No.603


 6月24日から公開された韓国映画「ベイビー・ブローカー」を25日にシネプレックス小倉で鑑賞しました。是枝裕和監督のカンヌ出品映画にありがちな社会派っぽい内容の作品でしたが、ストーリーが薄っぺらくて感動はありませんでした。ただし、俳優陣の演技はなかなか素晴らしく、「家族とは何か」についても考えさせられました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『万引き家族』などの是枝裕和が監督などを務め、韓国の製作陣や俳優らと長年構想を練ってきたオリジナル企画を映画化したヒューマンドラマ。「赤ちゃんポスト」に預けられた赤ん坊と周囲の人々のエピソードが描かれる。『パラサイト 半地下の家族』などのソン・ガンホ、『ゴールデンスランバー』などのカン・ドンウォン、『空気人形』などのペ・ドゥナをはじめ、イ・ジウン、イ・ジュヨンらが共演する。第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出された」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「クリーニング店を営む借金まみれのサンヒョン(ソン・ガンホ)と、「赤ちゃんポスト」がある施設に勤務するドンス(カン・ドンウォン)の裏の顔はベイビー・ブローカーだった。ある晩、二人は若い女性ソヨン(イ・ジウン)が赤ちゃんポストに預けた赤ん坊をひそかに連れ去る。翌日考え直して戻って来たソヨンが赤ん坊がいないことに気づき警察に届けようとしたため、サンヒョンとドンスは自分たちのことを彼女に告白する」

 是枝監督といえば、すっかり「カンヌ映画祭」のイメージがついていますが、今回の作品も第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門正式出品されましたが、決定時には是枝監督は「6回目だからといって嬉しくないかと言ったらそんなことはありません。異国での、言語や文化の違いを超えた今回の共同作業を高く評価して頂けて、僕だけでなくスタッフ、キャスト皆が報われたとホッとしています。4年ぶりのカンヌ参加になりますが、コロナ禍だけではなく、世界が大きく揺れる時代に映画を作り続けること、そして、世界に届けることの意味を考える良い機会にしたいと思います」とコメントしています。

 そして、「ベイビー・ブローカー」で借金まみれのクリーニング店主のサンヒョンを演じたソン・ガンホが、カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞しました。韓国俳優として初の快挙だそうです。「ベイビー・ブローカー」のキャストはすべて韓国俳優であり、撮影に先立って、是枝裕和監督は交流のある韓国のポン・ジュノ監督に「現場はソン・ガンホのペースで進む。彼に任せておけば、大丈夫だ」と助言されたそうです。是枝監督は、「毎朝、僕が現場に着くと、ソン・ガンホがヘッドフォンを着けて、昨日僕が編集したものを見てました(笑)。そして"素晴らしかった。でも監督が採用した7テイク目より4テイク目の方が芝居がいいと思うから、もう一度検討してみて"って言うんですね(笑)。作品を背負う役者として、納得できなかったテイクの芝居が、映画の中に残ることがどうしても嫌だという思いがあるんですよね」と語っています。

 ソン・ガンホはポン・ジュノ監督と組んで「殺人の追憶」などの多くの傑作を世に出した名優です。ポン・ジュノ監督は、是枝監督と同じくカンヌ国際映画祭で最高賞を一条真也の映画館「パラサイト 半地下の家族」で紹介した2019年製作の映画で受賞しました。「パラサイト 半地下の家族」は、昨年の第92回アカデミー賞で外国語映画として史上初となる作品賞ほか4部門に輝き、大きな話題となりました。裕福な家族と貧しい家族の出会いから始まる物語です。半地下住宅に住むキム一家は全員失業中で、日々の暮らしに困窮していました。ある日、たまたま長男のギウ(チェ・ウシク)が家庭教師の面接のため、IT企業のCEOを務めるパク氏の豪邸を訪ね、兄に続いて妹のギジョン(パク・ソダム)もその家に足を踏み入れるます。ソン・ガンホは一家の父親役でした。

 その「パラサイト 半地下の家族」の1年前に話題となった異色の家族映画があります。一条真也の映画館「万引き家族」で紹介した是枝裕和監督の作品です。第71回カンヌ国際映画祭「コンペティション」部門に正式出品され、最高賞であるパルムドールを受賞しました。親の年金を不正に受給していた家族が逮捕された事件に是枝監督が着想を得たという物語です。治(リリー・フランキー)と息子の祥太(城桧吏)は万引きを終えた帰り道で、寒さに震えるじゅり(佐々木みゆ)を見掛け、家に連れて帰ります。見ず知らずの子供と帰ってきた夫に困惑する信代(安藤サクラ)は、傷だらけの彼女を見て世話をすることにします。信代の妹の亜紀(松岡茉優)を含めた一家は、初枝(樹木希林)の年金を頼りに生活していました。

「ベイビー・ブローカー」が最優秀男優賞を受賞した第75回カンヌ国際映画祭では、一条真也の映画館「PLAN75」で紹介した日本映画がカメラドール スペシャル・メンション(特別賞)を受賞しました。早川千絵監督がメガホンを取り、倍賞千恵子が主演した問題作です。超高齢化社会を迎えた日本では、75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶ「プラン75」という制度が施行されます。それから3年、自分たちが早く死を迎えることで国に貢献すべきという風潮が高齢者たちの間に広がっていました。職場も住まいも失った78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)が、「プラン75」の申請を考えるという物語です。じつは、この「PLAN75」と「ベイビー・ブローカー」は、舞台が日本と韓国という違いこそあれ、非常に似た構造を持っています。前者は「姥捨て」の、後者は「子捨て」の物語だからです。少子高齢化社会の暗部を描いた対のような構造になっています。結局、カンヌの審査員たちは社会問題をシリアスに描いた映画が好きなのですね。

「ベイビー・ブローカー」の子捨てや乳児売買のシーンはあまり悲壮感がないと思いました。同じテーマでは、一条真也の映画館「朝が来る」で紹介した日本映画の方が切実さを感じましたね。2020年公開の「朝が来る」は、ドラマ化もされた直木賞作家・辻村深月の小説を映画化し、河瀨直美が監督した作品です。特別養子縁組で男児を迎えた夫婦と、子どもを手放す幼い母親の葛藤と人生を描いています。子どもに恵まれなかった栗原佐都子(永作博美)と夫の清和(井浦新)は、特別養子縁組の制度を通じて男児を家族に迎えます。それから6年、朝斗と名付けた息子の成長を見守る夫妻は平穏な毎日を過ごしていました。ある日、朝斗の生みの母親で片倉ひかりと名乗る女性(蒔田彩珠)から「子どもを返してほしい」という電話がかかってきます。無縁社会と呼ばれる現代社会の中で「血縁」の意味を問うという点で、一連の是枝作品に通じる映画でした。

 そこで、是枝監督の最新作「ベイビー・ブローカー」です。巣鴨子供置き去り事件をモチーフにして、「フランダース国際映画祭」のグランプリに輝いた「誰も知らない」(2004年)などもそうですが、是枝監督の作品にはいつも「家族」さらには「血縁」というテーマがあります。

「血がつながっているのに」が「誰も知らない」。
「血はつながっていなくても」が「そして父になる」。
「血がつながっているから」が「海街diary」。
「血がつながっていても」が「海よりもまだ深く」。
「血はつながっていないから」が「万引き家族」。

 そのように、わたしは受け取りました。「万引き家族」は疑似家族の崩壊の物語でしたが、「ベイビー・ブローカー」は他人同士が赤ん坊を通して精神的共同体としての家族になっていく物語であったと思います。彼らは、もちろん本物の家族にはなれません。でも、彼らの想いは1つです。その想いとは、赤ん坊の幸せを願う気持ちです。その気持ちが、ブローカーを追う刑事まで伝染していきます。そういえば、この映画での刑事たちは張り込みの車の中でやたらといろんなものを食べていましたが、あの食事シーンには何か意味があったのでしょうか?

 赤ん坊の幸せを願う人々の過去、現在、そして未来が交差して、「疑似家族」ではなく「こころの家族」が生まれたように感じます。それを象徴するのが、ラストシーンに登場するプリクラ写真です。そこに笑顔で写った登場人物たちには、確かに家族のような温もりがありました。哲学者のヘーゲルは「家族とは弔う者である」と述べましたが、それに加えて、わたしは「家族とは一緒に写真に写る者である」と言いたいです。40年以上にわたって富士フィルムの年賀状CMに出演し続けた樹木希林は、「写真は家族の形を整える」「写真は家族の記憶をとどめるもの」「写真がなかったら、うちの家族って何だったのっていうようなもんですよ」との名言を残しています。つまり、家族写真とは、初宮参り、七五三、成人式、結婚式、長寿祝い、葬儀、法事法要といった冠婚葬祭と同じ役割や機能があるのです。やっぱり、家族写真は大切ですね。先日の長女の結婚披露宴でも、プロフィール・ムービーの「FAMILY HISTORY」として、わが家の多くの家族写真を参列者の方々に披露させていただきました。

 韓国では「ベイビー・ボックス」と呼ばれる"赤ちゃんポスト"は、宗教的な背景や養子縁組をめぐる法改正(養子縁組に出生届提出が必須になった)の影響もあって2013年頃から預け入れが急増したそうです。日本と同様に、社会が見過ごしてはならない命にかかわる重大な課題となっています。映画「ベイビー・ブローカー」には、児童養護施設が登場します。また、親から捨てられた子どもたちがたくさん登場します。カン・ドンウォンが演じる「赤ちゃんポスト」がある施設に勤務するドンスも、「必ず迎えに来るからね」という手紙とともに母親に捨てられた過去がありました。そのドンスが、「親に捨てられた子は、自分の存在意義を亡くす」と語る場面があるのですが、わたしはお子さんに「自分の存在意義」を感じてもらう最高の場が七五三ではないかと思っています。わが社では、経済的理由から七五三の晴れ着撮影ができない児童養護施設の児童に対して晴れ着の提供を行い、多くのお子さんの七五三の晴れ着姿を撮影させていただいています。

「朝日新聞」2021年12月28日朝刊



 七五三は不安定な存在である子どもが次第に社会の一員として受け容れられていくための大切な通過儀礼である。成人式はさらに「あなたは社会人になった」「おめでとう」と伝える場であり、新成人はここまで育ててくれた親や地域社会の人々へ「ありがとう」「立派な社会人になります」という感謝と決意を伝える場です。儀式を重んじる「礼の社」を目指すわが社では、経済的理由から人生の節目を実感できない新成人のケアのため、晴れ着やバッグ、草履などの貸衣裳一式を貸与し、プロのカメラマンが記念写真を撮影してプレゼントしています。七五三も、成人式も、さらには長寿祝いも、すべての通過儀礼の本質は「あなたが生まれたことは正しい」「あなたの成長を世界は祝福している」という存在肯定のセレモニーです。冠婚葬祭互助会としての弊社は、万物に等しく光を降り注ぐ太陽のように、すべての人に儀式を提供したいという志を抱いている。そして、その志を「天下布礼」と呼んでいます。

「毎日新聞」2022年1月17日朝刊



 ブログ「儀式の精神『礼』を実践」で紹介した、わたしをインタビュー取材した「毎日新聞」の記事には、「七五三も貧困などのため子をあやめていた『間引き』を防ぐ知恵でもあったという。『虐待事件をみると被害者の子どもは七五三を祝ってもらっていたのだろうかと心が痛む』本業以外にも『子ども食堂』の運営や、『有縁社会』作りとして地域の高齢者らが集う『隣人祭り』を開くなど事業は多岐にわたる。だが『やっていることは1つ』だという。それは孔子の教えであり、冠婚葬祭に通底する『礼』の実践。成人式も成長した自己を肯定し、親へ感謝する。儀式は『人間尊重』のためにあるとする。冠婚葬祭業はそれをビジネスの手法で実現する『ソーシャル・ビジネス』と位置づける。『皆がおめでとう、ありがとう、と互いを尊重する。そんな心豊かな社会の実現に尽くしたい』。昨年からは児童養護施設で七五三や成人を迎えた入居者に対し、貸衣装やヘアメークもサービスし記念撮影をプレゼントする取り組みを始めた」と書かれています。

最後に、「ベイビー・ブローカー」で未婚の母を演じたイ・ジウンの存在感には目を見張るものがありました。わたしは知らなかったのですが、彼女は韓国でスーパー・アイドルなのだそうですね。1993年、ソウル特別市生まれの彼女は200年、中学3年のときに歌手デビュー。芸名のIUは"I"と"YOU"の合成語で、「あなたと私が音楽で1つになる」という意味が込められている。その圧倒的歌唱力と音楽センスでヒット曲を連発し、"国民の妹"や"K-POPクイーン"ほか、"CM女王"としても知られ、日本はもちろん世界中にファンがいるとか。幼少期に経済的困窮を経験しており、積極的に慈善活動を行うことから"寄付天使"との呼び名もあるそうです。今年の誕生日にも聴覚障害をもつ子どもたちや、経済的困難を抱える家庭や児童養護施設、障害者保護施設への支援のために2億1000万ウォン(約2100万円)を寄付したというから、素晴らしいことです。外面の美しさだけでなく、オードリー・ヘプバーンのように内面の美しさも兼ね備えた彼女のファンになりました!