No.1062


 GWの最終日となる5月6日、次回作『満月交命~ムーンサルトレター』の原稿整理の合い間に、話題のNETFLIX映画「新幹線大爆破」を観ました。1975年の公開の名作のリメイクですが、現代風にアップデートしていて面白かったです。ただし、いくつか違和感もおぼえました。

 ヤフーの「解説」には、「[Netflix作品]1975年公開の『新幹線大爆破』を『碁盤斬り』などの草彅剛主演でリメイクしたサスペンス。時速100キロメートルを下回ると作動する爆弾を仕掛けられた新幹線の車掌が、乗務員と乗客、新幹線総合指令所と協力して事件の収束を図る。メガホンを取るのは『日本沈没』でも草なぎと組んだ樋口真嗣。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』などの細田佳央太、『私にふさわしいホテル』などののん、『キングダム』シリーズなどの要潤のほか、尾野真千子、ピエール瀧、斎藤工らが出演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「東北新幹線・はやぶさ60号の車掌を務める高市(草彅剛)は、定刻通りに新青森から東京へ向けて出発する。いつもと変わらず準備を整え発車するが、その列車には爆弾が仕掛けられ、犯人から1000億円の要求があったことを知る。その爆弾は、列車が時速100キロメートルを下回ると起爆するのだった。高市ら乗務員と新幹線総合指令所が一丸となって策を講じる一方で、警察も犯人確保に動き出す」となっています。
 
 1975年の映画「新幹線大爆破」は、爆弾を仕掛けられたまま発車した新幹線を舞台に、犯人グループと捜査陣の攻防をスリリングに描いた名作サスペンス映画です。午前9時48分、乗客約1500人を乗せた東京発博多行きの「ひかり109号」が発車。しばらくすると国鉄本社公安本部に、109号に爆弾を仕掛けたという電話が入ります。爆弾は新幹線が時速80キロ以下に減速されると自動的に爆発するといいます。犯人は工場の元経営者・沖田哲男と工員の大城浩、そして元過激派の古賀勝で、国鉄本社に500万ドルを要求。犯人の沖田を高倉健、運転士の青木を千葉真一、運転指令長の倉持を宇津井健が演じました。監督は、「やくざと抗争」(1972年)、「ゴルゴ13」(1973年)などの佐藤純彌です。
 
 正直、日本映画史上に残る名作である1975年の原作に比べると今回のリメイクは物足りなく感じました。確かに、75年当時にはなかった技術を駆使してのストーリー展開は興味深かったです。また、原作の80キロ以上のスピードが100キロ以上に改変されている点など、さまざまなアップデートがなされていました。しかし、リメイクには違和感もありました。最大の違和感は、犯人の動機です。ネタバレはする気はないですが、これがどうにもリアリティの欠片もないのです。また、新幹線に爆弾を仕掛けるという実行面でもリアリティを感じませんでした。それから、たった1人の運転士が松本千花(のん)という若い女性だったことも疑問です。いくら男女平等社会といっても非現実的に思えました。
 
 今回、JR東日本の特別協力を得て、実際の新幹線車両や施設を使用した撮影を行ったそうです。非常にリアルな映像ですが、最新VFXと融合させた大迫力の映像となっています。限られた時間の中で爆破を回避すべく、鉄道人たちが奮闘します。彼らは、走行中のはやぶさ60号の危機を乗り越えるために、必死で考え、交渉し、作業を行います。このギリギリの攻防の中で彼らが発揮するプロフェッショナル・マインドに感動しました。この作品を観て、鉄道人に憧れる若者も多いのではないでしょうか。その意味で最高のお仕事映画であり、JRグループへ就職を希望する学生も増えるかもしれません。
 
 今回のメガホンを取った樋口真嗣監督といえば、一条真也の映画館「シン・ゴジラ」で紹介した2016年の怪獣映画、一条真也の映画館「シン・ウルトラマン」で紹介した2022年のヒーロー映画など、これまでも多くのスペクタクルな映像と人間ドラマを融合させてきた人ですが、じつは「新幹線大爆破」の原作の大ファンだそうです。原作は公開当時に全世界でヒットを記録しました。また、伝説的なカルト映画として知られるアクション映画の草分けです。かのハリウッド映画「スピード」(1994年)のストーリーにも大きな影響を与えたとされているほどの名作なのです。今回は、リメイクとして大幅にアレンジされています。
 
 樋口監督は、小学生の頃に原作を観て以来、その魅力にほれ込んだそうです。今回のリメイクにあたっては、最新デジタル技術が使える現代において同じ内容で作る気はまったくなかったとか。「pen Online」のインタビューで、樋口監督は「爆弾のシステムのアイデアはいくつでもあるけれど、原作のような『高度経済成長に乗り遅れた者たちによる社会への反抗』という犯人像は、あの時代を背負い込んだ設定です。原作の主役である高倉健さんは、台本を読んでそのキャラクター像に惚れ込んだわけですよね。ですが、50年を経たいまでは、かつての設定のままで映像化は難しい。ですから脚本家チームとは、犯人が何を目的としているのか、なぜいまの世の中で爆弾を仕掛けなければならないのか?そこを考えるところから始まりました」と語っています。
 
 原作の主演は犯人役の高倉健でしたが、今回の主演は車掌役の草彅剛でした。「日本沈没」(2006年)でも樋口監督とタッグを組んだ彼は、インタビューで高市車掌役について「この役はすごく難しかったです。クセを何もつけられないから」と語っています。その役作りについては、「撮影に入ってからは、新幹線に乗るたびに意識してアナウンスを聞いたり、職員の方を見るようになりましたね。大阪出張に行く時は東海道新幹線も利用するんだけど、お? 今日の車掌のアナウンスは滑らかだなとか、結構巡回してるけど乗客は少なそうとか。荷台を細かにチェックする方は、車両に出る時も丁寧なお辞儀をするなとか。鉄道業界の内側を知ってから見ると、より面白いし勉強になって。みんなぴっちりしてるけど、人によってやっぱり個性があるよね」と語っています。

 運転士・松本千花はのんが演じました。原作では千葉真一さんが演じた大役であり、若い女性という設定には違和感をおぼえましたが、責任感溢れる仕事ぶりには感銘を受けました。冒頭では、発車前の運転席で「時刻よし、緩解よし」などと発車前の指差し確認を機敏に済ませていく姿が映し出されます。覚悟のATC開放シーンも真に迫っていました。多くの乗員乗客の命を預かった運転士役を演じきったのんには、SNSでも「のんちゃんの指差し確認の美しさよ」「運転士役の のんさんがブレーキとマスコン操作する場面もめちゃくちゃカッコいい」「のんちゃんの目力はやはり別格。吸い込まれるような瞳」「あの緊迫感の中、チーズバーガーとアップルパイが食べたいって言える肝っ玉かっこいい」などの称賛が寄せられています。

 新幹線に爆弾を仕掛けた犯人は、爆弾の解除方法を教える代金として1000億円を要求します。しかし、日本政府は「テロリストとは交渉しない」の一点ばり。法外な額に呆然とするJR東日本サイドに向かって、犯人は「JR東日本に要求しているのではない。相手は日本国民だ。1人1000円づつ出せば、1000億円集まるはずだ」と言い放ちます。しかし、集金する時間もなく、政府の協力も得られない中で、乗客の1人であったYouTuber の等々力満(要潤)は、騒然とする車内で、ひとり目を輝かせます。彼は、乗客たちがパニックになる中、等々力の合言葉「TO Do Rock It!」で絶望を希望へと変えます。すなわちネットへの投げ銭システムを利用するのですが、いかにも現代的なアイデアだなと思いました。
 
 多くの登場人物の中で、わたしが最も感情移入したのが、JR東日本新幹線総合指令所の総括指令長である笠置雄一。警察や政府との連携、作戦の立案などを行った人物ですが、行く手を塞ぐ緊急停車車両回避のため、彼が導き出した作戦が「逆線運転」です。対向車両通過と同時に上下線を入れ替えるという神業で、映画全体の中でハイライトシーンとなっています。笠置役を演じたのは斎藤工でしたが、心に残る熱演でした。ブログ「タキシードを着て、映画とグリーフケアを語る」で紹介したように、昨年12月に東京の西麻布で開かれたクリスマス・パーティーで彼にお会いしましたが、とても芯がしっかりして、かつ志の高い映画人でした。本作への出演は、樋口監督の「シン・ウルトラマン」で主役のハヤタを演じた縁かと思いますが、シリアスなセリフが多い笠置を見事に演じ切りました。その熱演は、主演の草彅剛と双璧であったと思います。