No.1060
4月28日、イギリス・ニュージーランド映画「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」をシネプレックス小倉で観ました。世界最高峰のバレエ団 "ボリショイ・バレエ" のプリマになる夢を見て単身アメリカからロシアへ渡った少女の実話に基づいた物語ですが、観客の目をひとときも離させない圧倒的なパワーを持った作品でした。傑作です!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「アメリカ人ダンサーのジョイ・ウーマックの実話をベースに、完璧なプリマになることに執着するバレリーナの狂気を描いたサイコサスペンス。ロシアのバレエ団に入団した主人公が、厳格な教師や強力なライバルたちの存在により精神的に追い詰められていく。主人公を『17歳の瞳に映る世界』などのタリア・ライダー、バレエ団の教師を『女は二度決断する』などのダイアン・クルーガーが演じるほか、オレグ・イヴェンコやバレリーナのナタリア・オシポワらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ボリショイ・バレエ団にスカウトされたジョイ(タリア・ライダー)は、希望を胸にロシアへ渡る。しかしアカデミーの伝説的な教師ヴォルコワ(ダイアン・クルーガー)は、脅迫ともいえる過酷なレッスンをジョイに課す。さらにライバルたちからの嫌がらせに苦しんだジョイは、精神的に追い詰められ、ある行動に出る」
映画の主人公は、実在のアメリカ出身のバレリーナであるジョイ・ウーマックをモデルにしています。彼女は ワシントンD.Cの名門キーロフ・アカデミーでロシア・バレエを学びました。15歳でロシアに渡り、ボリショイ・アカデミーに入学。2012年に最優秀成績5+で卒業し、アメリカ人女性として初めてボリショイ・バレエ団に入団。クレムリン・バレエ団でプリンシパルを2018年まで務めました。2016年に世界三大バレエコンクールの1つ、ヴァルナ国際バレエコンクールで銀賞を受賞。現在パリ・オペラ座に所属しつつ、世界各国の舞台に立っています。若いダンサーを支援するProject Primaを創設し、後進の指導にも携わっています。ロシアでの活躍を追ったドキュメンタリー映画「The White Swan」(2020年)も作られました。
「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」の主人公ジョイは、ボリショイ・バレエのプリマになるという大きな夢と希望を抱き、ロシアのアカデミーに入ります。しかし、彼女を待ち構えていたのは、常人には理解できない完璧さを求める伝説的な教師ヴォルコワの脅迫的なレッスンでした。過激な減量やトレーニング、日々浴びせられる罵詈雑言、ライバル同士の蹴落とし合い。ジョイの精神は徐々に追い詰められていきます。わたしは、大好きな女優の1人であるダイアン・クルーガー演じるヴォルコワの姿が、一条真也の映画館「セッション」で紹介した2015年の音楽映画に登場したジャズの鬼教官テレンス・フレッチャー(J・K・シモンズ)の姿に重なりました。どんなジャンルにも狂気の指導者が存在しますね。
ジョイが暗闇の中でターンを繰り返すシーンがあります。練習にも関わらず、凄まじい緊張感が漂っています。ジョイは、憧れのバレリーナたちが立った舞台に自分もいるかのように、一筋の光を浴びながら踊り続けます。遠くから聞こえる歓声に浸っていたかと思った次の瞬間、彼女は飛び出ていた鉄筋にふくらはぎを擦ってしまい、血を流します。練習に没頭し過ぎたあまり、鉄筋に気づかなかったのです。激痛に悲鳴をあげるジョイですが、その叫びは誰にも届きません。このシーンにはサイコサスペンスというよりもホラーの印象がありました。血も出てきますしね。
ホラーのような暗闇の中のシーンを観て、わたしは本物のホラー映画の名作を連想しました。1977年のイタリア映画「サスペリア」です。ダリオ・アルジェント監督による世界のホラー映画史に残る名作で、映画宣伝史における屈指の名キャッチコピー「決してひとりでは見ないでください」とともに公開され、日本でも大ヒットを記録しました。この映画、物語の舞台がバレエ学校なのです。ドイツ・フライブルクの名門バレエ学校に入学したスージー・バニヨン(ジェシカ・ハーパー)を待ち受けていた奇怪な体験が描かれています。次々と殺人が起こる中、彼女は学校に魔女が棲んでいる事を突き止める。アルジェント監督は原色に近い派手な色彩と音楽(ゴブリン!)の合体でスタイリッシュな作品を造り上げ、その手法は以後のイタリアン・ホラーに大きな影響を与えた。
この映画の主人公のモデルとなったジョイ・ウーマックは、製作現場に立ち会って振付や細かい演出の指導なども行ったそうです。ジョイを演じたタリア・ライダーは、「ジョイがすぐそばにいてくれたのは非常に心強かったです。だって彼女の情報を手に入れられる最高のリソースなんですから」と語っています。ウーマックは、「私たちダンサーにとってバレエは、完璧さを追求するために人生のほとんどを費やすものなのです。それを短い時間でやることはかなり難しいことだと思います。だからタリアは大きな挑戦をしたと思います。そして彼女がスタントを使わずにできるだけ長い時間を自分で踊りたいと望んだのは、本当に勇気のあることだと思います。彼女の大変な尽力に称賛をおくります」とコメントしています。
「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」の主演は、ハリウッドの超新星タリア・ライダーです。クラシック・バレエのトレーニングを受けてきた経験がないというのが信じられないぐらい、素晴らしい舞いを見せてくれました。純真無垢な少女から狂気のバレリーナへと変貌していく様を見事に演じています。彼女は、一条真也の映画館「ウエスト・サイド・ストーリー」で紹介した2021年のアメリカ映画でテッサ役でした。同作の主人公マリアは「白雪姫」で性悪が露呈したレイチェル・ゼグラーが演じましたが、タリアがマリアを演じるべきだったと思います。教師ヴォルコワを演じたダイアン・クルーガーは、実際に英国ロイヤル・バレエ団でダンサーを目指していたそうです。さらには、映画「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」(2018年)に主演したダンサーのオレグ・イヴェンコがジョイのパートナー・ニコライを演じています。
「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」は、伝説的ダンサーであるルドルフ・ヌレエフの半生を映画化した伝記ドラマです。「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年)などで知られる俳優レイフ・ファインズがメガホンを取り、ヌレエフの若かりしころから亡命に至るまでを描いています。1961年、海外公演のためソ連から初めて国外に出た無名の若きダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(オレグ・イヴェンコ)は、パリの街に魅了されます。自由な生活や文化、芸術の全てをどん欲に吸収しようとしますが、その行動はKGBに監視されていました。やがてヌレエフが、フランス人女性のクララ・サン(アデル・エグザルコプロス)と親密になったことで政府の警戒が強まり、ある要求を突き付きられるのでした。
そして、何よりも「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」には、世界的バレリーナのナタリア・オシポワが本人役で登場しており、大きな話題になっています。1986年モスクワ生まれの彼女は、18歳でボリショイ・バレエにコール・ド・バレエとして入団。2005年にアレクセイ・ファジェーチェフ版「ドン・キホーテ」でキトリ役を踊って批評家の賞賛を浴び 、2006年にソリストに昇格。2009年にリーディング・ソリストに昇格。2010年にはプリンシパルに昇格しますが、2011年に「芸術的な自由のため」として退団。その後、アメリカン・バレエ・シアターのメトロポリタン歌劇場でのシーズンに客演。「ドン・キホーテ」でホセ・カレーニョと、「眠れる森の美女」と「ロメオとジュリエット」ではデイヴィッド・ホールバーグと共演。映画では彼女が「白鳥の湖」を舞うシーンにジョイが感動するシーンが登場します。
さて、「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」には、"「ブラック・スワン」に次ぐ、美と戦慄のサイコ・バレエ開幕!"とのキャッチコピーがつけられています。実際、予告編を観たとき、わたしは、2010年のアメリカ映画「ブラック・スワン」に似ているなと思いました。同作の監督は、ダーレン・アロノフスキー。ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属するバレリーナ、ニナ(ナタリー・ポートマン)は、踊りは完ぺきで優等生のような女性でした。芸術監督のトーマス(ヴァンサン・カッセル)は、花形のベス(ウィノナ・ライダー)を降板させ、新しい振り付けで新シーズンの「白鳥の湖」公演を行うことを決定します。そしてニナが次のプリマ・バレリーナに抜てきされますが、気品あふれる白鳥は心配ないものの、狡猾で官能的な黒鳥を演じることに不安がありました。
最後に、「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」について調べていたら、「ポリーナ、私を踊る」という2016年のフランス映画を知りました。1人の天才バレエ少女の、輝かしくも数奇な運命を描いた話題のフランス・グラフィックノベルの映画化だそうです。ボリショイ・バレエ団のバレリーナを目指すロシア人の女の子ポリーナ(アナスタシア・シェフツォワ)は、厳格な恩師ボジンスキー(アレクセイ・グシュコフ)のもとで幼少の頃から鍛えられ、将来有望なバレリーナへと成長していきます。かの有名なボリショイ・バレエ団への入団を目前にしたある日、コンテンポラリーダンスと出会い、全てを投げ打ってフランスのコンテンポラリーダンスカンパニー行きを決めるのでした。この映画、たしか上映中に鑑賞しようと思っていましたが叶わなかった作品です。現在はU-NEXTで観れるそうなので、今度ぜひ!