No.928


 7月21日の日曜日は父に呼ばれて、ずっと実家で過ごしました。日曜日といえば映画館に行くことが多いのですが、この日はタイミングが合わず、実家からそのまま帰宅しました。しかし、映画中毒のわたしは、1日1本は映画を観ないと禁断症状が起きます。それで、何か配信で映画を観たいと考えました。この日の夜は満月だったので、「シンとトニーのムーンサルトレター」第233信を投稿した後、U-NEXTで2018年の韓国映画「目撃者」を鑑賞。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
 
「『悪女/AKUJO』などに携ったキム・ウテクがプロデュースを担当したサスペンス。偶然殺人現場を目撃し、殺人鬼に狙われる主人公を映し出す。『さまよう刃』などのイ・ソンミンが主演を務め、体重を13キロ増やして本作に挑んだという、ドラマ『恋は七転び八起き』などのクァク・シヤンが犯人を演じた。監督は『その日の雰囲気』などのチョ・ギュジャン」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「夜中にひどく酔って家に帰ってきた会社員のサンフンは、女性の悲鳴を聞く。ベランダに出た彼は、女性が男性に殴り殺される瞬間を目撃する。翌朝から警察が捜査を開始するが、目撃者は名乗り出なかった。だが犯行当時、犯人はサンフンの部屋の電気がついていることに気付き、何階の部屋かをチェックしていた」
 
 まず、なぜ、わたしが6年前の韓国映画を観ようと思ったのか? それはムーンサルトレターの投稿後にスマホで「結局人間が一番怖いと思わされた映画挙げてけw」というショート動画を偶然観たからです。この動画、ベスト8を紹介しているのですが、[2ch有益スレ]とあったので、あまり真剣に観なかったのですが、そのラインナップを知って唸りました。第8位に一条真也の映画館「さがす」で紹介した2022年の日本映画、 一条真也の映画館「ゴーン・ガール」で紹介した2014年のアメリカ映画、第6位に一条真也の映画館「女神の継承」で紹介した2021年のタイ・韓国合作映画、一条真也の映画館「ミッドサマー」で紹介した2019年のアメリカ・スウェーデン合作映画、第2位に一条真也の映画館「ジョーカー」で紹介した2019年のアメリカ映画など、ガチの名作がズラリと並んでいたからです。他にも第4位が1983年のオーストリア映画「アングスト 不安」、第3位が2000年のアメリカ映画「アメリカン・サイコ」...じつに渋い作品が紹介されています。そして、栄えある第1位が韓国映画「目撃者」だったのです。未見でしたが、どうしても観たくなりました。U-NEXTで配信されていることを知り、早速観た次第です。
 
「目撃者」は、韓国で大ヒットを記録したサスペンススリラーです。深夜に泥酔状態で帰宅した会社員サンフン。外からかすかな悲鳴が聞こえたためベランダに出てみると、女性が男性に殴り殺される場面を目撃してしまいます。次の瞬間、殺人犯はサンフンの部屋の明かりに気づき、部屋の階数を確認。翌朝、警察による目撃情報の聞き取りがはじまりますが、何百室もあるマンションの真下で起きた事件にも関わらず、証人は1人も現れません。サンフンは身の危険を感じ知らない振りをするが、殺人犯だけは彼が目撃者であることを確信していたのでした。
殺人事件を目撃したサンフン(映画.comより)



 この映画、わたしはずっとイライラしながら観ました。殺人事件の目撃者であるサンフンが情けなさすぎる。「妻と娘を守りたい」などと口では言いますが、単なる小心者としか思えません。最初に目撃したときに通報していれば犯人はおそらく捕まり、その後の犠牲者は出ず、なによりも自分と家族の身が安全になったのに判断力がなさすぎます。(もう公開後ずいぶん時間が経過しているので書きますが)特に犯人に追われて逃げたとき、マンション前で嫁娘にバッタリ遭遇するシーンがあります。ちょうどそのとき刑事も来たのに、サンフンは犯人が側にいる事を言いませんでした。家族に危害がおよぶ心配より捕まえるチャンスだったのに! このシーンを観たわたしは、「何をやってるんだ!」と怒りのあまり、飲んでいた酎ハイのストロング缶を握り潰してしまいました。
犯人に追われるサンフンの妻と娘(映画.comより)



 それにしても、どうして、サンフンは犯人の顔を見たことを警察に言わなかったのか? 顔の目撃証言ありますし、韓国警察には証人を守るプログラムもないのか? あと、この映画のレビューを観ると、「4階の奥さん殺された旦那なぜ犯人に協力して殺そうとしたんだ?」「嫁が犯人に襲われて逃げる時なぜ金槌手放した?」などの意見もあり、納得しました。未見の人にはわからないでしょうが、確かにこの映画、ツッコミどころが多すぎます。「結局人間が一番怖いと思わされたか?」と聞かれれば、「思わされた」と答えます。でも、その怖さは殺人犯の怖さとかではなく、隣人たちの無関心さという怖さでした。特に、「悪い評判が立つとマンションの資産価値が下がる」と言って警察・マスコミに協力しないという署名を集めさせる管理組合の会長にはゾッとしました。「住民エゴ」ほど醜悪で怖いものはありませんね!
 
「目撃者」は、今年観た101本目の映画ですが、今年最初に観た映画が一条真也の映画館「コンクリート・ユートピア」で紹介した韓国映画でした。これが偶然、「目撃者」と同じく巨大マンションに住む人々の心の闇を描いていました。「コンクリート・ユートピア」は、大災害により荒廃した韓国・ソウルを舞台に、唯一崩落を免れたマンションに集まった生存者たちを描くパニックスリラーです。崩落しなかったマンションには生存者たちが押し寄せ、さまざまな犯罪が横行する無法地帯となっていました。危機感を抱いた住民たちは代表を立て、居住者以外を追い出し、住民のためのルールを作って「ユートピア」を築くことにします。住民代表に選ばれたのは、902号室に住むさえない男・ヨンタク(イ・ビョンホン)でした。しかしやがて彼はユートピアの権力者のように振る舞いだし、その狂気をあらわにして人々を支配し始めます。
 
「コンクリート・ユートピア」と「目撃者」を観て思ったことは、韓国社会のハートレス化です。現在、世界で最大の自殺大国となっている韓国には巨大な心の闇があるのかもしれません。心の闇に光を射すのは「コンパッション」です。拙著『コンパッション!』(オリーブの木)にも書きましたが、キリスト教の「隣人愛」、仏教の「慈悲」、儒教の「仁」、神道の「あはれ」にも通じる人類の普遍的精神です。映画「コンクリート・ユートピア」の中には、このコンパッションの精神を抱いた看護師の女性が登場。彼女は、エゴイスティックな人々が次々に命を落としていく中で生き残ります。映画「目撃者」では、サンフンの妻がコンパッションの精神に溢れた女性でした。彼女も危険な目に遭いますが、結局は生き残ります。この2作品を観て、わたしは「結局、生存するためには、コンパッションが不可欠である」とのメッセージを感じたのでした。
コンパッション!』(オリーブの木)