No.1047


 4月11日、この日から公開されたアメリカ映画「シンシン/SING SING」を観ました。アカデミー賞には3部門ノミネートされ、ネットでの評価も非常に高い作品です。でも、正直わたしの心には刺さりませんでした。疲れていたこともありましたが、退屈のあまり途中で寝てしまいました。アメリカ人受けする物語なのかもしれません。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「アメリカ・ニューヨークにあるシンシン刑務所で実際に起きた出来事を描いたドラマ。厳重な警備体制が敷かれるシンシン刑務所に無実の罪で収監された男が、刑務所内更生プログラムの舞台演劇に参加したことをきっかけに生きる希望を抱く。監督は『ザ・ボーダーライン 合衆国国境警備隊』などのグレッグ・クウェダー。『カラーパープル』などのコールマン・ドミンゴ、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』などのポール・レイシーのほか、クラレンス・"ディヴァイン・アイ"・マクリン、ショーン・サン・ホセらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「身に覚えのない罪で最も厳重なセキュリティー体制が敷かれるシンシン刑務所に収監されたディヴァインGは、刑務所内更生プログラム『舞台演劇』のグループに入り、メンバーと演劇に取り組むことで生きる希望を見いだそうとしていた。そんな中、刑務所内で最も恐れられている囚人クラレンス・マクリンが舞台演劇のグループに参加する。クラレンスを警戒しながら、ディヴァインGは新たに控える演目に向けて準備を進める」
 
 シンシン刑務所とは、アメリカ合衆国ニューヨーク州オシニングにある刑務所です。警備レベルは"maximum security"といいますから、最高に厳重なのですね。「シンシン」という名前の由来は刑務所が立てられている地区のオシニングに住むインディアンの部族ウォピンジャー族の集落"Sinksink"からきており、1828年に同地で開設された時は、「マウントプレザント」という名称でした。1970年に"Ossining Correctional Facility"に改名されましたが、1985年に現在の名前に戻されています。
 
 シンシン刑務所の場所はニューヨーク市から北へ48km、ハドソン川に面した場所にあります。敷地内には、メトロノース鉄道のハドソン線が通っています。2007年にニューヨーク州の死刑制度が廃止されるまで、処刑室が置かれていました。刑務所内には約1700名の囚人が服役可能である。刑務所が建設された頃の1825の古い独居房を博物館に改装する計画が持ち上がっています。このような刑務所で最も恐れられている囚人クラレンス・マクリンが映画「シンシン/SING SING」には登場しますが、なかなかの迫力でした。
 
 シンシン刑務所には、刑務所内更生プログラム「舞台演劇」があります。その練習風景を見て、わたしは「会社も同じだな」と思いました。最初はまったくの白紙状態から、スタッフを集めてどんなドラマをつくるのかというイメージを描き、シナリオをつくってキャストを選んでいきます。演劇やテレビのドラマなら本番が終わればそれですべてが終了しますが、会社の場合はエンドレスで、毎日がリハーサルと本番の繰り返しです。各部門や社員1人ひとりには、ドラマと同じように役が与えられます。
 
 会社でも演劇でも、その役を見事に演じ切った人は喜びや満足感も大きくなりますが、全員の心が一体化すれば、それよりもはるかに大きい感動があります。しかし、なかに1人でも「どうせ、つくりものだから」と手を抜いたり、照れながら演技する人間がいると、すべてはぶち壊しになってしまうのです。刑務所の場合は収監されて自由を奪われているわけですから、囚人というのは基本的にグリーフを抱えています。また、自身が犯した罪を悔いて悲嘆に暮れている者もいるでしょう。ゆえに、囚人たちの間には「悲縁」というべきものがあると思いますが、その中でお互いにケアをしていく関係にあります。
 
 映画「シンシン/SING SING」のキャッチコピーは「『ショーシャンクの空に』の友情再び!」となっています。「ショーシャンクの空に」は1994年のアメリカ映画で、スティーブン・キングの中編「刑務所のリタ・ヘイワース」をティム・ロビンス&モーガン・フリーマン主演で映画化した人間ドラマです。長年ショーシャンク刑務所に入っている囚人レッドと無実の罪で収監された元銀行副頭取アンディの友情を軸に、アンディが巻き起こす数々の奇跡が描かれます。94年度のアカデミー賞では作品賞を含む7部門でノミネートされたものの無冠に終わりましたが、映画ファンに愛される名作として知られています。
 
 ただし、「ショーシャンクの空に」に登場する囚人アンディは白人ですが、「シンシン/SING SING」の主人公のディヴァインGは黒人です。その意味で、1999年のアメリカ映画「グリーンマイル」の方を、わたしは連想しました。「グリーンマイル」は、「ショーシャンクの空に」のフランク・ダラボン監督&スティーブン・キング脚本コンビが放つ感動作です。アメリカ南部の死刑囚舎房を舞台に、不思議な力を持つ黒人死刑囚と看守たちとの心の交流を描く物語で、トム・ハンクス主演です。ファンタジー映画というべき作品で、わたしの大好きな一本です!
 
「シンシン/SING SING」を観て、連想した映画は他にもあります。一条真也の映画館「アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台」で紹介した2020年のフランス映画もそうです。刑務所の囚人たちに演技を教えることになった俳優の奮闘を描いたヒューマンドラマです。スウェーデンの俳優ヤン・ジョンソンの実体験をもとに、実在の刑務所で撮影を敢行しました。売れない俳優エチエンヌ(カド・メラッド)は、刑務所の囚人たちを対象とした演技ワークショップの講師を依頼されます。サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』を演目に選んだ彼は、一癖も二癖もある囚人たちに演技を指導していく。エチエンヌの情熱はいつしか囚人たちや刑務所管理者の心を動かし、実現は困難とされていた刑務所外での公演にこぎつける。彼らの舞台は予想以上の好評を呼んで再演を重ねることになり、ついには大劇場パリ・オデオン座から最終公演のオファーが届きます。ラストは、驚愕の結末でした。
 
「アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台」にしろ、「シンシン/SING SING」にしろ、素人集団に演技を教えていくことは大変なことだと思います。わたしは、ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏が自身のYouTubeチャンネルで展開している「REAL VALUE」に出演し、プレゼンターにブチ切れる一幕があったことを思い出しました。配信では「誰でも芸能界に挑戦できる世界にしたい」と主張する、タレントコミュニティー事業の起業家がプレゼンターとして登場。堀江氏の前で実際にプレゼンしました。起業家は、プレゼンの前に「演技がうまいと思う役者さんはいますか?」と堀江氏に投げかけました。すると、堀江氏は「香川照之さん」と返答しています。
 
 さらに起業家は「堀江さんはご自身で演技が上手だと思いますか」と質問し、堀江氏は「俺は下手だよ」と即答。続けて起業家から「では、なぜ舞台に出るのかなと思って。僕は下手な方々が舞台とか映像に出ることによって、まだ売れてなくて技術のある役者さんたちの芸能のチャンスをつぶしてると思ってるんですよ」と言われると、堀江氏は「ケンカ売ってるんだ」と反応し、激怒したのです。堀江氏が出ている舞台というのは「ブルーサンタクロース」というミュージカルで、堀江氏が主演を務めています。おそらく演技では素人の自分が主演ということに引け目を感じていたところを起業家に衝かれてブチ切れたのでしょう。そういえば、堀江氏も刑務所にいた経験がありましたね。それにしても失礼な質問で、激怒するのは当然です!
 
 ところで、映画「シンシン/SING SING」のラストはある囚人が出所するシーンです。それなりに感動の場面ではあるのですが、わたしには物足りませんでした。日本映画で数多くの出所の名シーンを観ているからです。最も印象に残っているのは、山田洋二監督の名作「幸せの黄色いハンカチ」(1977年)の冒頭、刑務所から出てきた高倉健が町の食堂に入るシーンです。「ビールください」と注文した後、壁に貼ってあるメニューをじっと眺め、まさにしぼり出すような声で「しょうゆラーメンとカツ丼」と告げます。運ばれてきたラーメンとカツ丼を高倉健はむさぼり食うのですが、これがもう最高にうまそうでした。「うまい!」とか一言も口に出さないのに、うまそうなのです。健さんは2日間、水だけしか飲まずに撮影に臨んだといいます。そうやって、芝居のリアリティを出したのですね。ということで、「シンシン/SING SING」のラストにも、もっとリアリティが欲しかったです!