No.1228
如月晦日となる2月28日、アメリカ映画「嵐が丘」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉のIMAXで観ました。何度も映画化されている作品ですが、原作がわたしの好きなゴシック・ロマンスであることと、プロデューサーおよび主演女優がマーゴット・ロビーと知って、鑑賞を楽しみにしていました。結果は、残念ながら期待外れでした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「これまで幾度も映像・舞台化されてきたエミリー・ブロンテによる小説を映画化。イギリス・ヨークシャーの荒涼とした大地を舞台に、身分の差を越えて幼少期から心を通わせてきた男女の運命を描く。監督・脚本は『プロミシング・ヤング・ウーマン』などのエメラルド・フェネル。本作のプロデューサーも務めた『バービー』などのマーゴット・ロビーがヒロイン、相手を『フランケンシュタイン』などのジェイコブ・エロルディが演じ、『ザ・ホエール』などのホン・チャウらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「イギリス・ヨークシャーの荒野、嵐が丘と呼ばれる高台にたたずむアーンショウ家の屋敷。同家の令嬢・キャサリン(マーゴット・ロビー)と屋敷に引き取られた身寄りのないヒースクリフ(ジェイコブ・エロルディ)は、身分が異なる立場にいながらも子供のころから心を通わせ、強い絆で結ばれていた。大人になった二人は惹かれ合い永遠の愛を誓うも、身分の違いや周囲の境遇に翻弄される」
原作は、世界文学史に残る名作であるエミリー・ブロンテの『嵐が丘』。新潮文庫版のアマゾン「内容紹介」には、「寒風吹きすさぶヨークシャーにそびえる〈嵐が丘〉の屋敷。その主人に拾われたヒースクリフは、屋敷の娘キャサリンに焦がれながら、若主人の虐待を耐え忍んできた。そんな彼にもたらされたキャサリンの結婚話。絶望に打ちひしがれて屋敷を去ったヒースクリフは、やがて莫大な富を得、復讐に燃えて戻ってきた・・・・・・。1世紀半にわたって世界の女性を虜にした恋愛小説の"新世紀決定版"」と書かれています。
本作で主演だけでなくプロデューサーも務めたマーゴット・ロビーは、エミリー・ブロンテの原作を14歳のときに読んだそうです。わたしも、中学生のときにグリーン版『世界文学全集』(河出書房新社)の中の1冊であった『嵐が丘』を読みました。暗い物語ではありましたが、幽霊も登場したりして、わたしの好みには合いました。でも、今回の映画「嵐が丘」では原作が大いに改変されており、この小説をゴシック・ロマンスたらしめていた幽霊も登場せず、違和感をおぼえました。というより、大きな不満を感じましたね。これでは、キャサリンとヒースクリフが単なる色情狂のエゴイストにしか見えません。とても2人の「永遠の愛の物語」などといったロマンティックな印象は受けませんでした。
『嵐が丘』は、荒涼とした自然、超自然的な現象、そして狂気にも似た情熱的な愛憎を描いたゴシック・ロマンスの不朽の名作です。本作には、18世紀後半に流行したゴシック小説に特有の「恐怖」や「神秘性」を煽る要素が数多く含まれています。ヨークシャーの厳しい自然、嵐の吹き荒れる高台の屋敷(嵐が丘)といった、隔絶され抑圧的な雰囲気が物語の基調となっています。ただし原作では、物語の冒頭で訪問者ロックウッドが遭遇するキャサリンの亡霊や、死後も2人で荒野を彷徨うといった幽霊の描写など、怪奇現象が重要な役割を果たします。今回の映画版では、そこが完全に抜け落ちていました。この点が、わたしは大いに不満です。
「嵐が丘」の主人公ヒースクリフは、謎めいた出自、ダークで暴力的な性格、そして復讐に燃える一方で一途な愛を抱えるという、典型的な「ゴシック的な悪漢的英雄」として描かれています。演じたのは、ジェイコブ・エロルディ。彼は、一条真也の映画館「フランケンシュタイン」で紹介した2025年のNETFLIX映画で主人公のフランケンシュタイン博士を演じた人物です。原作はあまりにも有名なメアリー・シェリーのゴシック小説で、もう何度も映画化されています。同作は、わたしの大好きな監督であるギレルモ・デル・トロの作品だけあって、素晴らしい力作でした。さらには、グリーフケア映画の傑作でもありました。ジェイコブ・エロルディは、「フランケンシュタイン」「嵐が丘」と、ゴシック小説の2大名作の映画版で主演を務めたことになります。
もう1人の主役であるキャサリンを演じたマーゴット・ロビーは、ひたすら美しかったです。本作では、キャサリンの衣装だけで51着が用意され、うち38着が本作のための完全オーダーメイドだそうです。映画全体では約60回もの衣装替えが行われており、数分ごとに新たなビジュアルがスクリーンを彩る計算。一条真也の映画館「バービー」で紹介した映画でバービー人形を演じたマーゴットらしく、本作でもパーフェクトな着せ替え人形と化しています。衣装デザインを手掛けたのは、2度のアカデミー賞受賞を誇るベテラン、ジャクリーヌ・デュラン。エメラルド・フェネル監督は「生地と感情の関係」にこだわり、デュランと共に数千枚にも及ぶ膨大なイメージから作業を開始。登場人物の心情を呼び覚ますシルエットや質感を丹念に見いだし、キャラクターの魂を衣装に宿していったとか。
本作は、原作と大きく異なる点が指摘されています。そもそもフェネル監督は、原作をそのまま映画化するのではなく、「原作に対する自分の反応や解釈と、原作から得た感情を紡ぐ映画を作る」ことを意図していたそうです。彼女は、雑誌のインタビューで、「笑ってしまいますが、私の記憶には、実際に書かれていた内容とそうでないものが混じっていたんです」とのインタビューで明かしています。「私の願望がかなり入っていて、覚えていないキャラクターもいたし、ごちゃまぜになったキャラクターもいました」「他の映画化作品やケイト・ブッシュの楽曲、バルテュスのリトグラフ、また現代のイラストを見ても、キャシーとヒースクリフに焦点を当てる傾向があります。長い原作の中で、最後に登場する描写だからだと思います」とも語っていますが、これはあまりにもいい加減ではないでしょうか。原作に対するリスペクトが微塵も感じられません。
フェネル監督は原作小説の前半部分、キャサリンとヒースクリフの出会いから別れに焦点を当てることにしたそうです。その結果、原作の語り手であるロックウッドや嫉妬深く復讐心に燃えたキャサリンの兄ヒンドリーといった登場人物をカットし、ほかのキャラクターに要素を融合させることで、物語に息づかせたといいます。特にキャサリンの父にヒンドリーの要素を加えたことで、キャサリンとヒースクリフの関係性を際立たせたと語るのですが、わたしには失敗としか思えませんでした。原作の『嵐が丘』は、凄まじい物語です。キャサリンとヒースクリフの「私はヒースクリフ(I am Heathcliff)」という台詞に象徴される、自己と他者の境界が消失するほどの一体感と、それがもたらす悲劇が描かれます。
2人の愛は、裏切りと誤解を経て狂気的な復讐劇へと変貌し、周囲の人々や家系そのものを破壊していく圧倒的なエネルギーを持っています。2人の魂は死後、墓を暴き隣り合わせで眠ることを望んだり、亡霊となって荒野を彷徨ったりすることで、生を越えた永遠の結末を迎えます。そのような究極の「魂の永遠性」を描かずして、何が「永遠の愛」ですか! わたしは原作の『嵐が丘』を愛するがゆえに、今回の映画版「嵐が丘」を認めることはできません。マーゴット・ロビーも、14歳で原作を読んで感動したというのなら、原作の素晴らしさを最大限に表現するように、もっと監督に進言すべきでしたね。彼女はプロデューサーなのですから。
やはり、映画「嵐が丘」の1939年版が最高です。わたしが読んだ河出のグリーン版 『世界文学全集』の函の帯には同作のスチール写真が使われていました。1950年に大映洋画部が配給した際の邦題は「嵐ケ丘」でした。その後、1966年の日比谷みゆき座など、東宝系での再公開時に「嵐が丘」となりました。監督は名匠ウィリアム・ワイラー、キャサリンをマール・オベロン、ヒースクリフをローレンス・オリヴィエが演じました。イギリスを代表するシェイクスピア俳優として知られたオリヴィエのアメリカ映画第1作です。 第12回アカデミー賞では、撮影賞(白黒作品)を受賞しています。このとき、撮影賞(カラー作品)を受賞したのが「風と共に去りぬ」でした。原作はマーガレット・ミッチェルの小説ですが、これも帯に映画の写真が入ったグリーン版『世界文学全集』で読みました。映画版で主人公のスカーレット・オハラを演じたヴィヴィアン・リーはオリヴィエとの不倫を経て、結婚しています。
オリヴィエは、1933年にイギリスに帰国し、ロンドンの舞台に復帰します。1937年には映画「無敵艦隊」で共演したヴィヴィアン・リーと恋に落ち、人目を忍ぶ仲がしばらく続きました。同年にシェイクスピア劇の本拠オールド・ヴィック・シアターに加わり、「ハムレット」や「十二夜」の舞台が成功したのを機にスター俳優としての声価も確立するようになります。1938年に「嵐が丘」の撮影のため渡米。撮影の合間に「風と共に去りぬ」の映画化が決定したことから、スカーレット・オハラ役を熱望していたリーを呼び寄せて製作者のデヴィッド・O・セルズニック に紹介したのです。1940年のリーの主演作「美女ありき」の撮影中に妻との離婚が成立、撮影終了後に晴れてリーと再婚し、帰国したのでした。オリヴィエとリーの夫婦は「世界で最も美しいカップル」と呼ばれました。
しかし、「世界で最も美しいカップル」の結婚生活は不運続きでした。1944年にリーは左肺が結核に罹患していると診断され、数週間の入院生活を送りました。「シーザーとクレオパトラ」(1945年)の撮影中に妊娠していることが判明しましたが、このときリーは流産してしまいます。流産にひどく落ち込んだリーは自身が泣き疲れ果てて床に崩れ落ちるまで、オリヴィエに怒鳴り散らし、殴りかかった。これが、その後リーが長く苦しむことになる双極性障害の最初の大きな発作となりました。オリヴィエはリーの病気のために何年も精神的に追い詰められ、1960年に正式に離婚。その後まもなくオリヴィエは20歳以上年下の女優と3度目の結婚をしています。リーの最期は孤独死でした。
リーとオリヴィエの愛の物語は、キャサリンとヒースクリフのそれよりも波乱万丈でドラマティックです。ちなみに、わたしは1939年版の「嵐が丘」のキャサリン役はリーが、「風と共に去りぬ」のアシュレー役はオリヴィエが演じれば良かったと思っています。ヒースクリフは絶世の美男子という設定なのですが、2026年版のジェイコブ・エロルディではちょっと荷が重かったようです。ローレンス・オリヴィエの端正な容姿こそヒースクリフにふさわしいと言えるでしょう。ちなみに、「嵐が丘」と「風と共に去りぬ」が公開された1939年には、「駅馬車」や「オズの魔法使」といった作品も公開されています。いずれも映画史上に燦然と輝く名作ばかりであり、まさにハリウッドの全盛期でした。
最後に、2026年版「嵐が丘」はシネコンの1番シアターのIMAXで観たのですが、最も広いシアターにも関わらず、観客はわたしを入れてたったの3人でした。一条真也の映画館「木挽町のあだ討ち」で紹介した、前日に鑑賞した日本映画は最も小さい10番シアターでしたが、ほぼ満席でした。わたしが、「2作の劇場を入れ替えればいいのに」と思ったのは言うまでもありません。日本映画の人気が外国映画を圧倒している昨今ですが、その事実を痛感した次第です。
わたしが読んだグリーン版『世界文学全集』


