No.521


 4月26日、第93回アカデミー賞2021の受賞式が行われました。一条真也の映画館「ノマドランド」で紹介した映画が作品賞・主演女優賞・監督賞を、「ミナリ」で紹介した映画が助演女優賞、「ソウルフル・ワールド」で紹介した映画が長編アニメ映画賞を受賞しました。そして、撮影賞と美術賞をNetflix作品の「Mank/マンク」が受賞。早速その夜、ネトフリで観ましたが、映画好きにはたまらない内容で、最高に面白かったです。主人公マンクの「人は映画館の暗闇の中で見たものを信じてしまう」というセリフが非常に印象的で、心に残りました。

ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「[Netflix作品]『市民ケーン』の脚本家、ハーマン・J・マンキウィッツを主人公にした人間ドラマ。黄金期のハリウッドを背景に、『マンク』と呼ばれた脚本家がアルコール依存症に苦しみながらも、後に名作となる脚本を仕上げる。『ソーシャル・ネットワーク』などのデヴィッド・フィンチャーが監督を手掛け、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』などのゲイリー・オールドマンが主人公を演じ、『マンマ・ミーア!』シリーズなどのアマンダ・セイフライドや、『あと1センチの恋』などのリリー・コリンズらが共演している」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、「社会を鋭く風刺するのが持ち味の脚本家・マンク(ゲイリー・オールドマン)は、アルコール依存症に苦しみながらも新たな脚本と格闘していた。それはオーソン・ウェルズが監督と主演などを務める新作映画『市民ケーン』の脚本だった。しかし彼の筆は思うように進まず、マンクは苦悩する」となっています。

「Mank/マンク」は、映画史上に燦然と輝く不朽の名作「市民ケーン」(1941年)が作られた裏話的な作品です。「市民ケーン」は、オーソン・ウェルズの監督デビュー作で、世界映画史上のベストワンとして高く評価されています。ウェルズは監督のほかにプロデュース・主演・共同脚本も務めました。"バラのつぼみ"という謎の言葉を残して死んだ新聞王ケーンの生涯を、それを追う新聞記者を狂言回しに、彼が取材した関係者の証言を元に描き出していきます。主人公のケーンがウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしていたことから、ハーストによって上映妨害運動が展開され、第14回アカデミー賞では作品賞など9部門にノミネートされながら、脚本賞のみの受賞にとどまりました。

 しかし、パン・フォーカス、長回し、ローアングルなどの多彩な映像表現などにより、「市民ケーン」の評価は年々高まりました。英国映画協会が10年ごとに選出するオールタイム・ベストテンでは5回連続で第1位に選ばれましたし、AFI選出の「アメリカ映画ベスト100」でも第1位にランキングされています。1989年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録されました。「市民ケーン」が公開された2年前の1939年には一条真也の映画館「風と共に去りぬ」で紹介した映画および「オズの魔法使」というMGMの二大名作が公開されていますが、この30年代後半から40年代初めがハリウッドの黄金時代であったように思います。その意味で、当時の映画人たちを活写した「Mank/マンク」は、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で紹介した映画とは別の時代のハリウッドを描いていると言えるでしょう。

 ハリウッドで活躍した脚本家の実話なら、一条真也の映画館「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」で紹介した映画があります。「ローマの休日」「ジョニーは戦場へ行った」などの名作を手掛けた脚本家ダルトン・トランボの半生を描く伝記映画です。東西冷戦下のアメリカで起きた赤狩りにより映画界から追放されながらも偽名で執筆を続けたトランボを、テレビドラマ「ブレイキング・バッド」シリーズなどのブライアン・クランストンが演じました。共演は「運命の女」などのダイアン・レイン、「SOMEWHERE」などのエル・ファニング、オスカー女優ヘレン・ミレンら。監督を、「ミート・ザ・ペアレンツ」シリーズなどのジェイ・ローチが務めました。

 トランボは1905年生まれで、アメリカで1940年代に起こった赤狩りに反対したいわゆるハリウッド・テンの1人ですが、「Mank/マンク」の主人公であるハーマン・J・マンキウィッツはもう少し上の世代で、1897年生まれです。1941年の「市民ケーン」の脚本家として有名な彼ですが、翌1942年の「打撃王」でもアカデミー脚色賞を受賞しています。ちなみに、弟のジョーゼフ・L・マンキーウィッツは映画監督で、アカデミー監督賞および脚色賞を受賞した「三人の妻への手紙」(1949年)、同じく両賞を受賞した「イヴの総て」(1950年)、「ジュリアス・シーザー」(1953年)、「クレオパトラ」(1963年)なども監督しています。

「Mank/マンク」では兄のハーマンが才能豊かで、弟のジョーゼフはそうでもない印象でしたが、実際は大違い。凄い兄弟ですね! ジョーゼフの代表作の1つである超大作「クレオパトラ」の製作費は4400万ドル(現貨換算で3億ドル以上)という空前の巨額にまで膨れ上がり、製作会社の20世紀フォックスの経営を危機的状況にまで陥れました。クレオパトラ役のエリザベス・テイラーは100万ドルという破格の報酬で契約するなど、とにかく桁外れの映画でした。わたしが生まれた1963年に公開されていますが、「クレオパトラ」こそはハリウッドの黄金時代の終わりを象徴する作品だったような気がします。同作品でアントニー役を演じ、クレオパトラ役のエリザベス・テイラーと結婚したリチャード・バートンは58歳で亡くなっていますが、わたしは来月10日に58歳になります。58歳といえば、「Mank/マンク」の監督であるデヴィッド・フィンチャーが現在58歳です。

 コロラド州デンバー市出身のデヴィッド・フィンチャーは、SFXアニメーター、ミュージックビデオの監督を経て1992年に映画監督としてデビュー。父親は「ライフ」誌の記者で、「Mank/マンク」の脚本はもともとこの父親の遺稿だったそうです。長いこと映画化が塩漬けにされてきた脚本を息子のデヴィッド・フィンチャーが映画化したわけで、この映画はある意味で肉親への葬送儀礼的な意味もあるのかもしれません。「エイリアン3」(1992年)、「セブン」(1995年)、「ゲーム」(1997年)、「ファイト・クラブ」(1999年9、「パニック・ルーム」(2002年)、「ゾディアック」(2007年)、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(2008年)、「ソーシャル・ネットワーク」(2010年)、「ドラゴン・タトゥーの女」(2011年)、そして一条真也の映画館「ゴーン・ガール」で紹介した2014年公開の映画など、フィンチャーの監督作品はすべて観ていますが、名作ばかりでハズレがありません。

 その「ゴーン・ガール」以来6年ぶりとなるデヴィッド・フィンチャーの新作が「Mank/マンク」です。フィンチャー自身のフィルモグラフィ初のオンライン動画サービスを主発信とする長編であり、初のモノクロなど特色づくしとなっています。題材となった「市民ケーン」は、パン・フォーカス、長回し、ローアングルなどの多彩な映像表現が話題となりました。約80年後に誕生した「Mank/マンク」も負けていません。映画評論家の尾崎一男氏は、「なによりフィンチャーらしいのは、この映画の話法ならびに視覚への執拗なこだわりだ。それは過去と現在を行き来する非クロノジカルな構成や、名撮影監督グレッグ・トーランドの手法を模したディープフォーカスや主光源の射し込むライティングなど、『市民ケーン』に目配せしたアプローチに顕著だろう。ハリウッド黄金期のスタジオ集権体質をも冷笑する作品が、新時代のメディア覇王Netflixから配信されるというのもシャレが効き過ぎていて可笑しい」と、「映画.com」で述べています。

「市民ケーン」は、第14回アカデミー賞では作品賞など9部門にノミネートされながら、脚本賞のみの受賞にとどまりました。「Mank/マンク」は、第93回アカデミー賞で作品、監督、主演男優、助演女優など同年度最多の計10部門でノミネートされ、撮影、美術の2部門で受賞。「市民ケーン」を題材とした「Mank/マンク」は、マンキウィッツと表題キャラのモデルとなったメディア王ウィリアム・R・ハーストとの接触や、彼を取り巻く30年~40年代のハリウッド黄金時代のスタジオ勢力を見事に描いています。

 また、「Mank/マンク」には、政治的な描写も多かったです。特に、著書『ジャングル』(1906年)によって、アメリカ精肉産業での実態を告発し、食肉検査法の可決に至らしめた社会主義の作家アプトン・シンクレアが出馬したカリフォルニア州知事選挙の様子が延々と描かれます。マンクが支持したシンクレアは選挙に敗れますが、わたしは最近の選挙で自民党が大敗したことを思い出しました。4月25日に開票された北海道、長野、広島での国政選挙3連敗に、政令指定都市の名古屋市長選挙でも敗北。4連敗となったのです。やはり、どの選挙を見ても、日本人の生命よりも東京五輪開催を優先する政党に国民がNOを突き付けたことは明白です。このまま強行開催すれば、東京五輪後に行われると噂される衆院総選挙での自民党の歴史的大敗は避けられないと思うのは、わたしだけではありますまい。東京五輪についてのわたしの考えは、ブログ「コロナ国内死者1万人超す!」をお読み下さい。