No.438
19日の夜、映画「IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。」をレイトショーで観ました。この日は他にも不愉快な出来事がたくさんありましたが、こんなときはホラー映画でも観て非日常の気分に浸るに限ります。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「作家スティーヴン・キングの原作を実写化したホラー『IT/イット "それ"が見えたら、終わり。』の続編。前作から27年後を舞台に、子供の命ばかりを狙うペニーワイズから逃げ延びた面々が新たな戦いを余儀なくされる。『MAMA』などのアンディ・ムスキエティ監督が続投するほか、ドラマシリーズ『ヘムロック・グローヴ』などのビル・スカルスガルドが再びペニーワイズを演じる。27年後のビルとベバリーに、『スプリット』などのジェームズ・マカヴォイ、『ゼロ・ダーク・サーティ』などのジェシカ・チャステインがふんした」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「デリーという田舎町に出没し子供たちの命を奪っていた正体不明のペニーワイズ(ビル・スカルスガルド)を、ビルやベバリーらルーザーズ・クラブのメンバーたちが撃退してから27年後。再びデリーで不可解な連続児童失踪事件が起き、クラブのメンバーにデリーへ帰ってくるように促すメッセージが届く。そしてビル(ジェームズ・マカヴォイ)たちは、デリーに集結し久々に顔を合わせる」
この映画は、一条真也の映画館「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」で観た映画の続編で、原作は「ホラー小説の帝王」と呼ばれるスティーヴン・キングの小説です。よく、「スティーヴン・キングの小説は映画化しにくい」とか「キング原作の映画には名作が少ない」などと言われます。ホラー小説ファンの間では定説になっているようです。でも、そんなことはありません。わたしにとって、「キャリー」(1976年)、「シャイニング」(1980年)、「IT」(1990年)、「グリーンマイル」(1999年)、「シークレット・ウインドウ」(2004年)、「ミスト」(2007年)などはいずれも名作でした。特に「シャイニング」と「IT」は怖かったですね。
1990年版の「IT」は怖い映画でしたが、何が怖かったかって、子どもたちを次々にさらって殺すペニーワイズという怪物の姿です。彼はピエロの恰好をしているのでした。そのビジュアルは強烈で、わたしは「ピエロは怖い」というイメージを強く印象づけられました。そのリメイクである「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」は非常に不満でした。というのは、ペニーワイズの目が光ったり、邪悪なビジュアルにしたりと、演出過剰に思えるからです。1990年版のシンプルなピエロ姿のペニーワイズのほうがずっと怖かった。1990年のペニーワイズはそのままサーカスに出演しても違和感がありませんが、2017年のペニーワイズは悪の権化のような外見をしています。
『懐かしの名作恐怖映画大解剖』(三栄書房)というムック本の「シャイニング」の解説で、多くのホラー映画でメガホンを取った映画監督の仁同正明氏が「そもそもホラーはコメディと表裏一体で、お化け屋敷などでも怖がらせようと必死になりすぎると翻って、コントのように感じてしまうこともあり、さじ加減が難しいジャンルでもある」と書いていますが、まったく同感です。もともとコメディというジャンルに属するピエロが「IT」の前作によってせっかくホラー界の住人になったのに、新作「IT」の過剰演出によって再びコメディに逆戻りということにもなりかねません。
そして、今回の「IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。」では、さらにペニーワイズが過剰に演出されています。巨大な蜘蛛みたいなモンスターに変身したり、「おいおい、どうしちゃったの?」という感じでした。「映画.com」では、映画評論家の尾崎一男氏が「この殺人クラウンはときに形容しがたいモンスターへと変貌し、スクリーン狭しと迫り出してくる。しかもその様相は、まるでヤン・シュヴァンクマイエルやクエイ兄弟の短編に出てくるモデルアニメのように悪夢的だ」と書いています。正直言って、まったく怖くありません。ペニーワイズ以外にもさまざまなモンスターが登場しましが、いずれもお化け屋敷のアトラクションみたいでした。本物のホラー・ファンはこんな子どもだましの映画は認めませんから、この作品の評価は低いです。
1990年版の「IT」が怖かったのは、ペニーワイズの造形などではありません。真の恐怖は、ペニーワイズが相手の精神的ウィークポイントであるトラウマを執拗に攻め、心を崩壊させていくところにあります。ルーザーズはクラウンの姿をしたペニーワイズという悪霊を討伐する試練を通して、それぞれが抱えた過去のトラウマに立ち向かう勇気を試されていく場面が見応えがありました。今回の「IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。」でも27年後のルーザーズのトラウマは描かれてはいるのですが、1990年版に比べて非常に薄っぺらい印象です。
思うに、「IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。」の最大の敗因は、一条真也の映画館「ジョーカー」で紹介した映画の直後に上映されたことではないでしょうか。世界中で大ヒットした「ジョーカー」では、ホアキン・フェニックスがバッドマンの宿敵である悪の権化に変身していくさまが描かれていますが、顔を白く、唇を赤く塗ったその顔はまさにピエロのようで、ペニーワイズの顔と被ります。しかし、「怒り」と「悲しみ」を見事に表現したジョーカーに比べて、力づくで相手を怖がらせようとするペニーワイズのインパクトは弱いです。観客も、どうしても両者を見比べてしまいます。ペニーワイズの最大の天敵はルーザーズではなく、ジョーカーではないかと思いました。
じつは、この「IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。」の鑑賞はあまり気が進みませんでした。前作「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」が、1990年版の「IT」のリメイクということで非常に期待していたにもかかわらず、ペニーワイズの過剰演出に失望したからです。今回の完結編も公開からもうずいぶん時間も経過していますし、ネットの評価も低いし、「今さら観なくてもいいか」と思っていました。
それでも、観る気になったのは、上映時間が169分ということを知って興味を抱いたのと、今月末にやはりスティーヴン・キング原作の「シャイニング」の続編である「ドクター・スリープ」が公開されるので、同作品を観る前に「IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。」も片付けておこうかなと思ったからです。わたしにとって『シャイニング』と『IT』はキングの二大名作だからです。というわけで、「シャイニング」の呪われたホテルで新たな恐怖を体験する「ドクター・スリープ」は11月29日公開です。今からすごく楽しみです!