No.635


 東京に来ています。10月4日の夜、TOHOシネマズ日比谷で日本映画「マイ・ブロークン・マリコ」を観ました。予告編を観て、親友との死別の悲嘆を描いたグリーフケア映画だとわかっていました。しかし、コミックが原作だからかどうかは知りませんが、悲嘆の描き方が中途半端で、グリーフケア映画としては物足りませんでした。
 
 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「文化庁メディア芸術祭マンガ部門で新人賞に輝いた平庫ワカのコミックを映画化。長年にわたり父親から虐待されていた親友の死を知った女性が、遺族から遺骨を奪って旅に出る。『四十九日のレシピ』などのタナダユキがメガホンを取り、同監督作『ふがいない僕は空を見た』などの向井康介が共同で脚本を担当。主人公を『そして、バトンは渡された』などの永野芽郁、亡き親友を『君は永遠にそいつらより若い』などの奈緒が演じるほか、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊らが共演する」
 
 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「気の晴れない日々を送るOL・シイノトモヨ(永野芽郁)は、親友・イカガワマリコ(奈緒)が亡くなったことをテレビのニュースで知る。マリコは子供のころから実の父親(尾美としのり)にひどい虐待を受けており、そんな親友の魂を救いたいと、シイノはマリコの遺骨を奪うことを決断。マリコの実家を訪ね、遺骨を奪い逃走したシイノは、親友との思い出を胸に旅に出る」
 
 漫画『マイ・ブロークン・マリコ』は、平庫ワカの初の連載作品です。「Comic BRIDGE online」(KADOKAWA)にて、2019年7月から12月にかけて、「エスケープ」、「レッツ・ゴー・ハワイ」、「リメンバー・ミー」、「フリーフォール」が4話連続で掲載されました。「生と死のキアロスクーロ(明暗対比)を圧倒的な筆致」で描いた同作は話題を呼び、2020年1月8日に単行本として出版。単行本は発売後に即重版が決定。なお、小冊子「カドコミ2020×ダ・ヴィンチ」8月号に本作の特別描きおろし漫画が収録されました。
 
『マイ・ブロークン・マリコ』では、柄の悪いOL・シイノトモヨが、ラーメンを食べながら見ていたテレビのニュースで、親友・イカガワマリコが亡くなったことを知ります。マリコは父親から長年にわたって虐待を受けていました。シイノはせめて親友の遺骨だけは救い出そうと、懐にドスを忍ばせ、刺し違える覚悟でマリコの実家へ向かいます。 シイノは、マリコの実家へ赴き、格闘の末遺骨を強奪します。そして、シイノは遺骨を抱えてベランダから飛び降りて逃走。シイノは、かつてマリコが海へ行きたいといっていたことを思い出します。そして、マリコが行きたがっていた岬を目指し、高速バスに乗り込むのでした。
 
 親友マリコの死を知ったシイノは放心状態のまま、マリコの部屋を訪れます。そこで、部屋の管理人からマリコが直葬されたことを知り、ショックを受けるのでした。昨今わたしたちが目にするようになった「直葬」とは、通夜も告別式も行わず、人が亡くなったらそのまま火葬することです。これは、もはや「葬儀」ではなく、「葬法」というべきでしょう。そして、「直葬」などというもったいぶった言い方などせず、「火葬場葬」とか「遺体焼却」という呼び方のほうがふさわしいように思います。人間はゴミではありません。葬儀も行わずに遺体を焼却することは、あまりにも悲し過ぎます。そこにシイノも大きな違和感と悲しみと怒りを感じて、マリコの骨壺を奪取したのでした。
 
 マリコの葬儀が行われずに直葬にされたことから、わたしは一条真也の読書館『無葬社会』で紹介した鵜飼秀徳氏の著書を思い出しました。鵜飼氏は、「直葬の場合、病院などからいきなり火葬場へ直行することは少ない。墓地埋葬法によって、死後24時間以内の火葬が禁止されているからだ。つまり、その間、どこかに遺体を保管しておく必要が生まれる。マンションに遺体を運び込めない場合も、直葬するまで遺体を一時保管したい場合にも、火葬場の遺体保管庫を利用することは可能だ。だが、火葬場の保管庫の場合、面会時間が決められていることなど、自由度は高くはない。何より無機質な印象で、そこに何日も故人を安置しておくことへの遺族の心理的負担は大きい」と述べます。
 
 無葬社会における遺骨にまつわる物語といえば、一条真也の映画館「アイ・アムまきもと」で紹介した日本映画を連想します。とある市役所で、人知れず亡くなった人を埋葬する「おみおくり係」として働く牧本壮(阿部サダヲ)。空気が読めず人の話を聞かない彼は、故人を思うがあまり周囲を振り回すこともしばしばでした。そんなある日、おみおくり係の廃止が決定します。孤独に亡くなった老人・蕪木孝一郎(宇崎竜童)の葬儀が最後の仕事となった牧本は、故人の身寄りを探すために友人や知人を訪ね歩き、蕪木の娘・津森塔子(満島ひかり)のもとにたどり着くのでした。映画の中で、牧本が多くの無縁仏の骨壺を処分できず、職場に溜め込んでいたのが印象的でした。
 
 タナダユキ監督は、一条真也の映画館「四十九日のレシピ」で紹介した日本映画のメガホンも取りました。原作は伊吹有喜原作の小説で、NHKドラマとしても放映されました。それぞれに傷つきながら離れ離れになっていた家族の、亡き母の四十九日までの日々を過ごす間に再生への道を歩む姿が描かれます。熱田良平(石橋蓮司)は、妻の乙美を亡くします。彼は、愛妻の急死で呆然自失としますが、2週間が過ぎた頃、派手な身なりのイモ(二階堂ふみ)という若い女性が熱田家を訪問してきます。突然現われたイモは、亡き乙美から自身の「四十九日」を無事に迎えるためのレシピを預かっているといいます。良平がイモの出現に目を白黒させているとき、夫(原田泰造)の不倫で、離婚届を突き付けてきた娘の百合子(永作博美)が東京から戻って来るのでした。淡々としたストーリーの中に繊細な人間ドラマが描かれており、観る者に静かな感動を与えます。
 
 永野芽郁は、柄の悪いOL・シイノを見事に演じました。この映画ではシイノの喫煙シーンが多かったですが、永野自身に喫煙の習慣はなく、あくまでも役作りとしてタバコに挑戦しました。約4ヶ月の喫煙で「味覚がぐっちゃぐちゃ」になったと苦い思い出を告白しています。永野芽郁といえば、一条真也の映画館「そして、バトンは渡された」で紹介した、第16回本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの同名ベストセラー小説を、前田哲監督が映画化した作品に主演しています。血のつながらない親たちのもとで育った女性と、最愛の娘を残して失踪した女性の運命が意外な形で交錯していく物語です。
 
「そして、バトンは渡された」の主人公である森宮優子(永野芽郁)は、名字を4回も変えています。一見、不幸のように見えますが、彼女は血のつながらない親たちと深い心のつながりを持つことができました。実の父から虐待を受けた「マイ・ブロークン・マリコ」のマリコとは正反対であったと言えるでしょう。「そして、バトンは渡された」で永野芽郁が演じた優子と、岡田健史が演じた早瀬の物語も良かったです。高校の同級生である彼らはピアノを通して知り合い、交流し、しばしの別れを経て、また再会し、恋愛し、結婚します。そもそも縁があって結婚するわけですが、まさに、縁は異なものです。「浜の真砂」という言葉があるように、数十万、数百万人を超える結婚可能な異性のなかからたった1人と結ばれるとは、何たる縁でしょうか!
 
「マイ・ブロークン・マリコ」では、主演の永野芽郁以上に脇役陣が良かったような気がします。マリコを演じた奈緒は、ブログ「あなたの番です」で紹介したTVドラマにも出演していましたが、メンヘラっぽいキャラクターはマリコにも通じます。窪田正孝は、ひったくりに遭ったシイノを助け、お金を与え、歯磨きセットを与え、最後は駅弁まで与えるマキオを演じます。彼は「まりがおか岬」の近くに住む若い男性ですが、シイノに色々と親切にしますが、見返りは一切求めません。与えた金の返済さえ求めません。若い女性に対して下心抜きに親切にすることができるマキオのような純粋な青年を見ると、心が洗われる気がします。一方、最低なのは、マリコの父親です。娘に暴力をふるい、レイプする最低の鬼畜親父を演じたのが、大林宣彦作品の常連だった尾美としのりというのが驚きです。大林映画ファンだったわたしは、複雑な思いでした。