No.550


 この日から公開された映画「ハウス・オブ・グッチ」をユナイテッドシネマ金沢で観ました。今年最初の映画鑑賞ですが、俳優陣が素晴らしくて3時間近い上映時間があっという間でした。特に、主演のレディー・ガガが最高の演技を見せてくれました!

 ヤフー映画の「解説」には、「世界的ファッションブランド『グッチ』創業者の孫で3代目社長マウリツィオ・グッチの暗殺事件と、一族の確執を描いたサスペンス。サラ・ゲイ・フォーデンによるノンフィクションを、『ゲティ家の身代金』などのリドリー・スコット監督が映画化。グッチ家を崩壊に導く女性を『アリー/スター誕生』などのレディー・ガガ、その夫マウリツィオを『スター・ウォーズ』シリーズなどのアダム・ドライヴァーが演じるほか、アル・パチーノ、ジャレッド・レトー、ジェレミー・アイアンズ、サルマ・ハエックらが共演する」とあります。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「貧しい家庭出身の野心的なパトリツィア・レッジャーニ(レディー・ガガ)は、とあるパーティーで世界的ファッションブランド『グッチ』創業者の孫であるマウリツィオ・グッチ(アダム・ドライヴァー)と出会う。互いに惹かれ合うようになった二人は、周囲の反対を押し切って結婚。やがて、セレブとしての暮らしを満喫する彼女は一族間の確執をあおり、グッチ家での自分の地位を高めブランドを支配しようとする。そんなパトリツィアに嫌気が差したマウリツィオが離婚を決意したことで、危機感を抱いた彼女はある計画を立てる」

この映画では、世界屈指の人気ハイブランド「グッチ」の光と陰を追求しています。華麗なるグッチ一族崩壊の闇に包まれた「真実」を描くラグジュアリー・サスペンスというわけですが、グッチ神話が構築されるまでにクラーク・ゲーブルとかソフィア・ローレンといった映画スターの存在の大きかったことが興味深かったです。オードリー・ヘップバーンがジヴァンシーを、グレース・ケリーがエルメスを愛用したことは有名ですが、映画もファッションもともに神話作用を必要とするジャンルであり、それゆえ相性が良いのだと思います。これまでもシャネルやイヴ・サンローランといったブランド企業の実話映画がありましたが、その最新作が「ハウス・オブ・グッチ」です。

 この映画では、まるでクルエラみたいな悪女感たっぷりの主人公パトリツィア・レッジャーニを、レディー・ガガが見事に演じました。ガガは、一条真也の映画館「アリー/スター誕生」で紹介した2018年公開映画にも主演していますが、今回のパトリツィアの方がハマリ役だったと思います。また、パトリツィアの夫であるマウリツィオ・グッチを、アダム・ドライヴァーがこれまた見事に演じました。彼がリドリー・スコット監督の映画に主演したのは一条真也の映画館「最後の決闘裁判」で紹介した昨年の公開映画に続いてですが、非常に上品で存在感のある俳優さんだと思います。

 しかし、アダム・ドライヴァー演じるマウリツィオ・グッチは経営者としては失格でした。悪妻パトリツィアのささやきに乗って、叔父や従兄を次々に陥れてグッチの株を手に入れますが、今度は自分が他人から株を奪われる運命に遭います。義のない単なる策略で会社の経営権を握っても、その人間に使命感や志がなければ、滅びることは必然だと言えるでしょう。しかも、彼はグッチ者の財政が悪化しているのに、高級車や高級時計、別荘などを会社の経費で買い漁ったのです。そんな金があれば、社会貢献でもすればいいと思うのは、わたしだけではありますまい。結局、マウリツィオには「グッチの製品によって世界の人々を幸福にしたい」などといった「志」はなく、自分が贅沢したいというレベルの低い「欲」しか持てない男でした。コピー商品に変に寛大なところもブランドを扱うビジネスマンとしては失格です。

 世界的ブランド企業であるグッチは、同族経営でした。現在のグッチ社にグッチ家の人間が1人もいない事実を見ても、同族経営というものの難しさを痛感します。「同族企業」といいます。世界中で、ほとんどの企業が同族企業であることはよく知られています。同族経営は、いわゆる中小企業に限定されません。デュポンのような世界最大級の企業もあります。1802年の創業以来、同社は1970年代半ばまでの170年間、同族所有、同族経営のもとに世界最大級の化学会社へと成長しました。

 200年前、主要国の首都に息子たちを配した無名の両替商ロスチャイルド家が所有する金融機関は、今日も依然として世界有数の大銀行です。経営学者ピーター・ドラッカーは「同族企業のバイブル」と呼ばれる本を書いています。1995年に日米で同時発売された『未来への決断』上田惇生+佐々木実智男+林正+田代正美訳(ダイヤモンド社)です。もちろん、同族企業と他の企業の間に、研究開発、マーケティング、会計などの仕事で違いがあるわけではありません。しかし経営陣に関しては、同族企業にはいくつかの守るべき重要な留意事項があると、ドラッカーは述べています。それらを守ることなくしては、繁栄するどころか生き残ることもできないというのです。

 第1に、同族企業は、一族以外の者と比べて同等の能力を持ち、少なくとも同等以上に勤勉に働く者でないかぎり、一族の者を働かせてはならない。第2に、一族の者が何人いようと、また彼らがいかに有能であろうと、トップマネジメントのポストの一つには必ず一族以外の者を充てなければならない。その好例が、専門的な能力が大きな意味をもつ財務や研究開発担当のトップである。第3に、生産、マーケティング、財務、研究開発、人事に必要な知識や経験はあまりに膨大である。ゆえに同族企業は、重要な地位に一族以外の者を充てることをためらってはならない。この3つの原則を忠実に守っていても、問題は起こります。特にトップの継承をめぐって起こります。一族の事情が企業の事情に反するわけです。したがって第4に、「継承の問題について適切な仲裁人を一族の外に見つけておかなければならない」が加わります。まさに、同族企業の関係者にとっての金言であると言えるでしょう。

「ハウス・オブ・グッチ」に話を戻します。主演のガガとドライバー以外では、マウリツィオの叔父アルド役を務めたアル・パチーノ、アルドの息子でマウリツィオの従兄弟パオロ役のジャレッド・レト、パトリツィアの友人で占い師ピーナ役のサルマ・ハエック、そしてスコット監督らが登場しています。あれだけカッコ良かったパチーノがすっかり太ってしまった姿には驚きましたが、彼はパトリツィアについて「ものすごく賢い女性だ。人を操るのがうまい」と語っており、スコット監督も「彼女は一線を越える。正気を失ってしまうんだ」と明かしています。

 あと、パトリツィアの友人で女占い師のピーナを演じたサルマ・ハエックが良かったですね! メキシコを代表する映画女優である彼女は、1966年生まれですから、なんと現在55歳。それでもスクリーンに映った彼女はとても美しいですし、若い頃はミポリン似の絶世の美女でした。50代になってからもセクシーな水着姿を何度も披露しており、すさまじい美貌の持ち主です。メキシコの裕福な家庭で育った彼女は、片言の英語も話せないまま、アメリカ・ロサンゼルスに移り、ハリウッドで女優を目指します。1993年の「マイ・クレイジー・ライフ」で映画デビュー。1995年の「デスペラード」でアントニオ・バンデラスのヒロインとしてブレイクしています。

 そのピーナが行う怪しげな占いに従って、パトリツィアはグッチ経営の権力を握るべく言葉巧みに夫のマウリツィオを操り、最終的にマウリツィオ殺害事件という悲劇を招きます。およそグッチ社長夫人とは思えない安っぽい服装に身を包んで大きなサングラス(これはグッチ製?)をかけ、ピーナと一緒に殺し屋と商談をするシーンはこの映画のハイライトの1つですが、ガガの演技があまりにも迫真すぎて笑ってしまいます。本当は、夫を殺害する物騒な取引をするというシリアスな場面なのですが、サングラスを外したパトリツィアが「いいかい、6億リラしか払わないからね!」とか「約束を破ったら承知しないよ!」とか言って凄むシーンは堂に入りすぎていて笑ってしまうのです。最後に、サルマ・ハエックが「ちゃんとやらなかったら、あんたを呪い殺すからね!」と捨て台詞を吐くところもダメ押しで大いに笑えました。

 ガガの演技力は、監督も共演者もみんな絶賛しています。パトリツィア役にガガを起用したスコット監督は「『アリー/スター誕生』を見て思った。彼女は創造力の塊だとね」と彼女の才能を讃え、レトは「ガガの演技は予測不能だった。いい化学反応が起きたと思う」と述べ、ハエックは「ガガは自身を消して役になりきったわ」と語り、大御所のパチーノも「見事な演技力だよ。まさにはまり役だね」と絶賛しています。夫を奪おうとする女に「私はフェアな人間なの。泥棒するような奴は許さないよ」と凄むシーンもど迫力でしたし、心が離れた夫に愛を乞うシーンも哀れで泣けました。しかし、夫も殺されるほど恨まれてはいけませんね。もう少し、かつて愛した妻に対して優しく接するという「ケア」の精神が必要だったと思います。というわけで、わたしの脳内には、企業の「社会貢献」とか「志」とか「ケア」とか、昼間の新年祝賀式典で述べた社長訓示のメッセージが残っていたようです。