No.349

 映画「30年後の同窓会」をレイトショーで観ました。沖縄から戻ったばかりでかなり疲れており、正直言って映画など観る元気はありませんでしたが、この映画が「葬儀」と「グリーフケア」がテーマのヒューマンドラマだと知り、気力を振り絞って観に行きました。

 ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。

「『さらば冬のかもめ』などの原作で知られるダリル・ポニックサンの小説を基にしたロードムービー。戦地で命を落とした息子を故郷に連れ帰ろうとする男と、同行する友人たちの姿を映す。監督は『6才のボクが、大人になるまで。』などのリチャード・リンクレイター。『フォックスキャッチャー』などのスティーヴ・カレル、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』などのブライアン・クランストン、『マトリックス』シリーズなどのローレンス・フィッシュバーンが出演」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には、以下のように書かれています。

「わけありの過去を捨てて牧師になったミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)と酒ばかり飲んでいるバーの店主サル(ブライアン・クランストン)の前に、音信が途絶えて約30年になる旧友のドク(スティーヴ・カレル)が姿を現す。ドクは、突然の再会に驚く彼らに、1年前に妻に先立たれ、2日前に息子が戦死したことを話し、息子の亡きがらを故郷に連れ帰る旅に同行してほしいと頼む。こうして三人は、ノーフォークからポーツマスへと旅立つが......」

「30年後の同窓会」というので、最初は高校か大学の同窓会の話かと思いましたが、アメリカの海兵隊時代の仲間3人が数十年ぶりに再会するロードムービーでした。3人のベテラン俳優たちがじつに良い味を出していました。リンクレイター監督は「時間の魔術師」などと呼ばれています。「現在」を見せながら「過去」を語るという独特の作風からです。

 リンクレイターは、けっしてフラッシュバック映像を安易に使いません。丁寧に会話だけで当時の出来事を呼び起こします。そのリアルな会話劇は映画というよりもドキュメンタリー映像を観ているような気分になります。一条真也の映画館「6才のボクが大人になるまで」で紹介した映画をはじめ、9年ごとに撮られた「Before/sunrise/sunset/midnight」の三部作が「時間の魔術師」リンクレイターの代表的作品です。

「6才のボクが大人になるまで」は、拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)でも取り上げました。「映画で死を乗り越える」が同書のテーマです。じつは、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると思っています。写真は一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれます。その瞬間を「封印」するという意味です。しかし映画は「時間を生け捕りにする芸術」です。かけがえのない時間をそのまま「保存」します。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。「時間の魔術師」とはリンクレイターの異名ですが、映画そのものが「時間の魔術」なのです。


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   『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)


「30年後の同窓会」の話に戻ります。
 短期間に妻と息子を失ったラリーは、失意のどん底にいました。拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)にも書きましたが、フランスには「別れは小さな死」ということわざがあります。愛する人を亡くすとは、死別ということです。愛する人の死は、その本人が死ぬだけでなく、あとに残された者にとっても、小さな死のような体験をもたらすと言われています。
 もちろん、わたしたちの人生とは、何かを失うことの連続です。わたしたちは、これまでにも多くの大切なものを失ってきました。しかし、長い人生においても、一番苦しい試練とされるのが、あなた自身の死に直面することであり、あなたの愛する人を亡くすことなのです。


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   『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)


 わたしは、冠婚葬祭の会社を経営しています。
 本社はセレモニーホールも兼ねており、そこでは年間じつに数千件の葬儀が行なわれています。そのような場所にいるわけですから、わたしは毎日のように、多くの「愛する人を亡くした人」たちにお会いしています。その中には、涙が止まらない方や、気の毒なほど気落ちしている方、健康を害するくらいに悲しみにひたっている方もたくさんいます。亡くなった人の後を追って自殺しかねないと心配してしまう方もいます。そんなとき、頼れる人間がいるかどうかが重要です。ラリーは生きる気力も失って30年も会っていない旧友を頼りました。つまり彼は「縁」のある家族を失ったので、「絆」のある友人を頼ったわけです。

 よく混同されますが、「縁」と「絆」は違います。
「縁」と「絆」は似て非なるものです。「縁」とは人間が社会で生きていく上での前提条件であり、「絆」とはさまざまな要因によって後から生まれるものです。「縁」のない人はいませんが、誰とも「絆」を持てない人はいます。いわば、「縁」とは先天的であり、「絆」は後天的なのです。「きずな」という言葉の中には「きず」が含まれています。「傷」を共有してこその「絆」なのです。それならば、最も絆の強い人々とは「戦友」ではないでしょうか。国や時代に関わらず、従軍した人々の体験はつねに「傷」とともにあったからです。「絆」のある人々の同窓会は永く続きます。

 一条真也の映画館「ペンタゴン・ペーパーズ」で紹介した映画が明らかにしたように、アメリカ政府はベトナム戦争についての真実を隠していました。本当は勝てる見込みのなかったベトナム戦争では、多くのアメリカ人兵士が死にました。政府のウソを当時の新聞メディアが、そして米国民がどうしても許せなかったのは、そこに無念の死を遂げた死者たちへの想いがあったからです。
 ベトナム帰還兵であるドクはイラクでの息子の死の真相を政府から隠されます。それは亡き息子が国家の「英雄」となれるような華々しい死ではありませんでした。それでも、ドクは息子の葬儀を立派にあげようとします。

 葬儀の場面では、世代を超えた海兵隊員たちの制服姿が感動的でした。亡くなったドクの息子も制服姿で葬られました。このシーンを観て、この映画のテーマは「誇り」でもあると思いました。チャーリーは、ドクに対して、軍服を初めて身につけたときの誇らしさを語ります。それを聞いたドクは、息子が最も輝いていたときのことを思い出し、彼に対する尊厳を汚してはならないと感じたのです。殉職した軍人への敬意は、たとえ家族でも踏みにじってはなりません。


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   『儀式論』(弘文堂)


 ドクの息子の葬儀には「かたち」がありました。『儀式論』(弘文堂)にも書きましたが、葬儀をはじめとする儀式とは「かたち」です。親しい人間が死去する。その人が消えていくことによる、これからの不安。残された人は、このような不安を抱えて数日間を過ごさなければなりません。心が動揺していて矛盾を抱えているとき、この心に儀式のようなきちんとまとまった「かたち」を与えないと、人間の心にはいつまでたっても不安や執着が残るのです。この不安や執着は、残された人の精神を壊しかねない、非常に危険な力を持っています。この危険な時期を乗り越えるためには、動揺して不安を抱え込んでいる心に、ひとつの「かたち」を与えることが求められます。まさに、葬儀を行なう最大の意味はここにあります。


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   『唯葬論』(サンガ文庫)


 では、葬儀という「かたち」はどのようにできているのでしょうか。『唯葬論』(サンガ文庫)の「葬儀論」にも詳しく書きましたが、葬儀は「ドラマ」や「演劇」にとても似ています。死別によって動揺している人間の「こころ」を安定させるためには、死者がこの世から離れていくことをくっきりとしたドラマにして見せなければなりません。ドラマによって「かたち」が与えられると、「こころ」はその「かたち」に収まっていきます。すると、どんな悲しいことでも乗り越えていけるのです。

 わたしは、「葬儀というものを人類が発明しなかったら、おそらく人類は発狂して、とうの昔に絶滅していただろう」と、ことあるごとに言っています。あなたの愛する人が亡くなるということは、あなたの住むこの世界の一部が欠けるということです。欠けたままの不完全な世界に住み続けることは、かならず精神の崩壊を招きます。不完全な世界に身を置くことは、人間の心身にものすごいストレスを与えるわけです。まさに、葬儀とは儀式によって悲しみの時間を一時的に分断し、物語の癒しによって、不完全な世界を完全な状態に戻すことに他ならないのです。葬儀によって心にけじめをつけるとは、壊れた世界を修繕するということなのです。

 亡くなったドクの息子の年齢は21歳でした。これから花も実もあるという矢先の、あまりにも早い死です。冠婚葬祭業を営んでいると、日々、多くの「愛する人を亡くした人」にお会いします。100歳を超える高齢で大往生された方から、生まれたばかりの赤ちゃんまで、亡くなられた人の年齢は、さまざまです。一般に、高齢であればあるほど悲しみはより浅く、若ければ若いほど悲しみはより深いとされています。わたしは、すべての人間は自分だけの特別な使命や目的をもってこの世に生まれてきていると思います。この世での時間はとても大切なものですが、その長さはさほど重要ではありません。


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   「サンデー毎日」2018年4月8日号


 明治維新を呼び起こした1人とされる吉田松陰は、29歳の若さで刑死しましたが、その遺書ともいえる『留魂録』にこう書き残しました。
「今日、死を決心して、安心できるのは四季の循環において得るところがあるからである。春に種をまき、夏は苗を植え、秋に刈り、冬にはそれを蔵にしまって、収穫を祝う。このように一年には四季がある」
 そして、松陰は人間の寿命についても次のように述べました。
「人の寿命に定まりはないが、十歳で死ぬ者には十歳の中に四季がある。二十歳には二十歳の四季がある。三十歳には三十歳の四季がある。五十歳、百歳には五十歳、百歳の四季がある。私は三十歳で死ぬことになるが、四季は既に備わり、実をつけた」

 松陰の死後、その弟子たちは結束して、彼の大いなる志を果たしました。松陰の四季が生み出した実は結ばれ、その種は絶えなかったのです。
 松陰だけでなく、「人生の四季」は誰にでもあります。
 せめて、四季折々の出来事を前向きに楽しみながら、後の世代に想いを託し、最後は堂々と人生を卒業してゆきたいものです。
 そして、ドクの息子の短い人生にも四季がありました。人が生きた証とは何か。それは、何のために死んだかではなく、どこで死んだかでもなく、故人が何を愛し、何を大切にして生きたかということではないでしょうか。ドクの息子は祖国と両親を愛し、大切にしていました。
「30年後の同窓会」は、国家や民族や宗教を超えて、人類普遍のセレモニーである葬儀の重要性をくっきりと示した映画であったと思います。