No.520


 4月23日の夜、小倉のシネコンで、イギリス・オーストラリア・アメリカ合衆国合作のドラマ映画「アンモナイトの目覚め」を観ました。「世界の歴史上で最も偉大な古生物学者」と称賛されるメアリー・アニングの物語ですが、ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンという二大女優の演技合戦には圧倒かつ魅了されました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『愛を読むひと』などのケイト・ウィンスレット、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』などのシアーシャ・ローナンが出演したドラマ。1840年代のイギリスを舞台に、化石収集家の妻に惹かれていく女性古生物学者の姿を映し出す。メガホンを取るのは『ゴッズ・オウン・カントリー』などのフランシス・リー。『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズなどのジェマ・ジョーンズをはじめ、ジェームズ・マッカードル、アレック・セカレアヌ、フィオナ・ショウらが共演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「イギリス南西部にある海沿いの町ライム・レジスで、世間とのつながりを断つようにして生活する古生物学者メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)。かつては発掘した化石が大英博物館に展示されて脚光を浴びたが、今は土産物用のアンモナイトの発掘で生計を立てていた。ある日、彼女は化石収集家の妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)を数週間預かる。裕福で容姿端麗と、全てが自分と正反対のシャーロットに冷たくしながらも、メアリーは彼女に惹かれていく」

 最近、わたしは何の映画を観ても、グリーフケアの映画に思えます。この「アンモナイトの目覚め」も、そうでした。ケイト・ウィンスレット演じるメアリー・アニングは8人の兄弟を亡くしており、そのために彼女の母親は感情をなくしていました。メアリーはその母と二人暮らしで、生涯独身を貫きます。一方のシアーシャ・ローナン演じるシャーロット・マーチソンは「うつ病」を患っており、夫からは見捨てられています。このように人生に絶望し、内面に深いグリーフを抱えている二人は運命の出会いを果たし、お互いにケアし合います。この映画では女性同士の同性愛が描かれますが、考えてみれば恋愛にはグリーフケアの要素があることに今更ながら気づきました。

 わたしが何の映画を観てもグリーフケアの映画に思えるということを知った「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生は、「何を見ても『グリーフケア』に見えるというのは、思い込みや思い違いではなく、どんな映画や物語にも『グリーフケア』の『要素』があるのだとおもいます。そのようなスペクトラムが。アリストテレスは『詩学』第6章で『悲劇』を『悲劇の機能は観客に憐憫と恐怖とを引き起こして,この種の感情のカタルシスを達成することにある』と規定していますが、この『カタルシス』機能は『グリーフケア』の機能でもあるとおもいます。しかし、アリストテレスが言う『悲劇』だけでなく、『喜劇』も『音楽』もみな、『カタルシス』効果を持っていますので、すべてが『グリーフケア』となり得るということだと考えます」というメールを送って下さいました。なるほど! さすがはTonyさん!

 主演のケイト・ウィンスレットは大好きな女優です。ヒロインのローズ役で主演した一条真也の映画館「タイタニック3D」で紹介した恋愛映画の金字塔的大作がなんといっても代表作ですが、「女と男の観覧車」「コンテイジョン」で紹介した映画でも強い存在感を放っていました。1975年生まれで、現在は45歳であるケイト・ウィンスレットですが、わたしは1913年に生まれ、1967年に没したヴィヴィアン・リーの再来であると思っています。ともにイギリス人女優であり、多くのシェイクスピア作品にも出演した実績を持つ実力派女優でもあります。また、ヴィヴィアン・リーの出世作にして代表作である「風と共に去りぬ」(1939年)とケイト・ウィンスレットの出世作にして代表作である「タイタニック」は、ともに20世紀を代表する恋愛映画の超大作です。

 シャーロットを演じたシアーシャ・ローナンはアイルランド出身で、現在は27歳ですが、一条真也の映画館「ラブリーボーン」で紹介した映画では変質者に殺される14歳の少女役を、「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」で紹介した映画ではスコットランド女王メアリー・スチュアートを好演しました。映画「アンモナイトの目覚め」では、とにかくシャーロット役の彼女が美しかったです。弱々しく、はかなげで、透明感のある存在でした。しかし、メアリー・アニングとの恋に落ちてからは情熱的で生命力に溢れる女性に変貌します。2人が愛し合う濡れ場では、オールヌードで体当たりの演技を披露しており、驚きました。ケイト・ウィンスレットの方は20歳の新人の頃に出演した「日蔭の二人」ですでに全裸になっていますが、まさか「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」のシアーシャ・ローナンが脱ぐとは! また、二人のラブシーンの濃厚なこと! 正直、想定外の過激さでした。

 正直言って、わたしは「ブロークバック・マウンテン」などに代表される男性の同性愛映画は嫌いなのですが、女性の同性愛映画は大丈夫です。特に二人とも美女の場合は「眼福」のように思えてしまいます。これまでに見た中で「きれいだな!」と思ったのは、2015年のアメリカ映画「キャロル」でのラブシーンです。「キャロル」は、「ブルージャスミン」のケイト・ブランシェットと「ドラゴン・タトゥーの女」のルーニー・マーラが共演し、1950年代ニューヨークを舞台に女同士の美しい恋を描いた恋愛ドラマです。「太陽がいっぱい」などで知られるアメリカの女性作家パトリシア・ハイスミスが52年に発表したベストセラー小説「ザ・プライス・オブ・ソルト」を、「エデンより彼方に」のトッド・ヘインズ監督が映画化しました。同性ながらも強く惹かれ合う女性たちの心情を、これ以上ないほど切なく美しく描いていました。

「アンモナイトの目覚め」に話を戻します。ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンの、ある意味で贅沢きわまりないラブシーンを見ながら、ふと、「この二人の役を日本人に演じさせるとしたら、誰がいいだろう?」と思いました。というのも、先日、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)を原案とする映画「愛する人へ」の製作が決定したのですが、プロデューサーから提案された出演者の候補リストを見て、あまりの豪華メンバーに仰天したのです。日本人なら誰でも知っているような有名俳優の名前がずらりと並んでいました。映画作りの醍醐味はキャスティングにあるそうですが、「『アンモナイトの目覚め』の日本版を製作するとしたら、メアリーとシャーロット役は誰にするか?」という考えに取り憑かれました。

 ずばり、わたしは、メアリー役は斉藤由貴、シャーロット役は広末涼子というキャスティングを思い浮かべました。わたしは両女優のファンなのですが、ともに国民的アイドルだったにもかかわらず、その私生活でのスキャンダルから、「魔性の女」の印象が強いですね。この二人が濃厚なラブシーンを演じるとなると、ものすごい話題になるでしょう。ぜひ、観てみたい! 実際、「アンモナイトの目覚め」を観た方ならわかると思いますが、斉藤由貴はメアリーの、広末涼子はシャーロットのイメージがありますね。というわけで、とんでもない妄想を抱きながら(苦笑)、わたしは小倉のシネコンを後にしたのであります。

 映画の冒頭は、少女時代のメアリーが発掘したイクチオサウルスの全身化石が大英博物館に運びこまれるシーンです。映画の最後は、そのイクチオサウルスの全身化石が再登場します。非常に含蓄のあるラストシーンでした。大古の恐竜が化石となってミュージアムに展示されるぐらいの悠久の時間が流れる中で、人間の悲嘆や恋愛感情は封印されたり、目覚めたりします。「人生とは何か」あるいは「人間とは何か」、さらには「生命とは何か」ということを考えずにはおれません。大英博物館は大好きな場所です。もうずいぶん御無沙汰ですが、新型コロナウイルスの感染拡大が終息したら、また訪れたいものです。