No.1008


 2月10日、イギリス映画「アーサーズ・ウイスキー」を小倉昭和館で観ました。上映時間90分の作品ですが、なかなか面白かったです。劇場は高齢のご婦人でいっぱいでしたが、まさにその方々のための映画だと感じました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「あるウイスキーを飲んだことで体が若返った3人の70代女性が織り成すコメディー。若返っている間に夢をかなえようと考えた彼女たちが、念願のラスベガス旅行に繰り出す。オスカー俳優のダイアン・キートンが主人公を演じ、『デス・ヒート/スパイを愛した女』などのパトリシア・ホッジ、『いつも心に太陽を』シリーズなどのルルのほか、ミュージシャンのボーイ・ジョージが本人役で出演。スティーヴン・クックソンがメガホンを取り、プロデューサーと共同脚本も務めた」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「発明家の夫に先立たれたジョーン(パトリシア・ホッジ)は、親友のリンダ(ダイアン・キートン)とスーザン(ルル)と共に夫の作業場を片付けていた際、ひそかに蒸留されたウイスキーを見つける。そのウイスキーを飲むと体が若返ることを知った3人は大喜びでバーやナイトクラブに繰り出すが、数時間でもとの70代の体に戻ってしまう。ウイスキーを飲み切る前に願望をかなえようと考えた彼女たちは、念願のラスベガス旅行に出発する。旅先で楽しい時間を過ごすうちに、彼女たちは飾らない自分でいることの大切さに気付く」
 
 この映画のテーマは、ずばり「老い」です。冒頭、若返りの薬が落雷によって完成するシーンは、「フランケンシュタインかよ...」と思ってしまいました。わかりやすくはありますが、ちょっと安易な設定に感じましたね。3人の主人公たちは若返りのウイスキーで20代に変身しますが、数時間でもとの70代の体に戻ってしまいます。なんとか若い体のままで男性のハートを射止めようとするのですが、なかなかうまくいきません。そのドタバタを描いたコメディーですが、笑えるようで、笑えない映画でした。
 
 彼女たちが夜な夜な酒場で男漁りをするシーンは、ダイアン・キートン主演の名作「ミスター・グッドバーを探して」(1977年)を連想しました。1970年代に社会現象となった"女性の自立"と"性の解放"に社会派監督リチャード・ブルックスが一石を投じた問題作です。子供の頃に小児麻痺で片足が不自由になったテレサ(ダイアン・キートン)は、手術で歩けるようになりましたが常に再発の不安を抱えてきました。ある日、セックスやドラッグを自由に謳歌する姉に影響を受け実家を離れた彼女は、昼はろうあ学校の教師を務め、夜になるとバーに通って男たちと行きずりの関係を繰り返すようになります。そんな中、酒場で出会ったトニー(リチャード・ギア)とのドラッグを使ったセックスに溺れていくのでした。
 
「アーサーズ・ウイスキー」に登場する老女たちは、せっかく若返ったのに考えることは男性のことばかりです。女性とは、いくつになっても男性を求めるものなのでしょうか? 大岡越前守が、母親に「女はいつまで性欲があるのか」とたずねたところ、母は黙って火鉢の灰をかき回したという話は有名ですね。わが国で最初に老人の性意識調査を実施した大工原秀子によると、男性の40%は60歳を過ぎてもセックスを望んでいますが、女性はわずかに2.4%しか望んでいないと報告をしています。しかし、マリッジ・コンサルタントとして長年、夫婦の性の相談役をつとめた奈良林祥は「性行為においては、主役は女であり男は脇役にすぎないのだ、と男が気づき、事実、そのように男が行動したとき、その性行為は、はじめて二人にとって納得のゆく、豊かなものになる」と語っています。
老福論』(成甲書房)



 拙著『老福論』(成甲書房)にも書いたように、わたしは「人は老いるほど豊かになる」と考えています。ですから、アンチ・エイジングという考え方は基本的に好きではありません。「ありのままの自分を大切に」というウェルビーイングの思想を大切にしています。ダイアン・キートン演じるリンダがラスベガスで若返りウイスキーを飲まずに、「ありのままでいたい」と置いた身体のままで親友たちと目一杯楽しみ、その生涯を終えることができたのは素敵だと思いました。これがあったからこそ、エンディング前に、ジョーンとスーザンが老いながらも残りの人生を楽しんでいくシーンが輝きをもった気がします。もし、リンダが若返りをしてラスベガスを楽しんでいたら、「楽しいことは、若くないとできないのだ」と感じ、ある登場人物は好意を持っている異性への愛の告白に踏み切れなかったでしょうし、ラストのスカイダイビングへの挑戦もできなかったのではないかと思います。
 
 彼女たちがラスベガスでボーイ・ジョージと一緒にステージに上がった場面は最高でしたね。わたしは学生時代に六本木に住んでいて、毎晩のようにディスコに通っていましたが、そこではユーロビート系の曲に合わせて踊っていました。ときどき、新宿のツバキハウスなどでボーイ・ジョージ率いるカルチャー・クラブの曲がかかり、わたしは体をクネクネさせながら踊っていました。(笑)高校時代の同級生でミュージシャンだった朝本浩文君(故人)ともよくディスコに行きましたね。このあたりのことはわが処女作である『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)に詳しく書いています。そんなエピソードがわたしにとっての「黒歴史」ではないかと某匿名ブロガーがXに投稿していましたが、別に黒歴史でも何でもありません。キラキラした素敵な青春の思い出です。逆に、過去の経験についてそんな歪んだ考えしかできない匿名ブロガーの人生そのものが黒歴史、いや「黒人生」ではないかと思います。

 この映画が上映される前の小倉昭和館では、 一条真也の映画館「侍タイムスリッパ―」で紹介した2024年の大ヒット映画の予告編が流れました。同作のラスト30分の緊張感はただ事ではなく、現在・過去・未来に向き合うドラマとして、それぞれ異なる立場の人間たちの生き様に感動します。敵として対峙する幕末の会津藩士は佐幕派で、長州藩士は倒幕派でした。徳川幕府を倒して新しい世界を呼び込もうとした者たちと、あくまで徳川家に忠誠を誓い、最後まで幕府を守ろうとした者たち。その両方が与えられた時代を必死に生きました。幕末に限りません。どの国の、どんな時代であっても、必死に生きた人々がいたのです。「置かれた場所で咲きなさい」という名言がありましたが、人は誰も自分が今置かれている時代を生き抜くしかありません。そして、現在の自分の年齢で生き抜くしかないのです。「アーサーズ・ウイスキー」はまさにそんなことをわたしに考えさせてくれた映画であり、若返りウイスキーというツールを使った「老い」を讃える老福映画でした!