No.1018
2月20日の夜、TOHOシネマズシャンテでイラク・ドイツ・フランス合作映画「聖なるイチジクの種」を観ました。第97回アカデミー賞の国際長編映画賞にドイツ代表でノミネートされた話題作ですが、本当に凄いものを見た思いです。あまりにも、あまりにも衝撃的な作品で、まだ放心状態です。もちろん、一条賞の大賞候補作品です!
ヤフーの「解説」には、「家庭内で消えた1丁の銃をめぐり家族の間に不信感が広がっていくサスペンス。護身のために預かった銃がなくなったことをきっかけに、家族の間に不穏な空気が漂い始める。監督などを手掛けるのは『悪は存在せず』などのモハマド・ラスロフ。ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニのほか、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキらが出演している。第77回カンヌ国際映画祭で特別賞を受賞した」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「テヘランに住むイマンは念願の予審判事への昇進を喜ぶものの、仕事の内容の実態は反政府デモの逮捕者を不当に処罰するのが主な業務だった。ある日、護身用に国から支給された銃が家の中で消え、当初はイマンによる紛失だと思われたが、妻のナジメ、長女のレズワン、二女のサナに疑惑が生じ始める」です。
モハマド・ラスロフ監督は、過去に母国のイラン政府を批判する映画を製作したことによって、イラン政府から国家安全保障に反する罪で懲役8年、鞭打ち、財産没収の実刑判決を受けました。弁護士は「即座に収監されるだろう」と見ており、その後さらに本作「聖なるイチジクの種」を作ったことが知られたら刑期はさらに長くなると予想されます。そのため、2024年、ラスロフ監督は国外脱出を決断し秘密裏にイランを出国しました。密かに母国を去った最大の理由は、すでにイラン・イスラーム共和国によってパスポートを没収されていたからです。現在のところ、彼は"亡命状態"なのだといいます。
国家公務に従事する一家の主・イマンは 20 年間にわたる勤勉さと愛国心を買われ夢にまで見た予審判事に昇進します。しかし業務は、反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を課すための国家の下働きだった。報復の危険が付きまとうため国から家族を守る護身用の銃が支給される。しかしある日、家庭内から銃が消えました。最初はイマンの不始末による紛失だと思われましたが、次第に疑いの目は、妻・ナジメ、姉のレズワン、妹・サナの 3人に向けられます。捜索が進むにつれ互いの疑心暗⻤が家庭を支配します。そして家族さえ知らないそれぞれの疑惑が交錯するとき、物語は予想不能に壮絶に狂いだすのでした。
この映画の前半は非常に政治的です。冒頭では、「マフサ・アミニの死」が描かれます。2022年9月、イラン・イスラーム共和国の首都テヘランで警察に拘束されたイラン国籍のクルド人女性マフサ・アミ二(当時22歳)が、その3日後に死亡した実際の事件です。彼女の死をきっかけにイラン各地で大規模な抗議デモが起こり、それを弾圧する政府側との間で衝突が起こります。その時に一般市民の側から撮影された映像も劇中に登場しています。そんな中、20年もの間、国家のために忠実に働いてきた父・イマンに対して、思春期にある2人の娘は反抗的な態度を見せるのでした。夫と妻と2人の娘。この家族構成はわが家とまったく同じであり、どうしてもわたしはイマンに感情移入してしまいました。鑑賞後も、イマンは悪くないと思います。彼が気の毒でなりません。
「聖なるイチジクの種」のストーリーをこれ以上追うのはネタバレになるので控えますが、前半は政治的な描写が多く、少々退屈で眠気も誘う内容でした。しかし、上映開始後90分ぐらいにイマンの銃が自宅から消えたあたりから急にスリリングな展開となり、圧倒的に面白くなります。要するに真面目な政治映画にサスペンスの要素が入ったのです。これを見て、わたしは一条真也の映画館「君の忘れ方」で紹介した日本映画を思い出しました。原案は、グリーフケアの書である拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)です。もともとは「君の忘れ方」はグリーフケアを啓蒙するドラマ映画として製作が決定したのですが、やはりそれだけだと映画としての魅力に欠けるため、殺人事件の真犯人探しというサスペンスの要素が加えられたのです。志賀司ゼネラルプロデューサーのアイデアでしたが、結果的にこの試みは成功しました。サスペンスの色彩によって、映画そのものがミステリアスでスリリングなエンターテインメントに一変し、感心した次第です。
町田そのこ氏から献本されたサスペンス小説
サスペンスといえば、わたしは大のサスペンス好きで、サスペンス映画の名作とされているものは一通り観ています。サスペンス小説はなかなか読む時間が取れませんが、これも好きです。そういえば数日前に、『愛する人を亡くした人へ』の文庫版の解説を書いていただいた本屋大賞作家の町田そのこ氏から最新作の献本が送られてきました。『月とアマリリス』(小学館)という本で、帯には「圧倒的リーダビリティ!!」「本屋大賞作家の新境地となるサスペンス巨編」「声なき声が届くなら 今度こそ記者を諦めない」 「北九州の山中で発見された白骨化した遺体。あなたは誰? どんな人生を送ったのーー」と書かれています。いやあ、これは面白そう! ぜひ、出張の合間に読ませていただきます。町田さん、いつもありがとうございます! 最後に、「聖なるイチジクの種」はサスペンス映画をも超えて、わたしにとってはホラー映画そのものであったことを付け加えておきます。