No.967


 東京に来ています。11月13日、編集者との打ち合わせをした後、昨日に続いてヒューマントラストシネマ有楽町を訪れ、フランスのSFスリラー映画「動物界」を観ました。今年観た140本目の映画となります。フランスで観客動員100万人越えのヒットを記録したそうですが、いかにもフランス人が好みそうなテーマだなと思いました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「第49回セザール賞12部門にノミネートされたスリラー。人間がさまざまな動物に変異する奇病がまん延した近未来を舞台に、動物に変異したまま姿を消した妻を捜す男と、その息子の姿を描く。監督はトマ・カイエ。『キャメラを止めるな!』などのロマン・デュリス、『Winter boy』などのポール・キルシェ、『ファイブ・デビルズ』などのアデル・エグザルコプロスのほか、トム・メルシエ、ビリー・ブランらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「徐々に体が動物へと変異し凶暴化するという原因不明の感染病が拡大する近未来。動物に変異した者たちは施設に隔離され、フランソワ(ロマン・デュリス)の妻ラナも変異して施設に送られることになるが、移送中に事故が起きてラナは逃げ出してしまう。フランソワは16歳の息子エミールと共にラナの行方を捜すが、エミールの体にも動物化の兆しが現れる」です。
 
 この映画の冒頭シーンでも、ラストシーンでも、ともに車を運転する父親フランソワと助手席に座る息子エミールが映っています。しかし、2人の関係性は最初と最後では大きく変化しています。冒頭の車内の父子は、奇病で入院中の母親ラナに面会に行きますが、その途中で奇妙な事件に遭遇します。それは、搬送中の"鳥人間"が暴れて車から脱出し、逃走する場面でした。このシーンだけで、この映画がただならぬ作品であることがわかります。単なるホラーではなく、その背景にはさまざまな問題が潜んでいることが示されているのです。
 
 父子が面会した母のラナも身体が"動物化"するという奇病に冒されていました。フランソワとエミールは、病に侵され"新生物"となったラナとの新しい家族の形を模索しますが、そのうちエミールの身体にも変化が現れます。彼が変身しようとする動物は、ずばり、狼です。でも、いわゆる"狼男"もののホラー映画と違って、満月の夜に急に毛むくじゃらになったりはしません。少しづつ毛深くなったり、爪がよく伸びるといった、注意して観察しなければ、なかなか気づかれにくい変化です。
 
 近未来では、人間がさまざまな動物に変異する奇病が蔓延しています。スーパーでは"タコ人間"が出現し、他にもカメレオン、センザンコウ、クマのような生物に変身する人間も登場。それは「多様性」が行き着いた先なのか、それとも人類が新たなる「進化」を遂げようとしているのか? 本作は第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のオープニング作品として上映されましたが、人種差別、移民、ルッキズム、感染症など現代的なテーマを内包するアニマライズ・スリラーとして高評価を得たようです。
 
 映画「動物界」に登場する新生物たちを見て、わたしは「仮面ライダー」のショッカー怪人を連想しました。ショッカー怪人とは、従来の怪獣や異星人とは異なる「怪人」という概念を確立し、日本の特撮ヒーローのドラマ史に燦然と輝く「仮面ライダー」の人気を支える要素の1つとなりました。基本的に実在の生物・植物を人間と融合させた姿を持っており、「クモ男」「コウモリ男」「さそり男」「かまきり男」「蜂女」「キノコモルグ」「トリカブト」「ミミズ男」などモチーフとなった生物からネーミングされています。仮面ライダー自身もショッカーに「バッタ男」として改造されて誕生したという経緯がありました。
 
 それにしても、なぜ、ショッカーは改造人間という"新生物"を作り続けたのか? 一条真也の読書館「『真の安らぎはこの世になく』1」で紹介した一条真也の映画館「シン・仮面ライダー」で紹介した映画のスピンオフ漫画の第1巻では、SHOCKERの目的は「人類を持続可能な幸福へと導く」と明示されています。映画版でも「幸福」という言葉が何度も登場するので、わたしは教祖が昨年亡くなった某宗教団体を連想してしまいました。また、「持続可能な幸福」といえば、今はやりの「ウェルビーイング」そのものではありませんか! なんと、日本で最も有名な悪の秘密結社が目指すものは、世界制服ではなく、ウェルビーイング? もしかしたら、映画「動物界」の"新生物"たちもショッカーのフランス支部が関わっているのかもしれません。
 
 それはともかく、「動物界」の新生物たちは森に逃げ込むところが興味深かったです。キリスト教化される以前の古代欧州世界では、深い森林地帯で狩猟するゲルマンやケルトの諸民族が森に棲む神々を畏敬する"森の宗教"を営んでいましたが、ローマ帝国の征服が及んで、やがて彼らもキリスト教徒に改宗すると、森は一転して邪悪な魔物や狼のような恐ろしい野獣が棲む異界と化しました。中世では、教会が支配する都市や農村が神聖な神の世界を構成し、周辺の自然や森林は、いずれ神の栄光の下に征服さるべき野蛮な闇の世界とみなされたのである。魔女として迫害された女性たちも森に逃げ込んだことは有名です。映画「動物界」からは、明らかに環境保護のメッセージが存在します。そして、そこでは「他生物と共生せよ」とともに「森を守れ」というメッセージを強く感じました。