No.1000


 1月17日から全国公開された日本映画「君の忘れ方」をシネプレックス小倉で観ました。この映画、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)が原案です。いわば、わたしは製作側の身内なので、なかなか冷静かつ公平なレビューを書くのは難しいですね。とにかく、「無事に公開されて良かった!」の一心です。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「死別との向き合い方をテーマに、恋人が他界し悲嘆に暮れる青年が、ある出会いをきっかけに前へ進もうとする人間ドラマ。メガホンを取ったのは『いのちスケッチ』『光を追いかけて』の脚本などを手掛けてきた作道雄。主人公を『フタリノセカイ』などの坂東龍汰、ヒロインを『あさひなぐ』などの西野七瀬、主人公の母親を『葛城事件』などの南果歩が演じるほか、円井わん、津田寛治、岡田義徳、風間杜夫らが共演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「放送作家・森下昴(坂東龍汰)は付き合って3年になる恋人・美紀(西野七瀬)との結婚を控えていたが、ある日彼女が交通事故で帰らぬ人となる。ショックでぼうぜんとした日々を過ごす中、彼は母親・洋子(南果歩)の勧めで故郷・岐阜へ久々に帰省する。洋子もまた不慮の事故で夫を亡くしており、今も深い悲しみを抱えていた。昴の悲しみが癒えることはないと思われたが、彼はある体験を通して美紀の死と向き合うようになる」
 
 ブログ「『君の忘れ方』のラッシュを観る」で紹介したように、昨年7月11日、わたしは、さいたま市中央区上落合にある結婚式場「ステラ・デル・アンジェロ」で、セレモニーの志賀司社長と一緒に「君の忘れ方」のラッシュ(試写)を観ました。志賀社長は、同作のゼネラルプロデューサーであります。そのとき、グリーフケアに関する描写でどうしても看過できない部分がありましたので、その旨をお話ししました。後日、当該箇所はきちんと修正されて問題はなくなりました。安心しました。

 ラッシュを観たとき驚いたのは、映画のストーリーそのものが大きく変化していたことです。この映画の脚本は作道監督自身が手掛けていますが、最初に出来上がったものを志賀ゼネラルプロデューサーや益田裕美子プロデューサーは却下しました。わたしも読ませてもらいましたが、「これではダメだ」と思いました。その後、何度も書き直したようですが、志賀氏の提案で、エンタメ要素が大幅に加わったようです。具体的には、坂東龍汰さんが演じる主人公・昴の母親である洋子の葛藤がミステリー仕立てで描かれているのです。洋子は南果歩さんが演じましたが、さすがベテラン女優だけあって、夫を死に至らしめた張本人を探す姿には鬼気迫るものがありました。グリーフケア映画へのミステリー要素の添加は、正直最初は違和感がありましたが、結果としては成功していたと思います。
 
 この映画は、なんといっても主演である坂東龍汰さんの演技力と存在感に負うところが大きいです。坂東さんを初めて知ったのは、一条真也の映画館「春に散る」で紹介したボクシング映画でした。同作で坂東さんはボクシングの日本人王者の役で、横浜流星が演じる主人公の挑戦を受けるのですが、そのボクシング・シーンがド迫力でした。わたしは格闘シーンのリアリティには滅法うるさいのですが、坂東vs横浜のスーパーファイトには大満足でした。また、彼はボクシング映画でチャンピオンの役ができるぐらいの鍛え抜かれた肉体持ち主ですが、「君の忘れ方」では終始、ポンチョみたいなダボっとした服を着ていたことは残念でした。もっと坂東さんの肉体美が際立つ服装をしてほしかった!
撮影打ち上げ会で坂東龍汰さんと



 わたしが坂東さんと初めてお会いしたのはブログ「映画『君の忘れ方』出演」で紹介した2023年9月10日の撮影時でしたが、とても礼儀正しく爽やかな好青年でした。それなのに精神的に成熟した印象を受けたのを記憶しています。ブログ「タキシードを着て、映画とグリーフケアを語る」で紹介したように、昨年12月14日に俳優・映画監督の齋藤工さんにお会いしたとき、坂東さんがシュタイナー学校の出身で齋藤さんの後輩だと知り、大いに納得しました。シュタイナー学校は演劇教育を重視しており、そこで坂東さんは演技に目覚めたようです。ドラマ「ライオンの隠れ家」で自閉症の青年を熱演して高い評価を受けたことは記憶に新しいですね。
 
君の忘れ方」主演の坂東龍沙さんも素晴らしかったですが、ヒロインの美紀を演じた西野七瀬さんも良かったです。ブログ「西野七瀬さんいお会いしました!」で紹介したように、昨年11月16日に大阪府八尾市の「MOVIX八尾」で初めて西野さんにお会いしました。一条真也の映画館「52ヘルツのクジラたち」で紹介した町田そのこ氏原作の日本映画で西野さんはシングルマザーを演じていました。それがわが子をネグレクトおよび虐待する鬼のような女で、本当に憎々しい役でした。その演技があまりにも真に迫っていたので、わたしは「もしかして西野七瀬は本当に嫌な女では?」と不安に思っていたのですが、実際にお会いしてみると礼儀正しく素敵な女性で安心しました。しかし、女優さんの演技力というのは凄いものですね!
舞台挨拶の前の西野七瀬さんと



 西野七瀬さんは、日本を代表する女性アイドルグループである乃木坂46で7回もセンターを務めました。乃木坂46では、白石麻衣、生田絵梨花、齋藤飛鳥、山下美月、賀喜遥香、遠藤さくら、井上和といった歴代の人気メンバーの中でも絶対的エースだったのですが、実際にお会いしてみると、とても清楚で落ち着いた女性でした。もちろん小顔でスタイルも良く、さすがは元スーパー・アイドルだと感服しました。加えて謙虚であり、人間性も素晴らしい! じつは、わたしは白石麻衣さんのファンなのですが、白石さんだと色気があり過ぎて美紀の役には合わなかったと思います。控えめな西野さんの儚げな存在感はまさに美紀そのものでしたし、死後に幻影として昴の前に現れるのもまったく違和感がなかったです。ただ彼女が死に至ったバス事故の描き方が分かりにくかったのが悔やまれます。西野さんがバスに乗った直後に葬儀が始まっている印象で、もっと死の場面を丁寧に描いてほしかった!
出演シーン1
出演シーン2
出演シーン3
出演シーン4



 さて、映画「君の忘れ方」には、恥ずかしながら、わたしも出演しています。佐藤という名前のフューネラル・ディレクター役で美紀の葬儀で彼女の遺影を祭壇に飾り、一礼する役です。撮影会場入りしたとき、助監督から「フューネラル・ディレクターの佐藤役で、この映画の原案者でもある一条真也先生入ります!」との紹介があり、俳優やエキストラ、スタッフのみなさんが盛大な拍手をしてくれました。わたしがヒロインである西野七瀬さん演じる主人公の遺影を祭壇に飾って、そのままタイトルインするという重要な役です。所作の美しさや気品が求められるということで緊張しましたが、なんとかやりきりました。撮影はテイク2でOKが出ましたが、アドリブで遺影に向かって合掌し、祭壇に一礼しました。
出演シーン5
出演シーン6
出演シーン7
出演シーン8



 撮影の翌日、作道監督より「一条先生、昨日はありがとうございました。一条先生に現場に来ていただけて嬉しかったというのが一番の感想です。遺影を祭壇に置き、タイトルを出すというこの映画の要のポイントは、グリーフケアや映画への思いがある方に全うしていただきたいと思っていましたので、それが叶いました。ありがとうございます。祭壇への一礼もそうですし、はけていかれるときのお顔つきもとても良かったです」とのLINEが届きました。それを読んで「ああ、良かった!」と安堵しました。ちなみに、わたしの出演シーンは「本予告」、「ストーリー編」、「母の葛藤編」という映画「君の忘れ方」の3つの公式予告編のすべてに登場しています。
愛する人を亡くした人へ』(PHP文庫)



 この映画の原案は、わたしが2007年に書いた『愛する人を亡くした人へ』というグリーフケアの本です。18年前の刊行当時はまだ「グリーフケア」という言葉を知る人はほとんどいませんでした。それが今では時代のキーワードになりつつあります。一昨年12月には、ブログ「グリーフケアの時代に」で紹介したドキュメンタリー映画も公開され、わたしも出演し、グリーフを抱える方同士が結ぶ「悲縁」について紹介致しました。東京での公開初日には秋篠宮妃紀子さまも臨席、鑑賞されました。出演者として私がご挨拶させていただくという大役を務めさせていただきました。昨年5月には東京永田町の議員会館でも上映され、当時の岸田文雄総理大臣をはじめ、多くの国会議員の方々が御覧になられています。
 
 そして、ドキュメンタリー映画「グリーフケアの時代に」に続いて、グリーフケアをテーマにしたドラマ映画「君の忘れ方」が全国公開されたわけです。わたしが社長を務めるサンレーでは2010年に遺族の会 「月あかりの会」を発足させました。映画「君の忘れ方」にも、この「月あかりの会」が重要な役割で登場しています。グリーフケアには、 同じ思いの人たちが集まれる場を提供してあげることが一番大切で、同じように大切な方を亡くされた方々と安心して安全に語り合うことが重要なのです。
「わたし」から「わたしたち」へ!(舞台挨拶より)



 わたしが理事長を務めている一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団には、2021年6月に創設された「グリーフケア士」 という資格制度があるのですが、 グリーフケア士はすでに全国で1000人を超え、 さらに上級グリーフケア士も32人が取得しています。これには、まことに感慨深いものがあります。18年前に『愛する人を亡くした人へ』を書いたとき、わたしは孤独でした。でも、今は孤独ではありません。「わたし」から「わたしたち」へといった大きな変化を感じています。また、「わたしたち」というのは生きている人だけではありません。亡くなっている死者も含みます。わたしたちは、死者によって支えられ、死者とともに生きています。昨年9月20日に父が亡くなったのですが、この映画が完成することをすごく楽しみにしていました。残念ながら父は映画館で観ることはできませんでしたが、わたしが父の遺影を持って鑑賞しました。きっと喜んでくれたことと思います。
父の遺影を持って鑑賞しました



 わたしが大の映画好きだということは、当ブログの読者のみなさんよくご存知だと思います。これまでに多くの映画を観て、レビューも書いてきましたが、このブログ記事がちょうど1000本目の映画レビューとなります。記念すべき1000本目の作品が「君の忘れ方」であることに運命的なものを感じています。わたしは、この映画を批評することなどできません。わたしが心を込めて書いた大切な本が原案であり、わたしも出演させていただいたこの映画を1人でも多くの方に観ていただきたいと願うばかりです。最後に、「君の忘れ方」を製作していただいた志賀司ゼネラルプロデューサーと益田裕美子プロデューサー、メガホンを取っていただいた作道雄監督に心から感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。
(左から)益田氏・作道監督・一条・志賀氏