No.1276


 皐月晦日となる5月31日の日曜日の夜、2016年のアメリカ・カナダ合作映画「呪われし家に咲く一輪の花」をNETFLIXで観ました。原題は"I Am the Pretty Thing That Lives in the House"で、幽霊が登場するホラー映画です。一条真也の映画館「KEEPER/キーパー」で紹介したホラー映画のメガホンを取ったオズグッド・パーキンス監督の原点だというので視聴したのです。あまり面白くはなかったですが、「幽霊の本質」について考えさせられました。
 
 本作の主演はルース・ウィルソンとポーラ・プレンティスが務めました。パーキンス監督はアイリスを演じられるのはポーラ・プレンティスだけだと確信しており、その意向もあってプレンティスが起用されることになったそうです。なお、本作はパーキンスの監督デビュー作である「フェブラリィ―悪霊館―」より後に製作されましたが、本作の方が早く公開されています。2016年9月10日、第41回トロント国際映画祭でプレミア上映されたのです。NETFLIXのオリジナル映画ですが、NETFLIXは2016年10月24日に予告編を公開しました。
 
 アイリス・ブラム(ポーラ・プレンティス)はニューイングランドの田舎町に暮らしていた。アイリスはホラー作家として有名でしたが、認知症を患ったために引退同然の状態にありました。彼女が暮らす家はいわく付きの物件でした。アイリスの家を建てた男は新妻のために白い家を建てたのですが、2人は結婚式の日に突然失踪したのです。そのため、家の管理人はアイリスの介護を引き受けてくれる人間を探すのに難渋しましたが、最終的にリリー・セイラー(ルース・ウィルソン)という女性を見つけることができました。アイリスの家に到着して早々、リリーは心霊現象に遭遇。その後も怪現象は相次ぎ、リリーは不安を募らせていくのでした。
 
 アイリスはリリーのことをポリーと呼んでいました。ポリーとは、アイリスの代表作『壁に現れる女』の主人公のことでした。リリーは小説を読み進めますが、途中で怖くなって読むのをやめてしまいます。アイリスがポリーをまるで実在の人物であるかのように生々しく描写していたからです。リリーが台所でイチゴを洗っていると、黒いシミが彼女の腕と手に現れました。程なくして、リリーの腕はむくみ上がり、灰色に変色。ところが、ふと気が付くと腕はいつもの状態に戻っていました。その後、リリーがテレビのチャンネルを回したところ、テレビ画面に白い服を着た人物が映ります。驚いたリリーは後ろを振り返りますたが、誰もいませんでした
 
 ある日、リリーはクローゼットの中に古びた箱があるのを発見します。その中に入っていたのは『壁に現れる女』の草稿でした。その草稿に目を通したリリーは、同作がフィクションではなく、この家で実際に起きた殺人事件を描写したものであると確信するに至ります。ポリーはこの家で夫に撲殺されたのだと『壁に現れる女』が実際に起こった事件(新婚のポリーが夫に撲殺されて壁に埋められる)をもとに作られたことを知ったリリーは、剥がれた壁から現れたポリーの亡霊を目撃した恐怖で死んでしまいました。介護する者がいなくなったアイリスも死んでしまいます。時を経て、この白い家(アイリスによれば物語を紡ぐ家)に別の作家が住むことになったのでした。
 
 10年以上前の作品なので「ネタバレ」となるストーリー紹介をしましたが、正直、あまり怖くないホラー映画でしたね。ほとんどがモノローグと一人芝居とポエムで構成され、なんとなく文学的な香りはしました。この映画、ネットでの評価が恐ろしく低く、Filmarksで2.6点、映画.comに至ってはなんと1.8点です。鑑賞を躊躇するような低評価ですが、公開後には批評家から好意的に評価されたそうです。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには15件のレビューがあり、批評家支持率は60%、平均点は10点満点で5.9点となっています。また、Metacriticには8件のレビューがあり、加重平均値は68/100となっています。
 
 レビューの中には「OPのモノローグと共にぼんやり浮かび上がる幽霊の姿がめちゃくちゃいい。全体を通して雰囲気作りが巧みで、1つ1つのシーンでの画面の構成が非常に好みだ」という意見がありました。また、「意味不明で凄く退屈。終盤に「そうだったのか」と思える何かがあればまだいいけどそれすらない。例えるなら、『2001年宇宙の旅』の最後の白い部屋のシーンを90分見せられる感じ」という意見もありました。どちらにも共感します。この映画は、亡霊を"ただそこに居る(在る)もの"として描いた静謐なホラーです。映画の中には、「死に取りつかれた家を、生きている人間が所有することはできない。家に棲みつく亡霊から借りるだけだ」というセリフが登場します。
 
 また、「死んだ記憶はそこに居座り、紙にタイプされたように深く印字される」というセリフも出てきます。これを聴いたわたしは、「私はゴースト」という2012年のアメリカ映画を思い出しました。この作品は、「呪われし家に咲く一輪の花」がNETFLIXで配信された2016年に日本公開されています。成仏できない霊魂に隠された死の謎が、声しか聞こえない霊媒師との奇妙な交流を通じて徐々に解き明かされてゆく、哀しくも恐ろしい心霊ホラーです。郊外の一軒家にとり憑く、彷徨える亡霊エミリー(アンナ・イシダ)。だが、雇われ霊媒師シルヴィアの力を借りながら、成仏できない自らの運命に隠された秘密をひも解いてゆきます。彼女はなぜ死んだのか、そしてなぜ成仏できないのか――すべての謎が明らかになるとき、想像を絶する恐怖が解き放たれるのでした。
 
 さらに、わたしは一条真也の映画館「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」で紹介した2018年のアメリカ映画です。監督はデヴィッド・ロウリーで、事故死した男が幽霊になって残された妻を見守る姿を描いたファンタジーです。若夫婦のC(ケイシー・アフレック)とM(ルーニー・マーラ)は田舎町の小さな家で幸せに暮らしていましたが、ある日Cが交通事故で急死してしまいます。病院で夫の遺体を確認したMは遺体にシーツをかぶせてその場を後にしますが、死んだはずのCはシーツをかぶった状態で起き上がり、Mと暮らしていたわが家へ向かいます。幽霊になったCは、自分の存在に気付かず悲しみに暮れるMを見守り続けるのでした。「私はゴースト」と同様に、「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」にも幽霊というものの本質が描かれていると感じました。
 
「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」、「私はゴースト」、そして「呪われし家に咲く一輪の花」に共通するのは、幽霊をただそこに居るものとして描いている点です。そういった幽霊観の背景には、トム・レスブリッジ(1901年~1971年)が唱えた「ストーンテープ理論」があるように思います。レスブリッジは、ケンブリッジ大学の考古学者・探検家であり、心霊現象研究でも知られた人物です。彼の「ストーンテープ理論」は、ホラー小説『リング』に登場する"呪いのビデオ"の科学的根拠(心霊現象の記録化)の元ネタとなったことで有名です。人間の強い感情やエネルギーは岩や水などの物質に「録音」のように記憶され、特定の条件下で再生される(幽霊現象の正体である)という仮説が「ストーンテープ理論」です。これについては、拙著『ロマンティック・デス』(国書刊行会・幻冬舎文庫・オリーブの木)、『唯葬論』(三五館・サンガ文庫)などの一連の著書でも紹介しました。

唯葬論』(サンガ文庫)


 
 わたしは、幽霊を単なるオカルトや恐怖の対象としてではなく、遺された人々が「亡くなった人と再会したい」と願う強い想いをグリーフケアの対象としてとらえています。物語やケアの仕組みを通じて、死者と生者が交流できる場を構築しようというアプローチであり、幽霊という概念の肯定的な活用でもあります。また、わたしは「葬儀」と「幽霊」は基本的に相反するとも考えています。葬儀の本質は「故人の霊魂を成仏させること」です。幽霊は「成仏できずにこの世に留まっている状態」を指すため、本来は葬儀と相容れない存在です。しかし、わたしは、幽霊として現れる死者との時間を通じて、遺族が徐々に別れを受け入れていくプロセスをグリーフケアとしてとらえているのです。これからも多くの幽霊映画を観て、グリーフケアの実践の参考にしたいです。