No.678

 
 東京に来ています。出版関係や映画関係の打ち合わせを複数行った後、夜はTOHOシネマズ日本橋で日本映画「シャイロックの子供たち」を観ました。あまり金融ドラマというやつには興味がない(「半沢直樹」も観たことない)わたしですが、最近、会計の本を読みまくっていたところだったので「観てみようかな」と思いました。結果は意外にもチョー面白くて、どハマりしました!
 
 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「池井戸潤の小説を原作に、とある銀行の支店で発生した現金紛失事件を描くミステリー。事件をきっかけに、複雑に絡み合う人々の思惑や欲望が浮き彫りになっていく。メガホンを取るのは『空飛ぶタイヤ』でも池井戸作品を映画化した本木克英。『アイ・アム まきもと』などの阿部サダヲ、『昼顔』などの上戸彩、『パラレルワールド・ラブストーリー』などの玉森裕太のほか、柳葉敏郎、杉本哲太、佐々木蔵之介らがキャストに名を連ねる」
 
 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ある日、東京第一銀行の小さな支店で、現金が紛失する事件が起きる。ベテランお客様係の西木(阿部サダヲ)は、同じ支店に勤める愛理(上戸彩)や田端(玉森裕太)と協力して事件の真相を探る。この支店には、出世コースから外れた支店長の九条(柳葉敏郎)、超パワハラ副支店長・古川(杉本哲太)、嫌われ者の本店検査部の黒田(佐々木蔵之介)らがいた」
 
 この映画のストーリーに触れると必ずネタバレになってしまうので、それは控えたいと思います。でも、もちろん人生はお金がすべてではありませんが、お金は人生を狂わすことをよく描いていました。登場人物たちも、本当にそのへんの銀行の支店で働いていそうなリアリティがありました。銀行員たちにはさまざまな誘惑もあり、融資を受けた顧客からリベートを貰う誘惑もあります。でも、登場人物の1人が「この金を貰ってしまったら、まっとうな銀行員ではなくなってしまう」と躊躇するシーンを見て、彼のギリギリの良心に救われた思いがしました。
 
 日本映画界を代表する大物俳優たちの競演は素晴らしかったです。一条真也の映画館「死刑にいたる病」「アイ・アムまきもと」で紹介した映画に続いて主演を務めた阿部サダヲは相変わらずの存在感でしたし、柳葉敏郎、杉本哲太、佐々木蔵之介、橋爪功、柄本明など、いずれも名演技でした。ヒロイン役の上戸彩も良かったです。美輪明宏さんが言われていましたが、彼女は山口百恵によく似ていますね。一条真也の映画館「昼顔」で紹介した映画で見せたような大人の女性の色香を封印して、誠実な銀行員を演じていました。
 
「シャイロックの子供たち」は非常に面白かったですが、1つだけ気になる点は、ずばりそのタイトルです。映画の冒頭に、「ヴェニスの商人」の舞台のシーンが流れ、シャイロックが「強欲な金貸し」のように紹介されますが、実際にはそうではありません。彼はユダヤ人でしたが、当時のヴェニスにおいて激しい差別に逢っていました。その怨念の結果が「アントーニオの1ポンドの肉」だったのです。わたしが中学のとき、文化祭で「ヴェニスの商人」を上演しようとしたことがあります。しかし、担任の先生が「『ヴェニスの商人』は差別問題が絡んでいるので、他の作品にしなさい」と言われたことを記憶しています。
 
「ヴェニスの商人」の舞台は、歴史上、ユダヤ人のシャイロックを悲劇的な人物として上演されてきました。ポーランドやハンガリーにおけるユダヤ人の悲劇的な状況は、最近になってようやく判明する事実がありながらも未だに全貌は解明せず、闇に葬られているといいます。ここで思い出すのは、スティーヴン・スピルバーグ監督の大作「シンドラーのリスト」(1993年)です。悪役のSS将校アーモン・ゲート (レイフ・ファインズ)が「ユダヤ人には目がないというのか」というセリフを語っています。ナチによるユダヤ虐殺をまのあたりにしたドイツ人実業家オスカー・シンドラーを描いた同作品は、スピルバーグが長年あたためていたT・キニーリーの原作を遂に映画化したものです。スピルバーグ自身も念願のアカデミー賞(作品・監督・脚色・撮影・編集・美術・作曲)に輝きました。
 
「シャイロックの子供たち」の原作者が池井戸潤です。わたしは彼の本を読んだこともなければ、原作ドラマを観たこともありません。今回がまったくの「池井戸潤」初体験でしたが、とても面白かったです。デビュー後「銀行ミステリ」の作家と見られることが多かったそうですが、エンターテインメイント好きなミステリ読者に読んでもらいたいとの気持ちが強くなり、会社や銀行という組織でなく、そこで働く「生きている人」を書くことを目標に立て、エンタメ作家として痛快で単純に読者に楽しんでもらえるような作品として『シャイロックの子供たち』を書き上げたそうです。この作品は銀行のドラマというよりも、サラリーマンの悲哀を見事に描いています。わたしは経営者ですが、いろいろと考えさせられました。これを機に、池井戸潤原作映画を観てゆきたいと思います。ちなみに、ベストセラー作家である池井戸氏はわたしと同い年であります。