No.1069


 5月19日の夜、日本映画「金子差入店」をシネプレックス小倉で観ました。刑務所への差し入れが題材の物語なので、当然ながら犯罪が登場します。その犯罪の周辺にはさまざまなグリーフが渦巻いており、そこには大小のドラマが生まれます。社会の底辺で藻掻く人々に焦点を当てながら、彼らへのコンパッションを描き出した傑作でした。

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「刑務所や拘置所に収容された人々への差し入れを代行する『差入店』を営む一家の絆を描くヒューマンサスペンス。罪を犯した人々やその家族と向き合う店主の過去が、差入店の仕事を通じて明らかになる。監督・脚本は『東京リベンジャーズ』シリーズなどに携わってきた古川豪。『泥棒役者』などの丸山隆平が主人公を演じ、共演には『アンダーカレント』などの真木よう子のほか、三浦綺羅、寺尾聰らが名を連ねる」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「東京の下町で、刑務所や拘置所に収容された人たちへの差し入れを代行する『差入店』を営む金子真司(丸山隆平)。あるとき息子・和真(三浦綺羅)の幼なじみの少女が殺害され、彼女の死に動揺を隠せない一家のもとへ、犯人の母親が子供へ差し入れをしたいと訪ねてくる。一方、真司は差入店店主として犯人たちと向き合う中、ある時毎日のように拘置所を訪れる女子高校生と知り合う。彼女は自分の母親を殺害した男との面会を求めていた。やがて真司の過去が明らかになり、家族の絆を揺るがし始める」
 
 映画「金子差入店」のような刑務所への差し入れを代行するサービスは実在します。「さしいれや」という刑務所への差し入れ店のHPには、「個人の方から刑務所への差し入れご依頼」として、「ご家族・恋人・ご友人・知人から刑務所への差し入れは、いつでも可能です。刑務所に収容されている方との面会は、家族以外出来ない場合が多いですが、手紙や差し入れでお気持ちをお届けすることができます。刑務所から遠方で差し入れがなかなか出来ないなど様々な事情がある方に代わり『さしいれや』は、刑務所への差し入れを代行いたします。お届け先となる『刑務所・刑務支所・少年刑務所』と『受取人様のフルネーム』がわかっていれば、すぐにご注文いただけます」と書かれています。また、「手間なし、簡単、最速でお届け!」として、「刑務所への差し入れ内容確認及び通知などの面倒な手続きすべて代行しお客様には手間を取らせません」とも書かれています。こういったサービスが存在すること自体、初めて知りました。
 
 そもそも、刑務所とは何か。「さしいれやHP」には、「刑務所とは」として、「刑務所は拘置所や留置場とは大きく異なり、法令違反を裁判所が判決を確定させた結果、懲役刑・禁固刑を言い渡され、その刑に服すこととなった者を収容する、法務省が管轄する施設です。主に既決拘留者=受刑者が収容されている施設です。近隣に拘置所がないなどの理由で、刑務所内に拘置区が設置されることがあり、未決拘留者=裁判中の被告人が収容されることもあります。日本の刑務所は、罪を犯した者に罰を与える施設ではなく、犯罪を犯した者の更生と社会復帰を働きかけるための機関です。よく誤解されていますが、死刑を言い渡された者は刑務所ではなく拘置所に収容されています」と書かれています。
 
 映画「金子差入店」の主人公金子真司(丸山隆平)は、かつて暴行罪で刑務所に収容されていました。彼の叔父(寺尾聡)が差入店を営んでいた縁で、その仕事を彼が引き継ぐことになります。理不尽な殺人事件の犠牲者となる者、犠牲者の家族の悲嘆、加害者の家族の苦悩、その他にもさまざまな悲嘆や苦悩が描かれていますが、主演の丸山隆平をはじめ、俳優陣の演技には注目すべきものがありました。主人公の妻を演じた真木よう子が感情を露呈するシーンには迫力がありましたし、犯罪者の青年を演じた北村匠海、その母親を演じた根岸季衣は強い存在感を放っていました。受刑者の1人である岸谷吾朗も良かったですね。
この映画には、任侠的精神が描かれていました



 ところで、「金子差入店」を鑑賞した5月19日の朝、ブログ「遊郭と任侠」で紹介したように天道塾で講話をしました。そこでは、任侠についても話しました。任侠とは、仁義を重んじ、弱きを助け強きを挫くために体を張る自己犠牲的精神や人の性質を指す言葉です。儒教と関わりが深いですが、中国での任侠の歴史は古く、春秋時代に生まれたとされます。情を施されれば命をかけて恩義を返すことにより義理を果たすという精神を重んじ、法で縛られることを嫌った者が任侠に走ったとされます。正義よりも義理が優先される世界なのです。日本でも任侠を主体とした男の生き方を「任侠道」、またこれを指向する者を「任侠の徒」といいます「金子差入店」には2人の任侠の徒が登場しました。丸山隆平演じる主人公の金子、岸谷五朗演じる元暴力団員の横川哲です。彼らは、弱きを助け強きを挫くために体を張る漢(おとこ)たちでした。

 実力派俳優が揃った「金子差入店」の中で、やはり一番輝いていたのは主演の丸山隆平でした。「CINRA」のインタビューで、「社会的なテーマを扱った作品に出演したい気持ちもあったのでしょうか?」という質問に対して、丸山は「たしかに、こういった題材の作品に興味を持っていました。作品を届けるのって相当なエネルギーが必要で、テーマによっては責任が生じます。芸能人って、ちやほやされることも多いし、一般的な感覚からちょっとズレが生じやすい仕事やと思うんです。一般の社会のなかで生きるひとりの人間を演じるためには、そんなズレた感覚でやってはいけないし、この職業に対してもそれは失礼に当たると思って。なので、今回の役を演じるためには、自分がエンタメの世界にいることを見直しつつ、自分自身に向き合わなきゃいけないと思いました」と語っています。
 
 丸山はまた、「そのうえで、実際に差入屋の方たちがどういった精神性でこの仕事に取り組み、家族と向き合い、近所づきあいをしているのか、そして犯罪被害者の方にも関わる職業であることも受け止めながら、丁寧にやっていかなきゃいけない。そんなことも覚悟のうえでやりたいなと思って、出演を決めました」とも語っています。わたしが彼をスクリーンで初めて観たのは、一条真也の映画館「泥棒役者」で紹介した2017年の日本映画でした。盗みに入った豪邸で出会う人から豪邸の主人、絵本作家、編集者と間違われた泥棒が、素性を隠すためそれぞれのキャラクターに成り切ろうとするさまを描くコメディタッチの物語で、当時はグループ名が「関ジャニ∞」のメンバーだった丸山が主演を務めました。そのときは関西弁での軽やかな演技が印象的でしたが、あれから8年が経過し、ずいぶんと骨太の役者になりましたね。
 
「金子差入店」のメガホンを取った古川監督は、丸山隆平について、「プロデューサーの紹介でたまたまお会いして、役者として新たな挑戦をしたいという胸の内をお聞きしたのですが、その時の顔がすごく素敵で、一緒に仕事をしたいとずっと思っていました。真剣勝負のステージに立ちたいと言われているような気がしたんです。だから、プロデューサーから金子役に推薦された時は、是非お願いしたいと。ただ、グループの活動もあってお忙しいのはわかっていたので、まずは脚本だけでもと思って送ったのですが、非常に早く『こういう役を演じたかった』というお返事をいただきました」と語っています。古川監督はまた「僕自身が映画に人生を賭けているので、真剣勝負で受けてくれる人でなければ絶対に嫌だ」とも語っていますので、丸山隆平は真剣勝負の人だったのでしょう。その姿勢は、「金子差入店」のようなシリアスはヒューマンドラマには最も必要なものだったと思います。