No.929
日本映画「あのコはだあれ?」をシネプレックス小倉で観ました。一条真也の映画館「ミンナのウタ」で紹介したホラー映画の続編ですが、とても面白かったです。「ミンナのウタ」以前の一連の作品が大コケした清水崇監督ですが、ホラー映画史に残る名作「呪怨」の世界を蘇らせて完全復活です!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『呪怨』シリーズなどの清水崇が監督を務め、ドラマ「だが、情熱はある」などに出演してきた元NMB48の渋谷凪咲を主演に迎えた学園ホラー。補習授業が行われている夏休みの学校で、いないはずの生徒が怪奇現象を巻き起こす。共演は『違国日記』などの早瀬憩や『君たちはどう生きるか』で主人公の声を担当した山時聡真、荒木飛羽、今森茉耶、蒼井旬、染谷将太など」
ヤフーの「あらすじ」は「臨時教師として補習クラスを担当していた君島ほのか(渋谷凪咲)は、ある女子生徒が屋上から飛び降りる瞬間を目撃する。再び夏休みに補習授業で指導していたほのかは、いるはずのない生徒の存在に気付く。ほのかと補習授業を受けていた三浦瞳(早瀬憩)や前川タケル(山時聡真)ら生徒たちは、やがてその女子生徒にまつわる衝撃の事実を知る」となっています。
清水監督は、Jホラーの第一人者とされています。ここ数年、一条真也の映画館「犬鳴村」、一条真也の映画館「樹海村」、一条真也の映画館「牛首村」で紹介した一連の「恐怖の村」シリーズを発表しましたが、反響はまずまずでした。しかし、一条真也の映画館「忌怪島」で紹介した2023年の映画がまことに駄作で、まったく怖くなく、当然ながらヒットもしませんでした。とある島を訪れたVR研究チームに襲い掛かる恐怖を描く物語です。脳科学者・片岡友彦(西畑大吾)とVR研究チーム『シンセカイ』のメンバーは、現実世界とそっくりな仮想空間を作る研究のため、シャーマンがいる島で研究に勤しんでいました。しかし、システムエラーやバグが突如出現することに加え、不審死が続くなど、不可解な出来事に次々と遭遇。友彦は園田環(山本美月)と共に、島で相次ぐ怪異の真相を解き明かそうと奔走するのでした。
「忌怪島」の大失敗でホラー映画の監督としてどん底に落ちた清水監督ですが、その直後に発表したのが「ミンナのウタ」でした。1本のカセットテープから流れるメロディーを耳にした人々が、次々と怪異に巻き込まれる物語です。ラジオ番組のパーソナリティーを務める「GENERATIONS from EXILE TRIBE」の小森隼は、収録前にラジオ局の倉庫で『ミンナノウタ』と書かれた1本のカセットテープを見つけます。その後、収録中に謎の声を耳にした彼は、ライブを数日後に控えているにもかかわらず突然失踪してしまいます。マネージャー・凛(早見あかり)の依頼を受け、元刑事の探偵・権田(マキタスポーツ)が調査に乗り出しますが、メンバーの周りで不可解な出来事が続発するのでした。
大コケした「忌怪島」とは打って変って、「ミンナのウタ」は、素晴らしいJホラーの傑作に仕上がっていました。その勝因は、なんといっても清水監督の代表作であり、Jホラーの歴史に燦然と輝く「呪怨」(2003年)の世界に原点回帰したことでしょう。「呪怨」とは、強い恨みを抱いて死んだモノの呪いです。その呪いに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれます。映画「呪怨」は、もともと1999年に発売された清水崇監督・脚本によるホラーのビデオ作品です。それを原作とする劇場版「呪怨」が2003年1月に単館系で公開され、ホラー映画ファンたちから絶大な支持を得ました。同年8月には続編の「呪怨2」も公開されています。
映画ファンからも高評価だった「ミンナのウタ」チームが「あのコはだぁれ?」で再集結。清水監督やスタッフ陣だけでなく、一部キャストも続投しながら、「ミンナのウタ」で生じた恐怖が拡散されていました。「ミンナのウタ」には「呪怨」の世界観が流れ込んでおり、有名な「俊雄」少年も登場しましたが、「あのコはだぁれ?」では、その俊雄が再登場。さらには俊雄が成長して青年になった姿まで見れたのでビックリ! 「ミンナのウタ」のときよりも怖さは倍増しており、心霊描写の物量も多かったです。特に、渋谷凪咲演じる君島ほのかがある生徒の家庭訪問をしたシーンは圧巻でした。日本のホラー映画史に残る名シーンであると言えるでしょう。
主演の渋谷凪咲はスクリーンで初めて見たのですが、すごく良かったですね。本格的な演技は初めてだったそうですが、ホラー映画の絶叫クイーンを熱演しました。昨年末にアイドルグループ「NMB48」を卒業して約半年。明るいキャラクターでバラエティー番組に引っ張りだこの彼女ですが、今作では笑顔を封印し「新しい渋谷凪咲を見せる」と新境地に挑みました。今回のオファーを「バラエティーの印象とまったく違うホラーという掛け合わせで新しい自分に出会えそう」と快諾したそうですが、清水監督も「新たな一面を引き出したい」と声をかけてくれたとか。
「あのコはだぁれ?」の劇中では、恐怖の連続に渋谷が演じる主人公が絶叫するシーンもありました。声が枯れてはいけないという理由でリハーサル時は声を出さず、本番だけの一発勝負になったそうです。渋谷は、「家で練習するわけにもいかず、自分がどんな声が出るのか分からない状態でやらせてもらった」と述べ、渾身の絶叫を「こんな声が出るんだと発見や驚きもあった」と振り返ります。じつは彼女、小学生の時に不思議な体験をしています。祖父の葬式後、家族で仏壇に向かい感謝の思いを伝えていたところ「周りに飾っていた花が、1本だけ横に揺れるということがあった。風も吹いてないし、ほかの花も揺れていないのに1本だけ揺れていて、おじいちゃんがみんなに『ありがとう』と返してくれたのかな」と受け取ったそうです。このエピソードを知って、いつか彼女に葬儀の映画に出演してほしいと思いました。
玄侑宗久先生と
「あのコはだぁれ?」は学園ホラーですが、少女の自死のシーンが正面から描かれています。当然、この映画を鑑賞する青少年たちの「こころ」には何らかの影響を与えるかもしれません。 ブログ「玄侑宗久先生との対談」で紹介したように、わたしは芥川賞作家で現役僧侶の玄侑宗久先生と「仏教と日本人」をテーマに対談させていただきました。わたしたちは現代日本人の「こころ」に関するさまざまな問題について語り合いましたが、特に自殺の話が印象的でした。玄侑先生のお寺は福島県の三春にありますが、同じ福島県内の「霊山こどもの村」という施設にボタン1つでガラスケースの中に竜巻が起こる装置があるとか。
竜巻について語る玄侑先生
竜巻は、4つの風を別な角度から合流させて起こします。2つでも3つでも難しいですが、4種類の風が絶妙なバランスで合流すると発生するそうです。玄侑先生は、自殺というのはこの竜巻のようなものだと思ったといいます。そしてたまたま合流した4つの風すべてを知ることができない以上、自殺を簡単な「物語」で解釈するのはやめておこうと思い至ったと語ります。自殺によって体を殺そうとした「私」は普段の私ではありません。鬱とか心身症のことも多いですし、竜巻がさまざまな要因で起こっているのかもしれません。自殺が起こるのは現実の変化に対応するための「物語」の再構成ができなかった可能性があります。
若い人たちが自殺を思い止まる物語を!
いま、15歳から39歳までの死因の第1位は自殺です。10歳から14歳の1位は小児がん。2位が自殺。むろん戦争も感染症も大きすぎるほど大きな問題ですが、こんな切ない体験をしている家族が今の日本には無数にあり、また今日も大勢の若者が、竜巻に吹き飛ばされようとしているのです。これほど重い事実はないのではないでしょうか。自殺は幾つもの原因が竜巻のように合流すると考えているのは事実ですが、これはある意味で死者の尊厳のための物語でもあります。「あのコはだぁれ?」を観終わって思ったのは、そのような玄侑先生の言葉でした。若い人たちが自殺を思い止まるような物語を提供するホラー映画が作られたらいいですね。