No.953


 10月11日の夜、この日に公開のアメリカ映画「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」をシネプレックス小倉で鑑賞。一条真也の映画館「ジョーカー」で紹介した2019年の映画の続編です。ネットでは酷評の嵐ですが、妄想映画として見れば「これもあり」だと思いました。面白くはなかったですけど。
 
 DCコミックス「バットマン」 シリーズに登場するスーパーヴィラン・ジョーカーを描いた前作に続いてトッド・フィリップスが監督し、ホアキン・フェニックスがジョーカーを演じるほか、ハーレイ・クイン役でレディー・ガガが出演しています。タイトルの「Folie à Deux」(フォリ・ア・ドゥ)はフランス語で「二人狂い」という意味で、1人の妄想がもう1人に感染し、複数人で同じ妄想を共有する精神障害のことです。
 
 米MPAが「全編を通じた激しい暴力描写や言葉遣い、複数の性的描写、わずかな全裸描写」のためR指定作品となることを発表。日本では前作とは異なりPG12指定での公開となります。前作から2年後、アーカム州立病院の患者となったアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、同じ病院の囚人リー・クインゼル(レディー・ガガ)と恋に落ちます。一方、アーサーの信奉者たちは彼を解放するための運動を始めるのでした。
 
 前作の「ジョーカー」は、世界中で大ヒットしました。孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指します。ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの住人ソフィーにひそかに思いを寄せていました。そして、笑いのある人生は素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みるのでした。最後に社会的抑圧者であった彼がブチ切れて殺人に至る場面は圧巻であり、この映画は現実の世界に多くのジョーカーの模倣犯を作りだしました。
 
 この映画は、孤独な大道芸人の男が、絶対的な悪へと変貌するさまを描いた「ジョーカー」の続編です。前作から2年後を舞台に、悪のカリスマとして祭り上げられたアーサー・フレック(ジョーカー)が謎めいた女性リー・クインゼルと出会います。このリーを演じたのがレディー・ガガですが、アーサーとリーは妄想を共有し、歌い、踊るのでした。孤独で心優しかった男の暴走の行方とは? 誰もが一夜にして祭り上げられるこの世界――彼は悪のカリスマなのか、ただの人間なのか?
 
 理不尽な世の中の代弁者として、時代の寵児となったアーサー・フレックの前に突然現れた謎の女リー・クインゼルとともに、狂乱が世界へ伝播していきます。アーサーとリーは激しく愛し合います。アーサーは、リーのことを「運命のパートナー」であると信じますが、リーには秘密がありました。それを知って落胆するアーサーですが、それでもリーを愛することをやめないのでした。見るからに「おかしな二人」であるアーサーとリーですが、彼らが愛し合う姿を見ていると、なんだか切なくなってきます。
 
 この映画、ネットなどでの評価がおそろしく低いのですが、どうも「歌ってばかりで、つまらない」という声が多いようです。たしかに歌ってばかりです。それも、歌手のレディー・ガガが演じるリーの歌唱ならまだ許せるのですが、ホアキン・フェニックス演じるアーサーの歌唱はじつにビミョーです。映画の中で使われる音楽は、アーサーが聴いて育った曲をイメージしたそうです。アーサーの母親が好きな曲も入っています。レディー・ガガは、インタビューで「彼の中で流れてる混沌とした音楽は、複雑な愛情の表れでもある。そしてアーサーに命を与えている」と語っています。なかなか興味深いですね。
 
「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」では多くの曲が流れますが、特に印象深いのが「ザッツ・エンタティンメント」です。1953年に公開されたMGMのミュージカル映画「バンド・ワゴン」のために、ハワード・ディーツ(作詞)とアーサー・シュワルツ(作曲)が書下ろした歌曲です。映画では、フレッド・アステア扮する落ち目の映画俳優が、やり手の演出家(ジャック・ブキャナン)や友人の脚本家(ナネット・ファブレー、オスカー・レヴァント)に誘われて、斬新な舞台作品に挑戦する決意を固めるシーンで用いられ、上記の4人が歌って踊るほか、ラスト・シーンでもアステアの恋人役シド・チャリシーを交えて合唱し、まさしくショウ・ビジネスの賛歌といった観があります。1974年に公開されたミュージカル映画のアンソロジー映画である「ザッツ・エンタテインメント」のテーマ曲にもなっていますね。
 
 また、「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」は舞台の多くが刑務所ですが、2002年に公開されたミュージカル映画「シカゴ」を連想しました。ブロードウェイの伝説的振付師・演出家、ボブ・フォッシーによるトニー賞受賞作『シカゴ』を映像化した作品です。1920年代のシカゴを舞台に、スターを夢見ながらも、事件を起こし刑務所に収容され、争いに巻き込まれる主人公の波乱と、スターダムへと上り詰める様子を描いています。近年のアメリカ映画において、ミュージカル映画はヒット作に恵まれない状況が続いていましたが、そのジンクスを覆した作品とも評価されています。監督はロブ・マーシャルで脚本はビル・コンドン。メインキャストはレニー・ゼルウィガー、リチャード・ギア、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ。第75回アカデミー賞の作品賞・助演女優賞など6部門を受賞。
 
 しかしながら、「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」を観て、わたしが最も連想した映画があります。1998年公開の日本映画「ドグラ・マグラ」です。「実写映画化は不可能」と言われた夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』は日本文学史に残る奇書とされ、「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常をきたす」とも評され、実際にあの横溝正史も読後、「気分が変になり夜中に暴れた」という伝説のカルト・ノベルです。わたしも中学生のときに読みましたが、本当に発狂しそうでした。映画「ドグラ・マグラ」は、そんな危険な小説を斬新な映像美で世界的に評価が高い松本俊夫監督が見事に映画化した大傑作です。
 
 映画「ドグラ・マグラ」のストーリーですが、殺人を犯して記憶喪失におちいった青年・呉一郎は、精神科医・若林のもとで治療を受けていました。若林の言によると、正木敬之という博士が呉一郎の担当医でしたが、治療の途中で死亡したといいます。呉一郎は正木博士の残した論文に目を通しますが、気がついたとき、死んだはずの正木博士が現れるのでした。要するに、狂人の精神世界をそのまま描いた天下の奇作で、「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」もこれと同じく、狂人であるアーサーの精神世界を描いている絵がなのだと思いました。ともにストーリーは支離滅裂ですが、一種のアート映画なのかもしれません。