No.1010
打ち合わせの合間に、アメリカ映画「リアル・ペイン~心の旅~」をTOHOシネマズシャンテで観ました。上映時間90分の作品ですが、非常に心に残りました。グリーフケアを考える上で必ず観るべき名作だと思いました。
ヤフーの「解説」には、「『ゾンビランド』シリーズなどのジェシー・アイゼンバーグが監督、製作、主演を担当し、第40回サンダンス映画祭でウォルド・ソルト脚本賞を受賞したドラマ。祖母の遺言に従ってアウシュビッツへのツアーに参加したユダヤ人の青年とその従兄弟が、祖母と縁のある場所を巡りながら自己を見つめていく。『トッド・ソロンズの子犬物語』などのキーラン・カルキン、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』などのウィル・シャープ、ドラマシリーズ「レッド・オークス」などのジェニファー・グレイらが出演する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。 「ニューヨーク在住のユダヤ人デヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)と従兄弟のベンジーは(キーラン・カルキン)は、亡くなった祖母の遺言に従い、ポーランドのアウシュビッツまでのツアー旅行に参加する。正反対な性格のデヴィッドとベンジーは、行く先々で衝突を繰り返しながらも、個性豊かな人々と出会いながら祖母と縁のある場所を巡る。40代を迎えて言いようのない苦しさを感じていた二人は、旅を通じてそれらに向き合う力を養っていく」
ジェシー・アイゼンバーグ監督のデビュー作は、一条真也の映画館「僕らの世界が交わるまで」で紹介した2024年日本公開作品です。「ソーシャル・ネットワーク」(2010年)などの俳優だったアイゼンバーグが、自身が制作したラジオドラマを基に長編劇映画で初監督を務めたヒューマンドラマです。社会奉仕活動に忙しい母親とインターネットのライブ配信に熱中する高校生の息子に訪れた変化を描いています。ドメスティックバイオレンス被害者のためのシェルターを運営する母エヴリン(ジュリアン・ムーア)と、インターネットのライブ配信で人気を集める高校生の息子ジギー(フィン・ウォルフハード)は、互いのことが分かり合えずに空回りばかりしていました。ある日、すれ違い続ける二人の日常に小さな変化が訪れます。
上映時間88分の「僕らの世界が交わるまで」に続くアイゼンバーグ監督の第2作となる「リアル・ペイン~心の旅~」も、前作と同様に社会派の90分の映画です。非常に深いテーマを90分以内に収める技量は非凡ですが、そんなに長くないがゆえに観客は物語に集中できると思いました。「リアル・ペイン~心の旅~」でベンジーを演じたキーラン・カルキンが「ハリー・ポッター」シリーズの主役を務めたダニエル・ラドクリフによく似ていた(と、わたしは思いました)ので不思議な気分でしたが、ふざけてばかりいるベンジーの陽気さの裏に彼の巨大な心の闇があることが次第にわかってきます。
ニューヨークに住むユダヤ人デヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)と従兄弟のベンジーは、ポーランドの歴史探訪ツアーに参加します。歴史探訪といっても、古代や中世の遺跡巡りではなく、ほんの80年前にナチスが作ったユダヤ人の強制収容所を巡る旅でした。そんなツアーにユダヤ人の2人が参加したわけです。マイダネクを見学したとき、犠牲となったユダヤ人たちが遺した膨大な靴の山を見たとき、ベンジーは嗚咽します。彼はもともと鬱病を患っており、前年には大量の薬を飲んで自死を図ったのでした。精神が不安定なベンジーをデヴィッドは見守り、寄り添い、ケアし続けます。ベンジーとデヴィッドはいとこではありますが、本当の兄弟のようです。ベンジーが命を絶とうとしたとき、最も心を痛めたのもデヴィッドでした。
わたしは、この映画を観る直前に読み終えた元フジテレビアナウンサーの渡邊渚さんのフォットエッセイ『透明を満たす』(講談社)の内容を思い出しました。いま巷を騒がせているある芸能人によって心を殺された著者は、PTSDと診断され、精神科の病院に入院します。長い闘病生活の後で外泊を赦された著者は、妹と2人だけの時間を過ごします。そのとき妹に病気の話をした著者は、「もう辛くて、このまま生きていても良いことってあるのかな。臓器とか移植して、私より生きるべき人がいるんじゃないか。死にたい」と、感情のままに思っていることをすべて話したそうです。すると妹は大粒の涙を流して、「なぎちゃんに死なれたら、私はどうしたらいいの? 絶対に死なないで」と言ったそうです。そのエピソードを思い出して胸が熱くなり、渡邊渚さんの深い悲嘆を想いました。
ところで、ツアーの途中、一行は「ワルシャワ蜂起記念碑」を訪れます。この記念碑は、ナチスの占領に対するポーランドの抵抗組織による 1944 年の悲惨な蜂起を今に伝えるモニュメントです。ワルシャワのために戦うポーランド兵士を描いたリアルなブロンズ像群です。ここでベンジーが兵士のポーズの真似をして写真に写ろうとします。デイヴィッドは「死者に対する冒瀆だぞ!」とベンジーを諫めるのですが、ベンジーは言うことを聞きません。それどころか、彼の誘いに乗ってデイヴィッド以外のツアー客全員が記念碑の兵士たちと思い想いのポーズで記念撮影するのでした。銅像といえば、ブログ「『銅像に学ぶ』開始!」でも紹介したように、わたしは三度の飯より銅像が好きです。正確には、銅像の真似をして写真に写ることが好きです。「銅像」は先人の偉大なる歴史的瞬間を切り取った芸術品であり、そのポーズには深いメッセージが潜んでいます。銅像と同じポーズを取ることで偉人の志を感じるわけですが、これは先人に対する「礼」でもあり、その精神を学ばせていただくのです。もともと「学ぶ(まなぶ)」という言葉は、「真似ぶ(まねぶ)」から来ています。銅像の真似をすることは正しいのです!
「リアル・ペイン〜心の旅〜」は、死者を想う映画です。まず、デヴィッドとベンジーの2人は彼らの亡くなった祖母を想い、旅の終わりに祖母が住んでいた住居を訪ねます。墓参したら墓に石を置いていくというユダヤ教の習慣に従って、彼らは祖母の旧居の前にも石を置きますが、そのような宗教的慣習は初めて知りました。「わたしは、あなたに会いに来ましたよ」という生者から死者へのメッセージなのでしょうが、とても興味深く感じました。ポーランドの歴史探訪では、当然ながらナチスに虐殺されたユダヤ人犠牲者たちに想いを馳せます。ツアー参加者の中には、ルワンダ大虐殺の生存者の青年もいました。終戦80年となる今年、わたしは沖縄・広島・長崎・靖国に慰霊の旅をしようと考えていますので、この映画のツアーは参考になりました。わたしも、ベンジーが感じたような「リアル・ペイン」を感じたいと願っています。
もともと、わたしはアウシュビッツをはじめとしたナチスのユダヤ人強制収容所を訪れたいと思っていました。冠婚葬祭互助会の先輩経営者で現地を訪れた経験のある方が「あそこは行くべきではない。ユダヤ人の遺品のメガネが大量に展示されていたが、見ていたら気分が悪くなったよ」と言われているのを聞いて、逆にますます行きたくなりました。この映画には、マイダネクが登場します。正式にはルブリン強制収容所で、ナチス・ドイツが第2次世界大戦中に設置した強制収容所の1つです。ポーランド、ルブリン郊外に位置しますが、ここにはガス室が設置されました。いつの日か、わたしが理事長を務める冠婚葬祭文化振興財団で「グリーフケア研修ツアー」を企画し、アウシュヴィッツとマイダネクを訪れてみたいです。そして、そこで人類の「リアル・ペイン」を感じたいです。