No.1229


 2日の夜、アメリカ映画「レンタル・ファミリー」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。予告編から冠婚葬祭との親和性が高いテーマと見て鑑賞しましたが、狙い通りでした。ものすごい感動作というわけではないですが、心がポカポカ温かくなる佳作でした。
 
 ヤフーの「解説」には、「『ザ・ホエール』などのブレンダン・フレイザーらが出演のドラマ。東京に暮らす売れない外国人俳優が、家族を「レンタル」する会社で働き、さまざまな役割に徹する中で自分を見つめ直す。メガホンを取るのは『37セカンズ』などのHIKARI。『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』などの平岳大、ドラマ『モナーク:レガシー・オブ・モンスターズ』などの山本真理、『少年と犬』などの柄本明のほか、ゴーマン・シャノン・眞陽らが出演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「歯磨き粉のCMに出演したことをきっかけに人気俳優になったものの、いまは東京に暮らしながら細々と俳優の仕事を続けているフィリップ(ブレンダン・フレイザー)。薄暗いマンションの自室で晩酌をするのをささやかな楽しみにする彼のもとに、『レンタル・ファミリー』の会社を経営する多田(平岳大)からある仕事の依頼が届く。それは顧客の要望に合わせて家族のような役割に徹するというもので、フィリップは依頼を引き受ける」
 
「レンタル・ファミリー」の主人公であるフィリップは、7年前に来日し、東京に住んでいます。でも、未だに日本人のことがよく理解できません。完全にハリウッド資本で作られた本作には、東京のさまざまな風景が映し出されますが、わたしは小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)を連想しました。わたしは小津映画が昔から大好きで、ほぼ全作品を観ています。黒澤明と並んで「日本映画最大の巨匠」であった彼の作品には、必ずと言ってよいほど結婚式か葬儀のシーンが出てきました。小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されていますが、彼はおそらく、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせる最高の舞台であることを知っていたのでしょう。小津を意識したのか、していないのかは知りませんが、「レンタル・ファミリー」にも冠婚葬祭のシーンが多いです。
 
 特に葬儀は2回も登場します。最初の埼玉県の葬祭会館で行われた葬儀はフェイクでした。そのヤラセの葬式のエキストラに行った帰り、フィリップはレンタルファミリーという会社を営む多田(平岳大)という男から声をかけられます。顧客が望む通りの家族を演じるという奇妙な仕事でした。この映画には、終盤にも葬儀のシーンが登場します。それは、かつての大俳優・長谷川喜久雄(柄本明)の葬儀で、こちらはフェイクではなく本物の葬儀でした。フィリップは、認知症を患っている喜久雄の娘(真飛聖)から依頼されて、雑誌記者のフリをして喜久雄に取材を続けていたのでした。喜久雄には故郷の天草を訪れたいという強い想いがあり、それをフィリップは叶えてあげます。絆の生まれた友人との永遠の別れを、フィリップは心から悲しむのでした。
 
 この映画には、神前結婚式および結婚披露宴のシーンも登場します。フィリップは、とりあえず結婚式の新郎役の仕事をやってみます。その式の新婦は、両親に喜んでもらった上で独立して家を出たかった。控え室で、新婦の恋人と出会ったフィリップは、人生にある様々なドラマを目の当たりにする。そして新婦の恋人を見て、すべてを悟ります。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、このフィリップが新郎役を演じた結婚式のシーンを見て、わたしは「ある意味、結婚式の本質を衝いている」と思いました。それは、結婚式には新婦本人だけでなく、新婦の両親の「こころ」を安定させる「かたち」としての機能があるということです。それにしても、一条真也の映画館「ナイトフラワー」で紹介した日本映画で女性格闘家を演じた森田望智が新婦役だったのは驚きました。白無垢姿はすごく似合っていましたね!
 
 誰かの家族になりすますというレンタル・ファミリーの仕事内容を聞いて、最初は「人をだますなんて!」と嫌がっていたフィリップでしたが、次第に仕事に慣れていきます。考えてみれば、水商売だって疑似恋愛みたいなものですから、世の中には恋人や配偶者のフリをする仕事というのは多いのかもしれません。往年の大俳優だった長谷川喜久雄(キクオ)と過ごした時間は心温まるものがありました。認知症を患っているキクオの名前は「キオク(記憶)」のアナグラムのような気がしました。彼の薄れゆく記憶の底に、「故郷の天草に大切な忘れ物がある」というものが残っていました。フィリップはその忘れ物を見つける旅に同行するのですが、そこで感動的な経験をします。ネタバレにならないように気をつけて書きますが、その忘れ物とは「写真」でした。人生を振り返ったとき、「冠婚葬祭」と「写真」がともに記憶のフックになるということを再認識しました。
 
 それにしても、主人公のフィリップを演じたブレンダン・フレイザーは優しい顔をしています。一条真也の映画館「ザ・ホエール」で紹介した2023年の主演作で、フレイザーは第95回アカデミー主演男優賞に輝きました。彼の表情に深みが感じられるのは、きっと彼が深い悲嘆の持ち主だったからではないでしょうか。ブレンダンは、1990年代から2000年代にかけて、ガタイのいい爽やかなイケメン俳優として活躍しました。代表作は、1999年公開の「ハムナプトラ」(原題は"The Mummy")です。ところが、それ以降忽然と映画界から姿を消し、体重も増加しました。2014年からはテレビシリーズには出演していたものの、2019年までしばらく映画出演はありませんでした。それについて2018年、フレイザーは「Me Too」の流れを受けて重い口を開きましたが、それは悲惨な内容でした。
 
 フレイザーは、2003年に、ゴールデン・グローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)の元会長フィリップ・バークから、握手をしながら下半身を触られるというセクハラが一因となって、映画界から遠ざかったことを明らかにしたのです。ブレンダンは、自責の念深く傷つき、精神的に追い詰められたことや、過度なアクションシーンをいくつも演じたことで体がボロボロになり、手術を繰り返して約7年を費やし、激太りしてしまったことも認めています。やむなく摂食障害になるという「ザ・ホエール」の主人公チャーリーはブレンダンに通じる人物だったのです。そのチャーリーは同性愛者として描かれますが、性加害で運命が大きく狂ったブレンダンが演じたわけです。きっと、彼の心中には複雑なものがあったと推察します。
 
 わたしが「レンタル・ファミリー」で最も心を揺さぶられたのは、じつは葬儀や結婚式といった冠婚葬祭のシーンではありません。父親のいない少女ミアとフィリップの交流には感動しました。正式に多田の会社で働き始めたフィリップは、日本の学校に編入するためにミアの嘘の父親役という仕事を引き受けます。これまで海外で暮らしていたという設定でミアに近づき、実際の父親として接し始めるのですが、驚いたミアは彼を拒絶します。しかし、ある出来事からフィリップに心を開いたミアは、フィリップを本当の父親のように慕うようになります。ミアのことをわが娘のように愛おしく思うフィリップは、以前受けた映画のオーディションの合格さえも辞退してミアに向き合うようになるのでした。そんなフィリップとミアの別れは涙を誘う場面でしたが、「レンタル・ファミリー」のヒット祈願・記者会見で、2人は涙ながらに抱き合ったそうです。劇中に「フリをするのも悪くないよ」というフィリップのセリフが登場しますが、2人も演技をしているうちに本当に心が通じ合ったのでしょうね。