No.1061
このGWは、混雑を避けて映画館には行きませんでした。自宅でずっと次回作『満月交命~ムーンサルトレター』(現代書林)の原稿チェックをしていますが、息抜きにU-NEXTで日本映画「キリエのうた」を鑑賞。178分という時間は長く感じました。時系列がわかりにくく、脚本が粗い印象です。でも、主人公の歌は素晴らしかった!
ヤフーの「解説」には、「『スワロウテイル』などの岩井俊二が監督、小林武史が音楽を担当し、路上ミュージシャンの女性・キリエを中心とする男女の出会いと別れを描いたドラマ。歌うことでしか声を出すことのできないキリエをはじめ、それぞれ異なる背景を持つ4人の男女の物語が、宮城・石巻や大阪、北海道・帯広、東京を舞台に繰り広げられる。キリエをガールズグループ『BiSH』の元メンバーであるアイナ・ジ・エンドが演じ、松村北斗、黒木華、広瀬すずなどが共演する」と書かれています。
映画.comの「あらすじ」は、以下の通りです。
「石巻、大阪、帯広、東京を舞台に、歌うことでしか"声"を出せない住所不定の路上ミュージシャン・キリエ、行方のわからなくなった婚約者を捜す青年・夏彦、傷ついた人々に寄り添う小学校教師・フミ、過去と名前を捨ててキリエのマネージャーとなる謎めいた女性・イッコら、降りかかる苦難に翻弄されながら出逢いと別れを繰り返す男女4人の13年間にわたる愛の物語を、切なくもドラマティックに描き出す」
この映画、2023年の公開です。公開当時は観る気がしませんでした。予告編で路上ミュージシャンの話だと知りましたが、あまり興味がなかったからです。それと、広瀬すずの髪の色が変だったので、観る気が失せました。それが4日の「みどりの日」にたまたま岩井俊二監督の作品であることを知り、翌5日の「こどもの日」の早朝に鑑賞しました。一条真也の映画館「Love Letter」で紹介した1995年の映画は女優・中山美穂の代表作として名高いですが、岩井監督の代表作でもあります。ブログ「中山美穂さんを偲ぶ」で紹介したように、4月22日のミポリンのお別れの会の当日に同作の4Kリマスターを鑑賞したのですが、大変感動しました。「キリエのうた」が岩井監督の最新作と知り、「これは観なければ」と思った次第です。
「キリエのうた」を観て真っ先に感じたのは、「この映画は『Love Letter』へのオマージュ的作品だな」ということ。主人公が路上ミュージシャンという設定ゆえにわかりにくいのですが、冒頭のシーンから一面の銀世界の中を少女が歩いており、「Love Letter」を連想しました。他にも、北海道の景色、自然光の多用、登場人物の「こころ」に寄り添うカメラワーク、学校、制服などが連想させてくれます。特に、図書室のシーンなどはまさに「Love Letter」的世界そのものでしたね。ともに、愛する人を亡くした人の物語であり、グリーフケアの映画であることも共通していました。
「Love Letter」といえば、公開25年後の2020年に、岩井監督は同作の続編ともいうべき作品を発表しています。一条真也の映画館「ラストレター」で紹介した恋愛映画です。夫と子供と暮らす岸辺野裕里(松たか子)は、姉の未咲の葬儀で未咲の娘・鮎美(広瀬すず)と再会する。鮎美は心の整理がついておらず、母が残した手紙を読むことができませんでした。裕里は未咲の同窓会で姉の死を伝えようとしますが、未咲の同級生たちに未咲本人と勘違いされる。そして裕里は、初恋の相手である小説家の乙坂鏡史郎(福山雅治)と連絡先を交換し、彼に手紙を送ります。この映画には「Love Letter」の中山美穂も出演していますが、その背景には監督の観客へのサービス精神があったように思います。
そして、「キリエのうた」に広瀬すずが出演しているのもサービス精神の表れのような気がします。それとも、主演のアイナ・ジ・エンドの知名度が低いため、映画のアイコンとして広瀬すずを起用したようにも感じました。というのも、この映画の広瀬すずはあまり存在感がないのです。というか、不要な役ではないかとさえ思いました。キリエのマネージャーとなるイッコはいつも違う色のウイッグを着けていますが、似合っていません。秀逸なカメラワークから生まれる美しい画面を邪魔している印象です。イッコの正体や、それが原因となって起こる悲劇的なラストシーンにも強い違和感をおぼえました。
夏彦を演じた松村北斗は良かったです。一条真也の映画館「ファーストキス 1ST KISS」で紹介した映画で初めて彼をスクリーンで観たのですが、才能ある役者さんですね。夏彦はいつも煮え切らなくて、優柔不断なのですが、高校の後輩の女の子に告白されて付き合います。この女子が、なんというか、わたしは苦手なタイプでした。クリスチャンの家庭で育ち、父親を亡くしていることも関係しているかもしれませんが、とにかく重いのです。こんな恋人がいたら、夏彦も気が重くて仕方がなかったと思います。でも彼も真面目で善良な青年なので、恋人が不幸な運命をたどったことに責任を感じ、「贖罪」を背負って生きているのでした。
「キリエのうた」の夏彦はいつも泣いてばかりいる印象で、一言でいうと、ひ弱な青年です。他の登場人物は年齢を重ねたことがわかるのに、夏彦だけはそれがわかにくいです。観客は学生服か私服かで彼の年齢を判断するのですが、現代パートではもっと老けたメイクでも良かったと思います。夏彦の母親役は吉瀬美智子で、叔父役は江口洋介、その同性愛パートナー役がアメリカ人の日本文学者ロバート・キャンベル。この多彩なキャスティングは岩井映画の特徴の1つで、広瀬すずの祖母が浅田美代子、母が奥菜恵、その再婚相手の牧場主がなんと石井竜也です。なんという贅沢で個性的なキャスティングでしょうか!
キリエを演じたアイナ・ジ・エンドはすごく良かったです。1994年大阪生まれの彼女は、歌手、ダンサー、シンガーソングライター、女優です。6人組ガールズグループのBiSHの元メンバー。履正社高等学校卒業後、ダンス仲間だった友人から「アイナは歌もやるべきだ」と強く薦められ、大阪から上京したそうです。彼女のハスキーボイスは、岩井監督が1996年の映画「スワロウテイル」で主演に起用したCHARAを連想させます。映画主題歌の「キリエ・憐れみの讃歌」も圧巻でしたが、冒頭で歌ったオフコースの「さよなら」、作中で歌った久保田早紀「異邦人」、米津玄師「Lemon」も秀逸でした。
この映画に登場するミュージシャンとしてのキリエは、最初から最後まで路上ミュージシャンでした。それは構わないのですが、終盤の野外イベントのシーンで許可証を保持しておらず、警官から止められているのにライブを強行するのは良くなかったですね。「警察権力には逆らうべし」みたいな反社会的メッセージは完全に蛇足でした。岩井監督はわたしと同じ1963年生まれ(学年は1つ上)ですが、反日的な言動で知られています。いずれにせよ、警察の制止を強行突したシーンには違和感をおぼえました。