No.519


 17日に一条真也の映画館「21ブリッジ」で紹介した映画を観たら、巨大な陰謀に立ち向かう刑事の話に魅了されました。そこで翌18日は、同テーマかつSFでもある日本映画「劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班」を観ました。こちらも非常に面白かったです。映画館は若い女性だらけで、わたしは「彼女たちは主演の坂口健太郎のファン?」と思いました。この作品は北九州で撮影され、JR小倉駅前で超ド派手なアクションが展開されていました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「韓国のサスペンスドラマを日本でリメイクし、2018年に放送されたドラマを映画化。現在を生きる刑事と過去を生きる刑事が謎の無線機を通じて協力し、巨大な陰謀に立ち向かう。主演の坂口健太郎、彼の相棒となる刑事役の北村一輝をはじめ、吉瀬美智子、木村祐一、池田鉄洋、青野楓がドラマ版から続投し、新たに杉本哲太、奈緒、田中哲司、伊原剛志らが出演。『探偵はBARにいる』シリーズなどの橋本一がメガホンを取った」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「2021年東京。高速道路で起きたハイヤーの暴走事故で政府高官が死亡する。三枝(坂口健太郎)が所属する警視庁・長期未解決事件捜査班は、この事故が仕組まれた事件の可能性もあるとみていた。一方、2009年の東京でも政務官の交通事故死が頻発し、警察は事故として処理するが、大山(北村一輝)だけは違うのではないかと考えていた。そして23時23分、つながるはずのない無線機が鳴り始める」

 劇場版のベースになったドラマ版の「シグナル 長期未解決事件捜査班』は、2018年4月10日から6月12日までカンテレ(関西テレビ)制作・フジテレビ系の「火曜21時枠」(火9ドラマ)で放送されました。2016年に韓国・tvN(CJ ENM)で放送されたテレビドラマ「シグナル」のリメイク作品で、主演はテレビドラマ初主演の坂口健太郎が務めました。「劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班」のストーリーは基本的にドラマの延長戦上にあるので、ドラマを観ていない者にはわからないのですが、冒頭でこれまでの「あらすじ」を流してくれたので助かりました。最近では、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」で紹介したアニメ映画も、前3作を冒頭で要約していました。その作品から初めて物語に接する観客に対して親切であり、かつ欠かせないサービスだと思いました。

 一条真也の映画館「21ブリッジ」で、最近は何の映画を観ても、テーマがグリーフケアであることに気づくと書きましたが、この映画もそうでした。独学でプロファイリングを学んだ刑事である主人公の三枝健人(坂口健太郎)も、彼が所属する未解決事件捜査班の班長である桜井美咲(吉瀬美智子)も、共通のグリーフを抱えています。それは、三枝の時間を超えた無線通信の相手であり、桜井の元先輩刑事でもあった大山剛志の理不尽な死でした。大切な人を亡くした人は、だれもが一度は「過去を変えたい」と思うものですが、この物語では本当に変えてしまいます。過去を変えるというより、正確には過去のさらに過去に遡って、その時点での未来を変えてしまうのです。

 この映画には三枝と桜井の他にも大きなグリーフを抱えた人物が登場しますが、グリーフというものは的確にケアされないと、歪んだ復讐心を生んで狂暴化するということを見事に表現していました。まさに、「劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班」は、グリーフケアの映画でありました。考えてみれば、警察が扱う殺人事件というのは、すべて被害者の遺族や友人・知人がいるわけですから、グリーフの物語になりえます。そして、彼らにとって大切な人を殺した真犯人が捕まって法の裁きを受けることは一種のグリーフケアとなります。ということは、すべての殺人事件をテーマとした映画はグリーフケア映画となるわけで、その数はもう数え切れませんね。

 それにしても、この映画で描かれる陰謀は、「21ブリッジ」とは比較にならないぐらい巨大なものでした。ネタバレにならないように注意して書きますが、警察組織の上層部が悪事を企むと、とんでもないことになるということです。それにしても、警視庁のトップが仲間や部下をバンバン殺すというのは、いくら何でも非現実的であると思いますが。それに、公安が悪の組織として描かれ過ぎていると感じました。本当に公安がこんな組織だったら、日本国そのものがブラック国家となってしまいます。わたしの高校と大学の後輩で、国家公安委員長を務めた現職の大臣がいますので、今度会ったときに「公安って、実際どうなのよ?」と訊いてみたいと思います。

 ところで、この映画は2021年1月から物語が始まります。スクリーンにも「2021年1月」と大きくテロップが出るのですが、わたしはすぐに大きな違和感をおぼえました。なぜなら、映画の中の登場人物が誰もマスクをしていないからです。2021年、すなわち今年は新型コロナウイルス感染拡大の中で幕を開け、現在もコロナ禍にあります。ですので、マスクをしている人間が1人も登場しないというのは不自然です。時代設定をコロナ禍前にすべきでした。「映画なのだから、細かいことを言うな」という意見もあるでしょうが、わたしはフィクションであればあるほど、そのディテールにはリアリティが必要だと考えています。特に、本作のようなSFをはじめ、ファンタジーやホラーといった非日常の物語にはリアリティが求められると思います。コロナといえば、この映画の中で大山刑事が「人の命よりも保身や昇進を大事にする奴らがいる」というセリフがあるのですが、現在のコロナ禍にあって、そういった政治家や官僚がたくさんいるような気がします。

 もともと「シグナル」は、韓国ドラマがオリジナルです。2016年1月22日から同年3月12日にかけて放映され、人気を呼びました。警察のプロファイラー・パク・ヘヨンはある日、15年前の未解決事件を追うイ・ジェハン刑事から、壊れた無線機を通じてその未解決事件の有力な手がかりを教えられます。時効まであと数日のところでかつてのジェハンの後輩・チャ・スヒョン刑事と共に事件を解決することに成功。その後もヘヨンはジェハンと交信を続けていくうちに、彼が過去の人間であることに気付く。一方でスヒョンは、15年前に失踪したジェハンの行方を捜し続ける。練られた脚本で、高い評価を得ました。

 最近では、広瀬アリスが主役を好演した「知ってるワイフ」も韓国ドラマのリメイクでしたし、映画でも一条真也の映画館「22年目の告白―私が殺人犯です―」で紹介した藤原竜也主演のサスペンス映画も韓国映画のリメイクでしたし、韓国のエンターテインメント作品が日本でリメイクされるケースが相次いでいます。「パラサイト 半地下の家族」「ミナリ」で紹介した映画はハリウッド映画ですが、作品にはほぼ韓国人俳優しか出演していません。ハリウッドも韓国映画界を高く評価しているようです。なぜ、アメリカ映画なのに韓国人が主役なのかというと、多様性が求められている最近の社会情勢やそんな企画を探しているハリウッドの事情があるのかもしれません。でも、そういった問題とは関係なく韓国の映画やドラマは満足度が高いです。ブログ「愛の不時着」で紹介したドラマなんて、わたし、感動でボロ泣きしましたし。
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死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)



 さて、「劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班」は時間を超える物語です。もともと時間を超える物語というのは、映画というメディアと相性が良いのです。わたしは、『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)という本を書きました。「映画で死を乗り越える」というのが同書のテーマですが、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると思います。動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えます。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。それは、わが子の運動会を必死でデジタルビデオで撮影する親たちの姿を見てもよくわかります。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。というわけで、「劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班」はきわめて映画の原点を踏まえた作品であると思います。