No.1230


 3月3日、財団の社会貢献基金審査会と出版打ち合わせの時間を利用して、アメリカ・カナダ合作映画「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。タイトルにある「シヴァ」とはユダヤ教における葬儀後の喪の期間のことで、仏教でいう初七日にあたります。この映画、いろんな人間ドラマが交錯して面白かった!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「第45回トロント国際映画祭で上映されたドラマ。ユダヤ教の葬儀『シヴァ』に参列した女性が、幼なじみとの比較や親類からの無作法な詮索を受け、自らのアイデンティティーが揺らぐのを感じる。メガホンを取るのは『ボトムス ~最底で最強?な私たち~』などのエマ・セリグマン。『サタデー・ナイト/NYからライブ!』などのレイチェル・セノット、『シアター・キャンプ』などのモリー・ゴードン、『3人のキリスト』などのダニー・デフェラーリのほか、ダイアナ・アグロン、ポリー・ドレイパーらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「大学卒業直前のダニエル(レイチェル・セノット)は、ユダヤ教の葬儀『シヴァ』に参列し、幼なじみのマヤや親類たちと顔を合わせる。自分の存在意義や将来に不安を抱いていたダニエルは、ロースクールに合格したマヤが称賛される姿を目にする一方、親類から自らの進路や容姿について口出しされるうちに、自分のアイデンティティーが崩壊していくように感じる」となっています。
 
 この映画、冒頭はいきなりセックス・シーンから始まります。それもパパ活女子とパパとの生々しいシーンです。「おいおい、いきなりかよ!」と思ってしまいました。女子大生を相手に美味しい思いをしているパパは、なかなか報酬を渡そうとしません。なので、彼女は催促してお金を受け取ります。このシーンだけで、2人の関係性がよくわかってしまいました。わたしにはこういう経験はありませんが(笑)、もしあったとしても、ケチな男は最低だと思います。その後、2人は知り合いの葬儀で顔を合わせてしまいます。
 
 死者儀礼という厳粛な場なのに、エロティックな物語が展開するということで、わたしは1984年の日本映画「お葬式」を思い出しました。伊丹十三の初監督作品ですね。ある日、俳優の井上侘助(山﨑努)と妻で女優の雨宮千鶴子(宮本信子)は夫婦共演のCM撮影を行っていましたが、そこに突然連絡が入ります。千鶴子の父・真吉(奥村公延)が亡くなったのです。親族代表として葬式を出さなくてはならなくなった侘助はマネージャー里見(財津一郎)の助けを借りつつも途方に暮れます。千鶴子の母・きく江(菅井きん)や千鶴子の妹・綾子(友里千賀子)夫婦、そして真吉の兄・正吉(大滝秀治)とともに遺体を伊豆の別荘に運び、お通夜の準備に取り掛かります。葬儀屋の海老原(江戸屋猫八)とともに、お通夜当日の朝を迎える侘助たち。付人も応援に駆け付けましたが、そこには喪服を着た侘助の愛人・良子(高瀬春奈)もいました。もちろん、ただでは済みません。
 
 映画「お葬式」では、山﨑努演じる侘助と高瀬春奈演じる愛人・良子が濃厚な濡れ場を演じます。最初にこの映画を観たときは「なんというハレンチな!」と思いましたが、じつは葬儀という「死」を意識する場で「性」の本能が高まることは珍しくないとされています。フロイトの「エロス」と「タナトス」の理論のように、「死」と「性」は不可分の関係なのです。この構造は、「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」にも共通しているように思います。映画「お葬式」は厳粛な儀式であった葬儀を取り上げた作品ですが、初めて出す葬式に右往左往する家族と周囲の人びとの姿をコミカルに描き、一見して暗いタイトルにもかかわらず作中には笑いが溢れるギャップが大きな話題を呼んだのでした。
 
「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」でレイチェル・セノットが演じる主人公ダニエルは、知人の死者儀礼で、パパ活相手に鉢合わせします。しかも、ダニエルの両親の知り合いでした。さらに本人だけでなく、パパ活相手の妻と子どもも一緒という最悪のシチュエーション。多大なストレスを感じたダニエルの「こころ」は次第に悲鳴を上げていきます。不審なダニエルと夫の様子に気づいたパパ活相手の妻はすべてを悟るのですが、そのときの言動がどんなホラー映画よりも怖かったです。最後は、ダニエルの父親の天才的(?)な鈍感力のおかげでなんとなくコメディとして終わるのですが、一歩間違えたら最恐のスリラー映画になるところでした。
 
「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」ではユダヤ教において葬儀後に行われる弔問・服喪の場である「シヴァ」が登場するということで、わたしは一条真也の映画館「サウルの息子」で紹介した2016年のハンガリー映画を思い出しました。ハンガリー出身のネメシュ・ラースローがメガホンを取り、強制収容所に送り込まれたユダヤ人たちがたどる壮絶な宿命に迫る感動作。仲間たちの死体処理を請け負う主人公が、息子と思われる少年をユダヤ人としてきちんと葬るために収容所内を駆けずり回る2日間を活写した作品です。1944年10月、ハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、アウシュビッツ=ビルケナウ収容所でナチスから特殊部隊"ゾンダーコマンド"に選抜され、次々と到着する同胞たちの死体処理の仕事に就いていた。ある日、ガス室で息子らしき少年を発見した彼は、直後に殺されてしまったその少年の弔いをしようとするのでした。
ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教



 わたしは、映画「サウルの息子」を観て、頑なに火葬を拒み土葬に執着するサウルの姿に深く考えさせられました。わたしには『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)という著書がありますが、そこでも記したとおり、一神教の信者である人々にとって、葬儀という宗教儀式は、故人が神の御許に帰ることができるかどうかが最重要問題でした。わたしたち日本人は、葬儀というとすぐに残された人びとの心の問題を考えがちですが、一神教の人々からすれば、そんなことは二の次であり、あくまでも神と人間との関係が最優先されるのです。そして、この作品ではサウルが必死になって、ユダヤ教の聖職者であるラビを探していました。ラビを見つけたサウルは「息子を埋葬したい」と頼み込みます。困惑したラビたちは、とりあえず祈るしかないのですが、このような場面を観て、わたしは「儀式とは何か」「祈りとは何か」ということを考えさせられました。
 
「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」のタイトルにある「シヴァ」とは、ユダヤ教において、近親者が亡くなった後に遺族が7日間行う追悼・喪の期間のことです。ヘブライ語の「7」に由来し、埋葬後、自宅で弔問客を迎え入れて故人を偲び、家族が悲しみを分かち合って社会復帰への準備をする期間とされています。埋葬が終了した時点から7日間が基本ですが、現在は短縮される場合もあります。喪主や遺族は自宅に留まり、椅子を使わずに硬い床(低い椅子など)に座って悲しみを表します。友人や家族が自宅を訪れ、食事を持ってきたり、故人の思い出話をしたりして遺族を慰め、支えます。衣服の襟を切り裂く(ケリア)や、鏡を隠すなどの伝統的な慣習があります。7日間のシヴァが明けた後も、1年間は音楽や結婚式などの祝い事を控える喪の期間が続きます。映画「Shiva Baby シヴァ・ベイビー」は、ユダヤ教の儀式について詳しく知ることができました。