No.538


 11月5日の夜、この日から公開された映画「アンテベラム」を観ました。小倉のコロナシネマワールドで、観客はわたしを含めて2人。黒人差別をテーマにしたスリラーですが、想像を超えるドンデン返しに仰天する一方で、松田優作演じるジーパン刑事の最期みたいに「なんじゃこりゃ!」と叫びたくなる自分がいました。ヤバい映画です!

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『ゲット・アウト』などのプロデューサー、ショーン・マッキトリックが製作したスリラー。社会学者として華やかな日々を送っていた女性の転落と、ある黒人奴隷の女性の運命が描かれる。メガホンを取るのは、ジェラルド・ブッシュとクリストファー・レンツ。『ムーンライト』などのジャネール・モネイ、『ウインド・リバー』などのエリック・ラング、『スターダスト』などのジェナ・マローンのほか、ジャック・ヒューストン、カーシー・クレモンズらが出演している」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「社会学者で人気作家でもあるヴェロニカ(ジャネール・モネイ)。招かれたニューオーリンズで見事なスピーチを披露して喝采を浴び、友人たちとディナーを楽しんだ直後、順風満帆だった彼女の日常は突如崩壊してしまう。一方、アメリカ南部の綿花畑で奴隷として重労働を強いられているエデン(ジャネール・モネイ)。ある悲劇に見舞われた彼女は、それを機に奴隷仲間と脱走を企てる」

 冒頭、アメリカ南北戦争時代の綿花プランテーションの描写が延々と続きます。「風と共に去りぬ」じゃあるまいし、「おかしいな、こんな映画なの?」と戸惑いましたが、そのうちに驚愕の展開となります。冒頭にアメリカの文豪ウィリアム・フォークナーの「過去は死なない、過ぎ去りさえしない」という言葉が紹介されますが、まさにその言葉の通りの物語でした。予告編を観て、現代社会で活躍している黒人女性の前世が南北戦争時代の黒人奴隷で、悪夢のような前世の記憶が蘇るスピリチュアル・スリラー映画かなと思いました。もしくは、現代から南北戦争時代の過去へとタイムスリップするSFスリラー映画かなとも思いましたが、2つの予想はまったく外れてしまいました。正直、とんでもない脚本です。良い意味でも、悪い意味でも、一連のマイケル・ナイトシャマラン作品の影響(特に「ヴィレッジ」)を明らかに受けていますね。

 思わせぶりなシーンが多い映画なのですが、ニューオーリンズでの講演会に招かれた主人公ヴェロニカが、ホテルのエレベーターに乗り込んだとき、古風なドレスをまとった不思議な少女が現れます。少女に話しかけるヴェロニカに対し、少女は「喋ると怒られるわよ」と警告を発します。その後、エレベーターから降りて自室へ戻るヴェロニカの背後には少女が不気味な視線を送っています。古風なドレスをまとった少女が薄暗いホテルの長い廊下に立っている姿を観て、スタンリー・キューブリック監督のホラー映画史に燦然と輝く金字塔的名作「シャイニング」(1980年)を連想する人は多いでしょう。「シャイニング」も、「アンテベラム」も、不気味な少女の出現が、これから始まる悲劇を予告しています。

 ヴェロニカとエデンを演じた主演のジャネール・モネイは良かったです。黒人女性の権利を謳う社会学者で、ベストセラー作家でもあるヴェロニカは、夫と一人娘を愛する良き家庭人でもありますが、その鋭い舌鋒によって敵もたくさんいます。特に、黒人の活躍を苦々しく思っている白人たちからは目の敵にされています。ニューオーリンズへの出張前にオンライン取材を受けた白人女性と、映画の最後でヴェロニカは対決するのですが、その凄惨な死闘は一条真也の映画館「ザ・ハント」で紹介した映画の壮絶なラストを思い出してしまいました。ともに黒人女性であるエデンとヴェロニカとの関係については、「先祖と子孫かな」ぐらいに想像していましたが、その真実は思考がぶっ飛ぶトンデモない関係でした。いやあ、もう、ぶったまげました!

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ロイターより

 主人公は講演のために南部のニューオリンズを訪れますが、ここはもともと黒人差別の激しかった土地で、現在でもホテルやレストランで黒人が理不尽な差別を受けるシーンが映画に登場します。また、映画「アンテベラム」には、狂信的な白人主義者が登場しますが、どうやらモデルがいるようですね。2017年4月27日にロイターが配信した「米ニューオーリンズ市、人種差別的モニュメントの撤去開始」という記事によれば、ニューオーリンズ市は同年4月24日、1874年に白人至上主義者グループによって警官と州兵が襲撃された事件を記念して1891年に建造されたモニュメントを撤去しています。

 当時、ニューオーリンズ市のミッチ・ランドリュー市長は記者団に「この像は、白人至上主義者による警官襲撃を賞賛するために建造された。4つの像のうち、米国とニューオーリンズを強めている価値観に最も激しく挑戦するものといえる」と語りました。南北戦争時代に南部の「アメリカ連合国」を率いたジェファーソン・デービスの像と、軍人のロバート・E・リー将軍、およびP・G・T・ボーリガード将軍の像を撤去したそうです。ちなみに、映画「アンテベラム」のラスト近くにはリー将軍の像が登場します。スクリーンでこの像を観たとき、多くの観客はこの映画のぶっ飛んだ真実を知ることになるのでした。

 黒人差別がらみのスリラー映画といえば、 一条真也の映画館「ゲット・アウト」で紹介した2017年の作品を想起させます。アメリカのお笑いコンビ"キー&ピール"のジョーダン・ピールが監督・脚本を務めたサプライズ・スリラーです。低予算ながらも全米初登場でNO.1大ヒットを記録し、監督デビュー作にも関わらず米映画レビューサイト「TOMATO」で99%大絶賛された話題作です。恋人の実家を訪ねた黒人の青年が、そこで想像を絶する恐怖を体験する物語なのですが、これが大絶賛されたというのは、ちょっと驚きです。アメリカ人は人種差別というテーマをエンターテインメントとして消化できるのでしょうか。わたし個人の感想をいえば、人種差別を感じさせるようなシーンはやはり不快でしたし、さらに言えば、主人公が黒人である必然性すら感じられず、「別に黒人でなくてもいいのでは?」と思ってしまいました。

 黒人が主演の人種差別をテーマとしている映画には、 一条真也の映画館「ムーンライト」で紹介した2017年の映画があります。ジャネール・モネイも出演しています。ブラッド・ピットが製作陣に名を連ね、さまざまな映画祭・映画賞で高評価を得たドラマで、第89回アカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚色賞に輝いた作品です。マイアミの貧困地域に生きる少年が成長する姿を、三つの時代に分けて追う物語です。タイトルの「ムーンライト」というのは、「月光の下では黒人の少年は青く見える」という老婆の言葉からきているそうです。この「ムーンライト」すなわち月光は「平等」のシンボルと言ってよいでしょう。月光の下では、白人も黒人も黄色人も、ノーマルもゲイも、金持ちも貧乏人も、みんな平等なのです。そして、月光は「慈悲」のシンボルでもあります。わたしたちは、月光のような慈悲の心をもって、すべての人に接していきたいものです。