No.357
角川シネマ有楽町で映画「ウインド・リバー」を観ました。
ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。
「『最後の追跡』などの脚本を手掛けてきたテイラー・シェリダンが監督と脚本を務めたサスペンス。ある事件を調べる女性FBI捜査官と地元のハンターが、思わぬ真相にたどり着く。『アベンジャーズ』シリーズなどのジェレミー・レナー、『マーサ、あるいはマーシー・メイ』などのエリザベス・オルセン、『スウィート・ヘル』などのジョン・バーンサルらが出演。『最後の追跡』で音楽を担当したニック・ケイヴ、ウォーレン・エリスが本作でも組んでいる」
また、ヤフー映画の「あらすじ」には、以下のように書かれています。
「アメリカ、ワイオミング州。先住民族が住む深い雪に囲まれたウインド・リバーで、地元のベテランハンターであるコリー・ランバート(ジェレミー・レナー)が女性の遺体を発見する。FBIの新人捜査官ジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)が派遣され、1人で捜査を開始するが雪山の厳しい自然環境や不安定な気候で難航する。ジェーンは、ウインド・リバー一帯に詳しいランバートの手を借りて調べを進めていく」
「ウインド・リバー」は非常にヘビーな映画でした。そして、観終わった後も、心に鉛のような感情が残る作品でした。タイトルとなっているウインド・リバーとは、アメリカの中西部ワイオミング州に位置するアメリカ先住民の保留地のことです。1830年、時の大統領アンドリュー・ジャクソンが「インディアン強制移住法」を定めました。先住民であるネイティブアメリカンたちは西部へと移住させられ、彼らのいなくなった南部の広大な土地を綿花地帯としたのです。
この映画は、そんな雪深いウインド・リバーを舞台に、少女の死の真相に迫っていくクライム・サスペンスで、第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞しました。新鋭テイラー・シェリダン監督は、メキシコ国境地帯でのアメリカ麻薬戦争の知られざる実態を描いた「ボーダーライン」、家族の土地を守るために銀行強盗を繰り返す兄弟の運命を描いた「最後の追跡」の脚本家として有名ですが、この「ウインド・リバー」が監督デビュー作となります。ちなみに、シェリダン自身はこの3作を"現代のフロンティア3部作"と称しています。
「ウインド・リバー」の主演を務めるのはジェレミー・レナーとエリザベス・オルセンです。雪に閉ざされた大地に根ざして生きる凄腕ハンターのコリー・ランバートを演じるレナーはマーベル映画の「アベンジャーズ」でホークアイとして、FBIの新人捜査官ジェーン・バナーを演じるオルセンは同じく「アベンジャーズ」のスカーレット・ウイッチとしてお馴染みです。ホークアイといえば、「そして殺す」が決めセリフですが、「ウインド・リバー」では難解な殺人事件の捜査に挑むわけですから、面白いですね。レナーもオルセンも観客の胸を打つ素晴らしい演技でした。
それにしても、舞台となったウインド・リバー先住民居留地というのは謎めいた土地です。映画評論家の町山智浩氏の解説によれば、だいたい鹿児島県と同じぐらいの面積があるそうですが、なんと警察官が6人しかいないとか。2012年に「ニューヨーク・タイムズ」にこのウインド・リバーで異常にレイプ事件や女性の行方不明者が多いというルポ記事が掲載され大問題となり、オバマ大統領が6倍に増やして36人にしたそうです。
鹿児島県ぐらいの広さの土地には、アラパホ族とかショショニ族など2万人以上の先住民が住んでいますが、警察官がたったの6人しかいなかったというのは驚きです。そんな場所で少女が血を吐いて死んでいた。これは殺人事件かもしれないということで、FBIが呼ばれることになります。
FBIといえば、アメリカの警察の仕組みは非常に複雑です。アメリカ在住の町山氏は以下のように述べています。
「まず、いちばん普通に警察官として業務をしている人たちは市警察なんですね。シティなんです。市警察官。で、よく聞く保安官っていう人がいるでしょう? 保安官っていうのは郡に所属しています。で、保安官は警察官じゃありません。保安官は一種の政治家に近い人で地元の人が選挙で選ぶ人なんですよ」
「警察官ではないんです。で、州には州警察っていうのもあって。ステート・トルーパーって言われている人で、この人たちは市と市を結ぶ高速道路とかそうしたところを自分の管轄にしています。その上にさらに連邦警察っていうのがあって、これがFBIです。こういう仕組みだから州とか市を超えるとそれぞれの警察はそれ以上追跡できないんですよ。だから州を超えた犯罪の場合には連邦警察が出てくるんです。誘拐とかね」
「この先住民居留地っていうのは一応連邦政府の土地なんですよ。だから殺人事件だとFBIが出てくるんです。連邦政府のものだから。すごくややこしいんですよ。その法の隙間がそういうシステムだとできてきちゃうんですよ」
そして、警察がいないことは銃の所持につながります。
警察がいない土地で揉め事があったら、銃で決着をつけるしかないというのです。町山氏は「だから西部劇っていうのが生まれたんですよ。わずか150年前なのに全て銃と暴力で決着をつけるという状況がアメリカに生まれたのが西部劇なんですよ。現在も全く変わっていないんです」と述べています。また、町山氏は「見渡す限り何百キロも人が住んでいないところに家を建てるわけだから銃を持っていないとならないわけですね。だから全員が銃で武装している。完全な無法地帯になっているんですよ。もうすごいですよ。見ていると、だからいつ撃たれるかわからないし。要するに、熊とか猛獣がいるわけだから、護身用の銃じゃなくてものすごい高性能のライフルを持っているから大変な世界なんですよ、これ」とも述べています。説得力がありますね。
ネタバレにならないように注意深く書くと、映画「ウインド・リバー」には少女たちを死に追いやった悪党どもが登場します。よくインテリの中に「犯罪者が生まれるのは本人のせいではなく、社会が悪い」といったような、すべての罪を社会のせいにするような輩がいます。一条真也の映画館「万引き家族」なども、万引きを犯す者がいるのは安倍政権のせいであるといった暴論も見受けられます。しかし、わたしは基本的にこの立場を取りません。社会が悪いのが原因ならば、社会的弱者は全員が犯罪者にならなければならないはずですが、現実はそうではありません。やはり、本人の責任が大きいのです。しかしながら、このウインド・リバー先住民居留地のレイプ犯の場合は少しだけ同情したくもなります。なにしろ、この土地には娯楽も希望も何もないのです。居留地に入っている先住民の人々はもう150年間そこに入っていて何も良いことがないわけです。
ウインド・リバー先住民居留地の住人の平均寿命は49歳です。企業もないので、仕事もない。牧羊などは行われているようですが、失業率は80%。10代の自殺率が全米平均の2倍以上。町山氏によれば、先住民の女性がレイプされる率が全米平均の2.5倍以上。先住民が殺人事件の被害者になる率は全米平均の5倍から7倍......これではまさに地獄といっても過言ではありません。レイプ事件多発の原因には、間違いなく若者たちの性欲の捌け口がないという事実があります。かつての橋下元大阪市長の提言ではありませんが、風俗産業の導入などを真剣に検討しなければいけないレベルの危険地区であると言えるでしょう。
ただ残念なのは、性犯罪に真正面から取り組んだこの映画の製作総指揮者が、ハリウッドのセクハラ大王として悪名を馳せたハーヴェイ・ワインスタインであることです。なんという皮肉でしょうか!
しかし、いくら「若者たちの性欲をミスリードした」などと言ってみても、自分の娘を強姦されて殺された親は、心の収めどころがありません。絶対に犯人を許せないでしょう。わたしの場合も同じです。社会派映画としてもサスペンス映画としても名作である「ウインド・リバー」の究極のテーマは「復讐」であると思います。世の中には、「自分の子が殺されたら、犯人を警察などに引き渡さず、自分で制裁する」と公言する人が多く存在します。
ここで、わたしは先日、13人全員が死刑執行されたオウム真理教事件の元死刑囚たちのことを考えました。死刑廃止を唱える人がいる一方で、オウム事件の犠牲者の遺族の中には「死刑執行に立ち会いたかった」と言う人もいました。わが子を理不尽に奪われた無念さと悔しさが滲み出た言葉です。死刑囚たちが拘置所の中にいなければ、自分の手で復讐を果たしたいと考えた人がいても不思議ではありません。
作家の村上春樹氏は、29日付の「毎日新聞」に寄稿し、自身は死刑制度に反対の立場だとしながらも、今回の執行には反対だと公言できないとの考えを示しました。村上氏は自身について一般的には「死刑制度そのものに反対する立場」だとした上で、1995年に起きた地下鉄サリン事件の被害者らへのインタビューをまとめた『アンダーグラウンド』を執筆する過程で事件の被害者や遺族の苦しみに触れた体験から、「『私は死刑制度に反対です』とは、少なくともこの件に関しては、簡単に公言できないでいる」としています。村上氏の発言は非常に勇気あるものであり、傾聴に値します。
「復讐」がテーマの映画といえば、一条真也の映画館「レヴェナント:蘇えりし者」で紹介した作品が思い浮かびます。舞台はやはりアメリカ西部の原野です。ハンターのヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は狩猟の最中に熊の襲撃を受けて瀕死の重傷を負います。そのとき、同行していた仲間のジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)はグラスを置き去りにします。絶体絶命の状況の中、グラスはかろうじて死の淵から生還し、自分を見捨てたフィッツジェラルドに復讐するために、大自然の猛威に立ち向かいながら、壮絶なサバイバルを繰り広げられるさまが描かれています。
この映画の最後に登場するリベンジ・シーンは映画史に残る名場面ではないでしょうか。「レヴェナント:蘇えりし者」は息子を殺された父親の復讐の物語で、「ウインド・リバー」は娘を奪われた父親の復讐の物語です。ともに、「子の仇を討つ」という話なのです。それは「グリーフケア」の1つの形でもあるのかもしれないと、わたしは思いました。