No.351

 ハリウッド映画「女と男の観覧車」を観ました。わたしの好きなウディ・アレン監督の最新作です。

 ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。

「オスカーの常連ウディ・アレンが監督を務めた人間ドラマ。1950年代のアメリカを舞台に、男女の恋と欲望、人生の切なさが描かれる。安定を願う一方で、刹那的な恋に身を投じる主人公を『愛を読むひと』などのケイト・ウィンスレットが演じるほか、ミュージシャンのジャスティン・ティンバーレイク、『午後3時の女たち』などのジュノー・テンプル、『ゴーストライター』などのジム・ベルーシらが出演。3度のオスカーに輝き、『カフェ・ソサエティ』でもアレン監督と組んだヴィットリオ・ストラーロが撮影を担当した」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「1950年代のコニーアイランド。遊園地のレストランでウエイトレスとして働く元女優のジニー(ケイト・ウィンスレット)は、再婚同士の夫と自分の連れ子と一緒に、観覧車の見える部屋に住んでいた。平凡な日々に幻滅し、海岸で監視員のアルバイトをしている脚本家志望のミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)とひそかに交際するジニーだったが、ある日久しく連絡がなかった夫の娘が現われたことで歯車が狂い始め......」

 ウディ・アレンは、80歳を超えてなお、ほぼ毎年1本という驚異のペースで新作を撮り続けています。一条真也の映画館「マジック・イン・ムーンライト」、「カフェ・ソサエティ」で紹介した映画以来のアレン作品を観賞したわけですが、いつものようなロマンティックさは微塵も感じられず、ひたすらストレスの溜まる映画でした。一条真也の映画館「マザー!」で紹介した究極のストレスフル映画にはかなわないまでも、けっこうイライラさせられました。その最大の理由は、ケイト・ウィンスレット演じる主役のジニ―が常にイライラしているからです。

 ジニーのイライラの原因はさまざまです。ジム・ベルーシ演じる再婚した夫に甲斐性がないために、ウェイトレスとして働かなければならないこと。自分の連れ子の息子が放火癖のある問題児であること、ただでさえ楽でない生活に夫の実の娘が転がりこんできたこと......たしかに彼女の苦悩も理解できないではないのですが、彼女自身には天性の浮気性があり、脚本家志望の海岸監視員ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)との不倫に夢中です。甲斐性のない夫に不倫癖のある妻では家庭がうまくいくはずがないですね。この映画、何がストレスが溜まるかって、このダメ夫婦の罵り合いを聞かされるのが一番でした。

 かつて、ジニ―は不倫に走り、そのために元夫は睡眠薬を多量に摂取して命を絶ってしまいました。その忘れがたみの息子とともに、コニ―・アイランドで回転木馬を運営している夫のもとに転がり込んできたわけですが、過去の教訓をまったく生かすことなく、またしても若いミッキーとの不倫に溺れるさまは哀れでした。そのミッキーは、夫の娘であるキャロライナ(ジュノー・テンプル)に好意を抱きます。それから、すべての歯車が狂っていくわけですが、映画の語り手でもあるミッキーがまったく頼りがいのない女たらしであり、一方のキャロライナが意外にも向上心と思いやりの持ち主であることを明らかにするのは、いかにもウディ・アレンらしい人間描写だと思いました。

 この映画、ウディ・アレンにとっては遺言のような作品ではないでしょうか。
 舞台となったコニー・アイランドは彼の魂の故郷ともいえる場所です。彼の代表作である「アニー・ホール」(1977年)では、アレン演じる主人公のコメディアンはブルックリン生まれで、コニーアイランドのローラーコースターの下に生家があると語られています。そのアレンにとっての魂の故郷を舞台に、まるで50年代ハリウッド映画のような懐かしい色彩がスクリーンに映し出されます。3度のオスカーに輝いた天才ヴィットリオ・ストラーロのキャメラ・ワークはさすがです。全体的にくすんだような色調は、主人公ジニーの「心の色」でもあると言えるでしょう。

「女と男の観覧車」は、女優ケイト・ウィンスレットのためにだけ作られた作品ではないでしょうか。それぐらい、彼女の存在感は圧倒的で他の役者の印象は薄いです。ケイト・ウィンスレットといえば、なんといっても「タイタニック」(1997年)のローズ役が知られています。あの世界的大ヒットを記録した恋愛大作のヒロインが、20年後にくたびれた中年女を演じるとは......。しかしながら、その中年女にはなかなかの色気がありました。

 1975年生まれで、現在は42歳であるケイト・ウィンスレットですが、わたしは1913年に生まれ、1967年に没したヴィヴィアン・リーの再来であると思っています。ともにイギリス人女優であり、多くのシェイクスピア作品にも出演した実績を持つ実力派女優でもあります。また、ヴィヴィアン・リーの出世作にして代表作である「風と共に去りぬ」(1939年)とケイト・ウィンスレットの出世作にして代表作である「タイタニック」は、ともに20世紀を代表する恋愛ロマンの大作です。

「風と共に去りぬ」でスカーレット・オハラという映画史に残る美女を演じたヴィヴィアン・リーは、テネシー・ウィリアムズ原作の映画「欲望という名の電車」(1951)で汚れた中年女ブランチ・デュボワ役を熱演しました。この演技で、リーは2度目のアカデミー主演女優賞を受賞しています。「欲望という名の電車」は、1949年にロンドンのウェスト・エンドで上演された舞台版に引き続いてリーがブランチを演じた作品でもあります。わたしには、「女と男の観覧車」のジニーの姿が「欲望という名の電車」のブランチに重なりました。スカーレットとローズ、ブランチとジニー......狂気を秘めた中年女を見事に演じ切ったことによって、ケイト・ウィンスレットは完全にヴィヴィアン・リーの再来となりました。

「女と男の観覧車」で、わたしの興味を強く惹いたのは舞台となったコニー・アイランドの描写でした。わたしは、かつてリゾートやテーマパークのプランナーをやっていた頃、コニー・アイランドのことを熱心に調べたことがあります。・アイランドとは、アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン区の南端にある半島および地区です。ニューヨークの近郊型リゾート地、観光地として知られます。かつては島でしたが、英語名の"Coney Island"という名前はウサギの島(Rabbit Island) という意味で、昔はロングアイランドの他の島と同様に、ウサギが多く生息していたそうです。19世紀後半より、この島を自然保護地区として保存するか都市開発するかの議論が起こりましたが、現在ではこの地区には多くの建物が並んでいます。20世紀からアミューズメント・パークが建設され、大いに賑わいました。

 このコニー・アイランド、1955年にカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のアナハイム市の南西部にディズニーランドがオープンするまで、最もアメリカの大衆文化に影響を与えた遊園地でした。コニー・アイランドが登場する小説、映画、テレビドラマ、音楽などは数え切れないほど多いです。
 1959年には、コニー・アイランドを舞台にしたメロドラマ映画の名作「悲しみは空の彼方へ」が製作されています。

 「女と男の観覧車」の原題は"Wonder Wheel"ですが、これは1920年から稼働しているコニー・アイランドの名物観覧車のことです。
 名作「アニー・ホール」で、ワンダー・ホイールは主人公が幼少期を過ごした家があった場所として登場しました、幼かったアレン自身が何度も訪れた思い出深い場所を舞台に、彼は集大成としての「長編監督作49本目」を撮り上げました。82歳となったウディ・アレンは、次回の記念すべき50本目には、どのような映画を作るのでしょうか。今から楽しみで仕方がありません。