No.1059


 日本映画「花まんま」をシネプレックス小倉で観ました。一条真也の読書館『花まんま』で紹介した短編小説集の中の1篇を映画していますが、素晴らしい感動作に仕上がっていました。もうボロ泣きで、タオルハンカチがビショビショに。周囲からも複数の嗚咽が聞こえてきました。わたしのためにあるような作品で、冠婚葬祭映画ならびにグリーフケア映画の大傑作でした。今年の一条賞大賞の最有力候補作です!

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「小説『赤々煉恋』などで知られる作家・朱川湊人の直木賞受賞作を映画化。両親を早くに亡くし、二人きりで生きてきた兄妹の不思議な体験を描く。メガホンを取ったのは『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』などの前田哲。亡き両親との約束を守り妹の親代わりとなってきた兄を『シティーハンター』などの鈴木亮平、ある秘密を抱える妹を『花束みたいな恋をした』などの有村架純が演じる」

 ヤフーの「あらすじ」は、「両親を早くに亡くし、大阪の下町で二人きりで暮らす兄・加藤俊樹(鈴木亮平)と妹・フミ子(有村架純)。フミ子の結婚が決まり、これまで親代わりとして彼女を守ってきた俊樹は、ようやく肩の荷が下りるかに思われた。しかし結婚を目前に控えるフミ子は、兄に伝えていないある秘密を抱えていた」です。

 監督が前田哲で、鈴木亮平と有村架純が主演。これはもう名作確定ではありませんか。そして、その通りに映画「花まんま」は素晴らしい名作でした。両親を亡くした後、高校も中退して工場で働き、必死に妹を育ててきた兄が結婚を控えた妹に対して素直になれない様子がよく描かれていました。結婚式に乗り気になれない心境もよく理解できます。すねる俊樹を演じた鈴木亮平も、そんな兄を諫めるフミ子を演じた有村架純もやはり名優ですね!

 あと、有村架純演じるフミ子の婚約者を演じた鈴鹿央士がなかなかの存在感を発揮していました。大学の助教で、カラスの研究者の役です。彼は、インタビューで「僕が演じた太郎さんは、原作の最後の1行に出てくる人だったので、それが映画ではカラスと会話できる人になっていたので驚きました。今回は脚本にプラスして、原作に描かれている子どもの頃と、映画で描かれている大人の間の部分のストーリーや人物像を、前田監督や演出部の方が作ってくださったものも読ませていただきました(中略)そういうことを踏まえての映画の脚本だったので、太郎さんを演じるのが楽しみでした」と語っています。

 映画「花まんま」には多くの名バイプレーヤーも出演しています。特に、俊樹とは幼馴染で、フミ子にとっては姉的な存在である三好駒子を演じたファーストサマーウイカが良かったです。駒子の父親役にはオール阪神、俊樹の勤務先の社長役にはオール巨人と、「オール阪神・巨人」が揃ったのも嬉しかったです。バスガイドの仕事中、通り魔に刺されて亡くなった繁田貴代美を演じた南琴奈はとても色白の美人で印象的でした。彼女はこれからの日本映画界を支える女優の1人になる予感がします。また、貴代美の父を演じた酒向芳は、娘の亡くした深い悲しみを演じてくれました。舞台俳優として有名な人ですが、近年の日本映画の中でも特筆すべきグリーフを表現した名演技でした。
 
 妹フミ子の結婚式に気後れしていた兄の俊樹でしたが、その日が近づくにつれて、親族代表の挨拶の練習に取り組みます。人前で挨拶をするのが苦手な彼が、愛する妹のために必死に準備をするシーンには胸が熱くなりました。わたしは、これまでに長女の結婚披露宴、父の通夜式、葬儀告別式、お別れの会で親族代表挨拶を務めてきましたが、そのときのことを思い出しました。フミ子の結婚披露宴で登壇した俊樹は感極まりますが、最高に感動的なスピーチを披露してくれました。このとき、わたしの周囲で嗚咽が同時多発したのです。かくいうわたしも号泣しました。
 
 フミ子への愛情、周囲の人々への感謝、そして今は亡き両親への想いが込められた俊樹の親族代表挨拶は本当に素晴らしいものでした。このシーンだけでも日本国民に「やっぱり結婚式って素晴らしい!」と思わせるだけのパワーを持っています。ぜひ、冠婚葬祭業界に関わる方々には観ていただきたいです。これほど感動的な結婚披露宴のシーンは過去に2度観ました。1度目は、「男はつらいよ」(1969年)のハイライト。柴又・川甚で開かれたさくら・博の結婚披露宴のシーンです。そこには博と喧嘩別れした両親も出席していました。これに憤慨して「追い出せ」とまで迫る寅次郎でしたが、司会者に諭され新郎両親のスピーチを渋々待つこととなるのでした。
 
 2度目に観た感動の結婚披露宴のシーンは、一条真也の映画館「そして、バトンは渡された」で紹介した2021年の日本映画で接しました。「花まんま」と同じく、前田哲監督の感動作です。結婚式の存在意義を浮き彫りにしています。葬儀がグリーフケアの機能を果たすのは当然ですが、この映画はグリーフケアとしての結婚式を見事に描いています。何度もわたしの涙腺は崩壊し、腰が抜けるほど感動しました。第16回本屋大賞で大賞を受賞した、瀬尾まいこの小説を原作にしており、血のつながらない親のもとで育った女性と、まな娘を残して失踪した女性の運命が意外な形で交錯していく物語です。この映画、いま世間を騒がせている田中圭と永野芽郁が父娘役を演じています。もし、報道されているように2人の不倫が事実だとしたら、これほどの名作に傷をつけたことに強い怒りを感じます。

 感動の名作だった映画「花まんま」でしたが、少しだけ残念なところもありました。本当は手放しで絶賛したいのですが、これだけは書いておきたいと思います。それは物語のディテールであり、リアリティの問題です。具体的には、フミ子の結婚式の前夜に泥酔したまま寝てしまった俊樹が早朝に起きて、車を長距離運転したこと。これは確実に飲酒運転であり、現実的にはアウトです。また、11時開始と決まっていて、ホテルの担当者が「次の挙式もございますので、時間は予定通りでお願いいたします」と釘を刺していたにもかかわらず、挙式も披露宴も開始時間が大幅に遅れたこと。背景には、俊樹が結婚式が行われるホテルに到着するまで、ホテルを間違えたり、先行車のトラブルで道路が封鎖されたり、多くのトラブルがありました。

 映画「花まんま」は、ファンタジー映画の部類に入るでしょう。ファンタジー・ホラー・SFなどのジャンルは非日常の物語ですが、わたしは「非日常の物語ほど、ディテールにはリアリティが必要」と考えています。ディテールがいいかげんだと、物語そのものがウソくさくなってしまうからです。ですから、結婚式の前夜に俊樹が泥酔するとか、結婚式が行われるホテルに到着するまでに多くの障害があったことなどの描写は不要だったと思います。先述の「そして、バトンは渡された」をはじめ、一条真也の映画館「老後の資金がありません」、「九十歳。何がめでたい」など、前田哲監督の作品は人情コメディと呼べるものが多く、名作揃いです。前田監督の映画を観ていつも思うのは「サービス精神が旺盛だなあ!」ということですが、今回はそのサービス精神が暴走したと感じました。
 
 映画「花まんま」が原作を超える感動を生んだのは、フミ子の前世の記憶が結婚式によって消えたことでした。つまり、結婚式には魂をリセットし、人生をアップグレードする機能があるということです。さらには、フミ子の結婚式によって不幸な事故で亡くなった繁田貴代美の霊魂が成仏し、遺族のグリーフもケアされるという奇跡のようなセレモニーとなったのです。わたしは、フミ子を演じた有村架純が主演した2022年の日本映画の名作を思い出しました。一条真也の映画館「月の満ち欠け」で紹介した作品です。小説家・佐藤正午の直木賞受賞作を実写映画化した作品で、妻子を同時に失い幸せな日常を失った男が数奇な運命に巻き込まれていく物語です。
愛する人を亡くした人へ』(PHP文庫)



 有村架純は「月の満ち欠け」と「花まんま」という生まれ変わりを描いた2本の名作に主演したことになります。どちらも、わたしの心に生涯忘れ得ぬ感動を与えてくれました。このたび大増刷された拙著『愛する人を亡くした人へ』(PHP文庫)の第十三信「生まれ変わり〜もう一度、会えます」でも紹介しましたが、生まれ変わりは、古来から人類のあいだに広く存在した考え方です。西洋の歴史をみると、ピタゴラス、プラトン、ミルトン、スピノザ、ゲーテ、ビクトル・ユーゴー、ホイットマン、イプセン、メーテルリンクらは、みな輪廻転生を肯定する再生論者でした。世界には、輪廻転生を認める宗教がたくさんあります。アメリカでは、大学での研究も行われています。

 有村架純といえば、 ブログ「ひよっこ」で紹介した2017年のNHK朝の連続テレビ小説でヒロインを演じました。このドラマは「有縁社会」を描いており、家族も隣人も職場の仲間もみんな「かけがえのない」存在でした。多くの縁が結ばれ、プロポーズや婚約発表の場面が非常に多いのが印象的なドラマでした。登場人物たちが次々に結ばれていき、最後は主人公みね子(有村架純)と恋人のヒデ(磯村勇斗)が結ばれました。そして、このドラマでは「ありがとう」という言葉がたくさん飛び交ったことを記憶しています。映画「花まんま」でも、「ありがとう」の言葉が数えきれないほど出てきました。冠婚葬祭業を営むわが社では「『ありがとう』を伝える喜び」を提供させていただいています。この日、「花まんま」上映前に流れたわが社のシネアドの中でバージンロードを歩く花嫁の姿がスクリーンの中のフミ子と重なりました。