No.1015
東京に来ています。2月17日の夜、銀座で出版関係の打ち合わせをした後、シネスイッチ銀座でアメリカ映画「ドライブ・イン・マンハッタン」を観ました。100分の上映時間のほとんどがタクシーの車内で展開される男女の会話のみ、つまり完全な密室劇です。でも、その会話の密度が高かったので、わたしの満足度も高かったですね。
ヤフーの「解説」には、「ニューヨークの街を走るタクシーの車内を舞台にしたシチュエーションドラマ。ジョン・F・ケネディ空港からマンハッタンへ向かうタクシーの中で、親子ほど年の離れた乗客の女性と運転手の男性が会話をするうちに、それぞれが抱える秘密や本音をさらけ出していく。メガホンを取るのは『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』などのクリスティ・ホール。『マダム・ウェブ』などのダコタ・ジョンソン、『ザ・ガンマン』などのショーン・ペンらが出演する」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「夜のニューヨーク。ジョン・F・ケネディ空港からプログラマーの女性(ダコタ・ジョンソン)がタクシーに乗り込み、運転手(ショーン・ペン)にマンハッタンへ向かうように頼む。運転手はシニカルなジョークで車内の雰囲気を和ませ、女性も彼と気が合ったことから、会話は弾み始める。やがて運転手は2度の結婚を経験したことを打ち明け、女性との会話を通じて彼女の恋人が既婚者であることを見抜く。次第に会話は思わぬ方向へと進み、女性は誰にも教えなかった秘密を運転手に聞かせる」
この映画、登場人物が2人だけの密室劇なのに退屈にならないのは、何といっても主演女優であるダコタ・ジョンソンの美貌に負うところが多いです。アメリカの女優で、ファッションモデルの彼女ですが、1989年に俳優ドン・ジョンソンと女優メラニー・グリフィスの間の娘としてテキサス州オースティンで生まれました。母方の祖母は女優ティッピ・ヘドレンで、祖父は広告会社の幹部で元子役俳優ピーター・グリフィス。メラニーの再婚相手の一人である俳優アントニオ・バンデラスは義父にあたります。そんなダコタ・ジョンソンの女優としての出世作は「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」(2015年)。非常に官能的な映画でしたが、本作「マンハッタン・タクシー・ドライバー」もある意味で最高に官能的な作品と言えます。特に、愛人関係にある男女がLINEを即レスの応酬で交換していくシーンは非常にエロティックでしたね。
ニューヨークを走るタクシー運転手の映画といえば、誰でもアメリカ・ニューシネマの金字塔「タクシー・ドライバー」(1976年)を思い浮かべることでしょう。ニューヨークの夜を走るひとりのタクシードライバーを主人公に、現代都市に潜む狂気と混乱を描き出した傑作です。ベトナム帰りの青年トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)は夜の街をタクシーで流しながら、世界の不浄さに苛立ちを感じていました。大統領候補の選挙事務所に勤めるベッツィ(ジョディ・フォスター)と親しくなるトラヴィスでしたが、彼女をポルノ映画館に誘ったことで絶交されてしまいます。やがて、闇ルートから銃を手に入れたトラヴィスは自己鍛錬を始めますが、そんな彼の胸中にひとつの計画が沸き上がるのでした。
タクシー運転手と乗客との会話で成立する映画ということで、ブログ「パリタクシー」で紹介したフランス映画を連想しました。クリスチャン・カリオンが監督などを手掛けたヒューマンドラマです。タクシー運転手とあるマダムのパリ横断ドライブを描くとともに、彼女の驚きの人生も映し出した傑作です。パリでタクシー運転手をしているシャルル(ダニー・ブーン)は、金もなければ休暇もなく、免許停止寸前という人生がけっぷちの状態にありました。ある日彼に、92歳のマドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリの反対側まで送り届けるという仕事が舞い込んできます。彼女の頼みでパリの街のあちこちに立ち寄るうちに、マドレーヌの知られざる過去が明らかになっていくのでした。
ニューヨーク、パリときて、東京の街を走るタクシー・ドライバーの映画はないのかと思ったら、一条真也の映画館「ちょっと思い出しただけ」で紹介した2022年の日本映画がありました。2021年7月26日。34歳の誕生日を迎えた佐伯照生(池松壮亮)は、サボテンの水やりなどをしてからステージ照明の仕事へ向かい、ダンサーにライトを当てていました。一方、タクシー運転手の葉(伊藤沙莉)は、客を乗せて夜の東京を走っています。トイレに行きたいという客を降ろした葉は、どこからともなく聞こえる足音に導かれて歩き出し、照生が踊るステージにたどり着きます。さかのぼること1年前の7月26日。照生は自宅でリモート会議をし、葉はマスクを着けて飛沫シートを付けたタクシーを運転していました。コロナ映画としても、タクシー映画としても傑作で、わたしの大好きな作品です。
「ドライブ・イン・マンハッタン」の話に戻りましょう。ニューヨークを走るタクシーといっても外の光景は一切スクリーンに映らないので、よくある観光映画ではありません。映画「ドライブ・イン・マンハッタン」は、とにかく会話の映画です。ショーン・ペン演じる運転手がダコタ・ジョンソン演じる女性客の秘密をどんどん聞き出していくのですが、いろんな意味で参考になりました。女性を口説く話術というような下衆な話ではなく、心に傷を抱えているいる人がそれを語ることによって楽になっていくという「ケア」のあり方が描かれていました。狭いタクシーの車内で、次々に自分の秘密を告白していく女性の姿は、まるで教会の懺悔室で自身の罪を語る信者のようでした。そして、語ることこそがケアとなるということを見事に示した映画でした。最後に、現在、不倫関係にあるカップルの方々はけっしてこの映画を一緒に観ない方がいいということを老婆心ながらご忠告申し上げます。
シネスイッチ銀座で「君の忘れ方」が上映中でした!
ポスターには原案がクレジット
この日、嬉しいことがありました。「ドライブ・イン・マンハッタン」を鑑賞したシネスイッチ銀座にまだ一条真也の映画館「君の忘れ方」で紹介した日本映画が上映されていたのです。原案は拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)ですが、1月17日に全国公開されました。ちょうど1ヵ月が経過してもまだ上映されていたことに感激しました。しかも銀座のど真ん中、日本一立地が良い映画館です。忘れられない良い思い出になりました。
シネスイッチ銀座にて(撮影:出版寅さん)