No.656
12月7日の夕方、日比谷での打ち合わせの後、TOHOシネマズ日比谷でウォルト・ディズニー・アニメーションの最新作にして、100周年記念作品である「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」を観ました。一条真也の映画館「ソウルフル・ワールド」で紹介した名作の続編のようなイメージで観たのですが、正直、ビミョーな内容でした。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「冒険家のクレイド一家を主人公に、奇妙な世界で繰り広げられる冒険を描くアクションアドベンチャー。謎に包まれた『ストレンジ・ワールド』に迷い込んだ一家が、そこである真実を知ることになる。第87回アカデミー賞長編アニメ賞を受賞した『ベイマックス』などのドン・ホールが監督を担当。ホール監督作『ラーヤと龍の王国』で脚本を手掛けたクイ・ヌエンが共同監督などを務める」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「有名な冒険家の息子だが冒険嫌いのサーチャー・クレイドは、農家として妻や息子と穏やかに暮らしていた。ある日、彼は家族と共に冒険の旅に出ることになり、もう1つの幻想的な見知らぬ世界『ストレンジ・ワールド』にたどり着く。そこにはまるで生きているかのように動く地面や、キラキラと光を放ち動く未知の生命体など、見たことのないものばかりが存在していた」
この「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」、ディズニー・アニメーションの最新作にして、100周年の記念作品にしては、あまり話題になっていない印象ですが、一見して、「ストーリーが弱い!」と思いました。ストーリーに重きを置かずに、アニメの作画、それも風景描写などに力を入れているのでしょうが、一条真也の映画館「すずめの戸締り」で紹介した新海誠監督のアニメ映画などに比べても絵の力は弱いように感じました。架空世界の表現としても、今月17日に公開される「アバター ウェイ・オブ・ウォ―ター」には敵わないという予感がしてなりません。
一条真也の映画館「リメンバー・ミー」や「ソウルフル・ワールド」で紹介したディズニー・アニメの前作が絵はもちろん、ストーリーも素晴らしかったのに対して、「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」のストーリーはまことに貧弱で残念でしたが、「父と息子の対立と和解」というアメリカ映画の定番テーマをダブルで盛り込んでいました。つまり、祖父・父・息子といったように父親―息子の関係が2組登場するのです。一条真也の読書館『キネマの神様』で紹介した原田マハ氏の小説では、その正体を知れば映画関係者なら誰でも驚くというローズ・バッドというブロガーが、アメリカ映画の本質は「父性」にあると述べます。
『キネマの神様』で、ローズ・バッドは「アメリカにおける父性の問題は、しばしば製作者の大いなるコンプレックスとしてスクリーンに現れることがある。スティーブン・スピルバーグにとっても、長いあいだ関心を寄せるテーマのひとつだった。彼は、『フィールド・オブ・ドリームス』と同年に公開された『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』においてすら、このやっかいなお題目を取り上げようとした後年になってからも、『ターミナル』でその片鱗が垣間見られる。トム・ハンクス演じる主人公がなんとしてもアメリカにやってこなければならなかったのは、父親が固執するジャズメンのサインを手にするためという、なんとも荒唐無稽で馬鹿げた理由だった」と言います。
続いて、ローズ・バッドは「アメリカ人でもない男が、父親のためにすべてを賭けてアメリカに入国するという理由を捻出したあたり、スピルバーグの父性への執着が垣間見られて滑稽ですらある。ちなみにティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』の製作にも『父と息子の和解』を求めてスピルバーグは触手を伸ばしたともいう。『父性』のテーマには大監督すらおろおろと落ち着かなくなってしまうものなのだ」(文春文庫『キネマの神様』p.198〜199)と言うのでした。このように「父親―息子の対立と和解」はアメリカ映画に一貫して見られる普遍的なテーマなのですが、それを濃密に表現したのが「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」と言えるでしょう。
「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」の舞台となる世界は、バーチャル世界のようでも、他の惑星のようでもありますが、その正体は一個の生命体であるという設定が明らかになったとき、わたしは「ここは奇妙な世界のようでも、実体は地球だな」と悟りました。そして、「ブログ『ガイア理論』のジェームズ・ラブロック死去」で紹介した今年7月26日に103歳で死去した世界的に有名なイギリスの科学者の「ガイア理論」を連想しました。ラブロックは、地球をひとつの生命体と考え、気候変動に関する先駆的な研究で知られていました。
わたしは、学生時代にラブロックの『地球生命圏――ガイアの科学』星川淳訳(工作舎)を読んで以来、ガイア仮説に魅了されました。科学的かどうかは別にして、そのロマンティックな考え方に夢中になったのです。ブログ『リゾートの思想』で紹介した1991年2月に上梓した一条本は、人間にとっての理想の土地、すなわち「理想土」について考察した本ですが、その第2章「リゾートのキーワード=20」の14「ネイチャー」でガイア仮説を紹介しました。当時のわたしは1989年10月に設立した(株)ハートピア計画(東京都港区西麻布)の代表取締役として、リゾート開発のコンセプト・プランニングなどの業務を行っていました。
『リゾートの思想』(河出書房新社)
『リゾートの思想』の中で、わたしはこう書いています。
「現在、自然環境の問題はリゾートに限らず、また日本に限らず、全地球的なレベルでの最大の問題となっている。酸性雨、砂漠化、フロンガスによるオゾン層の破壊、二酸化炭素による温暖化、森林伐採による熱帯林の減少など、ほころびの目立つ地球環境をめぐって、大きな国際会議がいくつも世界各地で開かれている。1992年には環境開発国連会議も開催される。21世紀のグランド・キーワードは間違いなく『地球』と『神』だろう。ここで、われわれがどうしても知っておかねばならない理論がある。地球全体を一個の生命体ととらえた『ガイア仮説』である。イギリスのフリーの科学者J・E・ラブロックによって唱えられているものだ。新世代(ニュー・エイジ)の地球像は、『宇宙空間から眺めた地球は、文字通り一つの生命体だった』という宇宙飛行士たちの証言に代表される。NASAの字宙計画の共同研究者として火星の生命探査計画に参画したラブロックは、この宇宙飛行士たちの啓示を、大気分析、海洋分析、システム工学などを駆使して実証科学に置き換えた。出発点となった『一つの生命体としての地球』の名前は『ガイア』。ギリシア神話の大地の女神で、天文神ウラノスの母でもあり妻でもあったという初源の神の名である。地理学(ジオグラフィー)や地質学(ジオロジー)の語源ともなっている」
『リゾートの思想』より
また、わたしは以下のようにも書いています。
「ラブロックは大気分析を通して火星には生命が認められないことを実証した後、改めて地球の大気の特異性に着目した。そして、バクテリアから人間まで、地上の生きとし生けるものはもとより、大気や海などの環境も含めて1つの生命体と見なす『ガイア仮説』を打ち出したのである」
ラブロックは、『地球生命圏』で以下のように述べます。
「母なる大地」という概念や、ギリシア人たちが速い昔<彼女>をガイア(Gaia)と呼んだような考え方は歴史上ひろくみられるものであり、いまなおもろもろの大宗教に説かれるひとつの信条の基盤ともなってきた。自然環境に関する事実の集積と、生態学の進展にともなって、最近、生命圏(バイオスフィア)は土壌や海洋や空中を自然生息地とするありとあらゆる生き物たちの単なる寄せ集め以上のものではないかという推測がなされるようになっている。古来の信条と現代の知識は、宇宙飛行士たちがわが目で、われわれがメディアを介して、宇宙の深い聞に浮かぶまばゆいばかりの美しさに包まれた地球を見たときの驚異の中に融合したといえよう。けれども、この感覚がいかに強いものであれ、それだけで母なる地球が生きているという証拠にはならない。宗教的信条と同様、それは科学的に検証不可能であって、さらなる理論的考察に耐えることができないのである。
さらに、わたしは以下のように述べています。
「宇宙空間への旅は、地球を見る新たな視座を提供するという以上の意味をもっていた。外空間からはまた、地球の大気や表面についての情報が送り返されて、惑星の生物と無機物間のさまざまな相互作用に関する新しい洞察をもたらしてくれたのである。ここからひとつの仮説、モデルが現われた。つまり、地球の生物、大気、海洋、そして地表は単一の有機体とみなしていい複雑なシステムをなし、われわれの惑星を生命にふさわしい場所として保つ能力をそなえているのではないかという仮説である。ラブロックはガイアを、地球の生命圏(バイオスフィア)、大気圏、海洋、そして土壌を含んだ1つの複合体と定義している。つまり、この惑星上において生命に最適な物理化学環境を追求する1つのフィードバック・システム、あるいはサイパネティック・システムをなす総体である。積極的なコントロールによって様々な条件を比較的安定した状態に保つという現象は、<恒常性(ホメオスタシス)>という術語でうまく表現できる」
そして、わたしは「もしガイアが存在するとすれば、彼女とその複雑な生命システムの中で最も優勢な動物種である人間との関係、そしてその両者の間で逆転しつつあるとおぼしき「力のバランス」が重大問題となるのは明らかだ。ガイア仮説は自然を、鎮圧され征服されるべき未開の力と見なす悲劇的な見方に対する代案(オルタナティヴ)であり、われわれの惑星を、操縦士も目的もなく永遠に太陽の内軌道をめぐる狂った宇宙船と見る、気の滅入る地球像への代案でもある。われわれはガイアのパートナーとして、汚染によって病んでいる彼女を癒さなければならない。何よりもまず、彼女を愛さなければならない。地球は生きている。そして、われわれは生きた地球の一部としての生きたリゾートをつくるのである。生きたリゾートにおいて、われわれはガイアの息吹や心臓の鼓動を感じるに違いない」と述べるのでした。
いま、『リゾートの思想』を読み返すと、今から30年以上も前に現代社会のキーワードである「SDGs」も、「ウェルビーイング」も、「マインドフルネス」も、すべて視野に入れて、またそれらが新時代のキー・コンセプトであることを自覚して論じていることに、われながら驚きます。この本を書いたのは28歳でしたが、明らかに現在のわたしの考え方がよく示されていることに気づきます。わたしにとって、「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」は、乗り越えるべき「父」と「母」なる地球が同時に描かれた一種の家族映画のような印象を持ちました。