No.980


 11月5日の午後、名古屋から小倉に戻りました。その日の夜、日本・台湾映画「雨の中の慾情」を小倉コロナシネマワールドで鑑賞。観客は、わたしを含めて2人でした。なんだか昔の日活ロマンポルノを連想する卑猥なタイトルですが、つげ義春の原作漫画に由来します。ネットでの評価は低めですが、つげ義春作品の愛読者のわたしは面白く観ました。ただし、132分の上映時間は長過ぎましたね。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「つげ義春の短編コミックをベースに『岬の兄妹』やドラマ『ガンニバル』などの片山慎三が映画化したラブストーリー。売れない漫画家と自称小説家がある女性と出会い、奇妙な共同生活を送る。男女3人を演じるのは『窮鼠はチーズの夢を見る』などの成田凌とドラマ『ハロー張りネズミ』などの森田剛、『愛の小さな歴史』などの中村映里子。脚本協力で『ドライブ・マイ・カー』などの脚本を手掛けた大江崇允が参加する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「貧しい町・北町に住む売れない漫画家の義男(成田凌)は、アパートの大家・尾弥次(竹中直人)から自称小説家の伊守(森田剛)と共に引越しの手伝いを頼まれ、そこで福子(中村映里子)に出会う。義男は離婚したばかりの福子に魅了されるが、彼女には恋人がいる様子だった。やがて義男は伊守が企画する北町のPR誌を手伝うようになるが、彼の家に福子と伊守が転がり込んでくる」
 
 原作者・つげ義春は、昭和12年生まれの漫画家・随筆家です。幻想性、叙情性の強い作品のほか、テーマを日常や夢に置きリアリズムにこだわった作風を特徴とし、旅をテーマにした作品も多いです。伝説の劇画誌「ガロ」を通じて全共闘世代の大学生を始めとする若い読者を獲得。1970年代前半には「ねじ式」「ゲンセンカン主人」などのシュールな作風の作品が高い評価を得て、熱狂的なファンを獲得しました。漫画界以外にも美術・文学界からも評価され、作品を読み解く試みを誘発し、漫画評論の発展にも影響を与えています。
 
 つげ義春の漫画はこれまでに何度か映像化されています。1976年にNHKで「紅い花」が、1998年にテレビ東京で「つげ義春ワールド」が全12回でドラマ化された他、1991年には竹中直人の初監督作品として「無能の人」が映画化されています。第34回ブルーリボン賞主演男優賞(竹中直人)、1991年ヴェネツィア国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞しています。多摩川で拾った石を売る助川助三(竹中直人)。かつては漫画家として名をなしたこともありましたが、時流に乗り遅れ、数々の商売に失敗した結果、思いついたのが元手のかからない石を売るという商売でした。
 
 1993年には、「無能の人」で話題を呼んだつげ義春の「李さん一家」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「池袋百点会」という著名な短編4本を原作に映画化した映画「ゲンセンカン主人」が公開されました。つげ自身も家族ともども映画のラストに登場しオマージュを捧げられています。監督・脚本は「暴力戦士」(1979年)以来14年ぶりの劇場映画となる石井輝男。つげをモデルにした主人公の漫画家・津部を佐野史郎が演じています。売れない漫画家の淡々と過ごす日常の中で出会う奇妙な出来事を、4つのエピソードを織り混ぜて描くドラマとなっています。
 
 1998年には、つげの代表作「ねじ式」がついに映画化。監督は「ゲンセンカン主人」に続いて石井輝男。売れない貸本漫画家のツベ(浅野忠信)は、どん底生活の果てに遂に内縁の妻の国子(藤谷美紀)と離れて暮らすことになります。国子は世田谷にある会社の寮の賄婦として住み込みで働くようになり、ツベは知り合いの木本(金山一彦)のアパートに転がり込みます。ところが、ツベは国子が浮気をしているのではないかと心配でなりません。そんなある日、彼は国子が別の男の子供をはらんでいることを聞かされ、ショックで自殺を図ります。木本のお陰で一命を取りとめたツベは、その後、放浪の生活と妄想に浸る日々を送るようになるのでした。
 
 2003年には、つげ義春のロングセラー・エッセイ『蒸発旅日記』が映画化されました。監督は、寺山修司のスタッフとして活躍し、10年ぶりにメガホンを取った山田勇男。美術を日本映画界の重鎮・木村威夫が手がけます。日々の暮らしに行き詰まりを感じた主人公漫画家の津部(銀座吟八)は、ありったけの金と時刻表だけを持って、顔も知らない、まだ会ったこともない女性・静子(秋桜子)のもとへと旅立ちました。津部は自分の作品の愛読者だという彼女と結婚できさえすれば、今とはまったく違う生活が得られると思っていたのでした。
 
 2004年には、顔見知り程度でしかなかったふたりの青年が織り成す、おかしくせつない旅を描いたオフビート・コメディ「リアリズムの宿」が公開されました。監督は山下敦弘。つげ義春による「会津の釣り宿」と「リアリズムの宿」という2編の漫画を、向井康介と山下監督が共同で脚色。駆け出しの脚本家・坪井(長塚圭史)と、同じく駆け出しの映画監督・木下(山本浩司)は、顔見知りではあるが友だちではない微妙な間柄。旅行を計画した共通の友人・船木が遅刻した為、仕方なく2人で温泉街を旅することになった彼らでしたが、あてをつけていた旅館は潰れているは、新たに見つけた宿では風変わりな外国人主人に金や酒をふんだくられるは...散々でした。
 
 そして、「リアリズムの宿」からじつに20年ぶりに映画化された、つげ義春ワールドが「雨の中の慾情」です。「欲情」ではなく「慾情」。日活ロマンポルノではないにせよ、けっこうエロな内容です。主演の成田凌と中村映里子がサルのようにセックスしまくります。この映画のオープニングでは本物の猿のセックス・シーンが流れたのですが、本編では人間界でもそのままの世界が展開されました。冒頭の雨の中の情事のシーンも相当なものでした。もちろん幻想性や芸術性はあるのですが、一言でいって「エロ」です。成田凌も中村映里子も全裸で局部にボカシが入っているのですが、「よくやるなあ」と思いました。
 
 もっとも成田凌の正体が怪優であることを、わたしは一条真也の映画館「スマホを落としただけなのに ~最終章~ ファイナル ハッキング ゲーム」で紹介した中田秀夫監督作品で知っていました。落とされたスマートフォンに端を発する、黒髪の美女ばかりを狙った連続殺人事件を描いた映画です。事件を追っていた刑事・加賀谷学(千葉雄大)に一度は逮捕されたものの、人の心を操るブラックハッカーでもある連続殺人鬼・浦野善治(成田凌)は、刑務所内からサイバー攻撃を企て、警察の混乱に乗じて姿を消します。この映画で主演した成田凌はラストで、とんでもないカルトな役を演じるのです。良く言えば「役者魂」を感じますが、悪く言えば「色物」だと思いました。
 
 つげ義春の漫画を映像化した作品は不条理なものが多いのですが、「雨の中の慾情」は不条理というよりも、主人公の夢を描いた印象でした。あるいは、パラレルワールドが交互に舞台になるといった感じですね。台湾でほとんど撮影したそうですが、エンドロールには台湾人俳優の名前がずらりと並んでいました。台湾と思われる村を旧日本軍が攻撃し、現地民を皆殺しにするシーンが何度も登場しましたが、個人的には不要ではないかと思いました。あまりにも何度も出てくるので、くどかったです。この映画、上映時間が132分でしたが、正直「長過ぎる」と感じました。20分減らして112分ぐらいでちょうど良かったと思います。せっかくの名作も冗漫になっては台無しです。あと、森田剛が思ったほどの輝きがなかったですね。ヒロインの中村映里子は良かったです。