泥棒」みたいなものではないでしょうか。
ルイスは非常に弁が立ちます。自分を売り込むときは立て板に水の如く、間髪入れずにペラペラと喋ります。わたしは、喋りまくるルイスの姿を見て、ブログ「『ド正論』で生きる」で紹介した某政治家のことを連想しました。彼は現代日本を代表する雄弁家として知られていますが、その内容については疑問視する人が多いようです。ルイスは映像制作会社の社長としてリーダーを目指しますが、彼は真実を語りません。リーダーは第一線に出て、部下たちが間違った情報に引きずられないように、真実を語らなければなりません。部下たちに適切な情報を与えないでおくと、リーダーが望むのとは正反対の方向へ彼らを導くことにもなります。そして説得力のあるメッセージは、リーダーへの信頼の上に築かれます。信頼はリーダーに無条件に与えられるわけではありません。それはリーダーが自ら勝ち取るものであり、頭を使い、心を込めて、語りかけ、実行してみせることによって手に入れるものなのです。
「ナイトクルーラー」という映画はホラーではありませんが、怖いです。何が怖いかというと、主人公ルイスの自己肯定感が怖いです。明らかに間違ったことをして、ひいては法に触れる行為に手を染めても、「自分は正しい」という思い込みの強さ。これはルイスだけでなく、世の多くの経営者の中にも見られます。「ただ利益を上げればいい」「ただ儲かればいい」と考えている拝金主義の経営者のなんと多いことか。ルイスの場合は、金銭欲に加えて名誉欲や性欲まで満たそうとしており、まさに「人間のクズ」です。結局、リーダーにとって最も大切なものは「志」であると、わたしは思います。志とは心がめざす方向、つまり心のベクトルです。行き先のわからない船や飛行機には誰も乗らないように、心の行き先が定まっていないような者には、誰も共感しませんし、ましてや絶対について行こうとはしません。ですから、ルイスのたった1人の部下である助手のリックの共感さえ得られませんでした。
一条本の「赤本」と「青本」
リックがルイスに向かって「あんなは、人間の心がわかっていないんだよ」と言うシーンがあり、印象的でした。この映画はマネジメントやリーダーシップについて考えさせてくれました。ちなみに、「心」を主軸としたマネジメントやリーダーシップについては、拙著『孔子とドラッカー』、『龍馬とカエサル』(ともに三五館)の2冊に詳しく書きました。2冊とも「人間の心を動かす法則集」ですが、一条本の読者の間で前作は「赤本」、本書は「青本」として親しまれたようです。かつて「人の心はお金で買える」と言った人物がいましたが、もちろん、人の心はお金では買えません。人の心を動かすことができるのは、人の心だけです。「ナイトクローラー」を観終わったとき、わたしは、そんなことを考えました。