No.1226
東京に来ています。 2月25日の夜、社外監査役を務める互助会保証株式会社の意見交換会を終えた後、角川シネマ有楽町で日本のドキュメンタリー映画「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」のレイトショーを観ました。しみじみと感動しました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ロシア出身のピアニスト、スタニスラフ・ブーニンの沈黙と再生に迫るドキュメンタリー。ショパン国際ピアノコンクールを19歳で制して人気を博すものの、2013年に表舞台から突然姿を消したブーニンが9年後の2022年に舞台復帰を果たすまでの道のりを、彼の妻・榮子さんとの絆や、彼を敬愛するピアニストらの証言によってたどる。監督を中嶋梓、総合プロデューサーは情報番組『クローズアップ現代』などに携わってきた小堺正記が務めている」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「1985年、ショパン国際ピアノコンクールを19歳で制して脚光を浴びたスタニスラフ・ブーニンは、2013年に表舞台から突然姿を消す。相次ぐ病やけがなど、さまざまな困難を乗り越え2022年に復帰を果たした彼が、2025年12月に行われたサントリーホールの舞台に立つ。演奏やインタビュー映像とともに、復帰への道を共に歩んだ妻の榮子さんとの日々も収録する」
ブーニンの名を初めて知ったのは、1985年に彼がショパン・コンクールで優勝した直後です。その様子を特集したNHKのドキュメンタリー番組が評判となり、彼は一躍、世界のスーパースターになりました。容貌はとてもスターには見えませんでしたが、日本の女子たちにとってはアイドル的存在でした。当時、わたしは大学生でしたが、周囲の女子の中にも彼の熱烈なファンがいました。あまりの人気ぶりに、わたしも一度、彼のコンサートに行ったことがあります。その演奏は神がかっていました。その彼が大変な試練に遭って、9年ものあいだ活動休止していたことを本作で知りました。
この映画でのブーニンは、バッハやモーツァルトやメンデルスゾーンやシューマンの曲も演奏しますが、やはり世に出るきっかけとなったショパンの演奏が最も心に響きました。特に、ノクターン第20番「遺作」やワルツ第9番「告別」がわたしの魂を揺さぶりました。これらの曲は、人間が人生を卒業するときに流れるのがふさわしいと思います。芸術の本質とは、人間の魂を天国に導くものだとされます。素晴らしい芸術作品に触れ心が感動したとき、人間の魂は一瞬だけ天国に飛びます。絵画や彫刻などは間接芸術であり、音楽こそが直接芸術だと主張したのは、かのベートーヴェンでした。すなわち、芸術とは天国への送魂術なのです。
わたしは、葬儀こそ芸術そのものだと考えています。なぜなら葬儀とは、人間の魂を天国に送る「送儀」にほかならないからです。人間の魂を天国に導く芸術の本質そのものなのです。一条真也の映画館「おくりびと」で紹介した日本映画の主人公はチェロ奏者を経て納棺師になりましたが、納棺師という「おくりびと」こそは真の意味での芸術家です。そして、送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりうるのです。人間の魂を天国に導くという芸術の本質を実現する葬儀。送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりうることを映画「おくりびと」は示してくれました。わたしは、そのように考えています。
本作には2025年12月の東京・サントリーホールでの公演も完全収録されています。このとき、ブーニンと二人三脚で復帰への道を歩んできた榮子夫人は、「ようやく復帰できました」と目に涙をためて長い道のりを振り返りました。偉大な芸術家には、妻が名マネージャーという人が多いですが、榮子夫人もブーニンにとって最高のマネージャーであり、人生のパートナーでした。ブーニンは大変な親日家ですが、「最初のきっかけは芥川龍之介」だったそうです。その後、京都の夜空に上る月と水面に映る月を眺めて、完全に日本に恋したといいます。インタビューで「京都懐石や東京の天ぷらが食べたい」と語るブーニンに、榮子夫人が「妻の手料理は?」と茶化す微笑ましいシーンから、この夫婦の絆の深さが伝わってきました。


