No.735


 7月6日、東京から北九州に戻りました。
 7月5日、ブログ「音無美紀子さんと鼎談しました」で紹介したイベント後、わたしは新宿に向かいました。そこで出版関係者と打ち合わせをした後、シネマカリテ新宿で映画「アシスタント」を観ました。
 
 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「映画業界を舞台に、ある新人アシスタントの一日を通して、さまざまな問題を描くヒューマンドラマ。2017年に急拡大した性犯罪告発運動(#MeToo運動)をテーマに、職場における問題を浮き彫りにしていく。監督などを務めるのは『ジョンベネ殺害事件の謎』などのキティ・グリーン。『エレクトリック・チルドレン』などのジュリア・ガーナーのほか、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リーらが出演する」
 
 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「映画プロデューサーを夢見るジェーン(ジュリア・ガーナー)は、名門大学を卒業して有名なエンターテインメント企業に就職し、業界の大物として知られる会長のもと、ジュニアアシスタントとして働き始める。早朝から深夜まで、殺風景なオフィスで単調な事務作業に追われる中、ある日ジェーンは会長の許しがたい行為を知る」
 
 この映画は、じつに不思議な映画です。
 前半は主人公が電話で会話するシーンばかりで、会話劇ならぬ電話劇となっています。電話も受話器の先の相手の声はほとんど聴こえないのですが、次第に性犯罪告発運動(#MeToo運動)に関連した現実が浮き彫りになってきます。それとは別に、実力も学歴もある女性が男性社会の中で埋もれていく姿に震撼するとともに強い怒りを感じました。わたしの次女が現在、東京に本社のある大企業で働いているのですが、彼女の苦労やストレスなどを想像すると胸が痛くなりました。映画の中で、ジェーンが父親の誕生日にもかかわらず忙殺されて連絡できなかった日の夜遅く、コンビ二のイートインで食事をしながら父親に電話をかけて「パパ、お誕生日おめでとう。遅くなってごめんね」と言うシーンではボロ泣きしました。わたしの次女も、わたしの誕生日には必ずLINEでお祝いメッセージやスタンプを送ってくれる優しい子です。
 
 映画「アシスタント」に出てくる「会長」というのは、限りなく、#MeToo運動の原因となった元映画プロデューサーを連想させます。一条真也の映画館「SHE SAID /シー・セッド その名を暴け」で紹介した映画に描かれたように、彼は数々のセクハラと性的暴行を繰り返しました。ニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)とジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)は、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが数十年にわたり、権力を笠に着た性的暴行を重ねていたという情報を得ます。取材を進めるうちに、彼がこれまで何度も記事をもみ消してきたことが分かります。被害女性たちは多額の示談金で口を封じられ、報復を恐れて声を上げることができずにいました。問題の本質は業界の隠蔽構造にあると気づいた記者たちは、さまざまな妨害行為に遭いながらも真実を求めて奔走するのでした。
 
 わたしは彼が無類の女好きとばかり思っていたのですが、この映画を観て、違う考えも沸いてきました。一条真也の読書館『映画の構造分析』で紹介した内田樹氏の著書にも書かれているように、アメリカ映画の本質の1つに「ミソジニー」があります。「女嫌い」という意味です。西部劇やミュージカル映画の名作にも、数多くのミソジニー映画があります。わたしは、ワインスタインがユダヤ人やアジア人に強い偏見を持っていたにもかかわらずユダヤ人女性やアジア人女性にもセクハラをしていたという事実から、「彼はもしかして女嫌いというか、女性への復讐の意味合いで、あのような行為を繰り返したのではないか」と思えてきました。その思いは、次第に確信に近くなりました。
 
 よく考えれば、ワインスタインほどの金と地位があれば、セクハラなどしなくても、枕営業もいとわない女優の卵などをいくらでも愛人にできたはずです。それでも特定の愛人を作らずに、手あたり次第に周囲の女性に手をつけたというのは、女性の存在そのものに憎しみような感情があり、個々のセクハラは女性への復讐だったのかもしれません。失礼ながら、ワインスタインはあの外見ですし、若い頃からモテるタイプではなかったものと推察されます。女性への復讐というのは、自分を無視し、自分を振り、馬鹿にし続けてきた女どもへの仕返しということです。まあ、女好きから来るセクハラも、女嫌いのミソジニーも、正反対のようで、じつは女性蔑視という点では共通しています。どちらも、許されることではありませんね。
 
 セクシャルハラスメントがテーマの映画といえば、一条真也の映画館「スキャンダル」で紹介した2020年公開の映画も思い浮かびます。奇しくも、ニューヨークの裁判所の陪審がワインスタイン被告に有罪評決を出した当日に鑑賞した作品です。2016年にアメリカのテレビ局FOXニュースで行われたセクシュアルハラスメントの裏側を描いたドラマです。テレビ局で活躍する女性たちをシャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビー、数々のセクハラ疑惑で訴えられるCEOを「人生は小説よりも奇なり」などのジョン・リスゴーが演じました。わたしは、この映画を会社経営者のコンプライアンス研修のつもりで観たのですが、ハラスメントとは人間の尊厳を喪失する悲嘆を招く行為であり、グリーフケアにも通じているのだと悟りました。最後に、7月7日は七夕ですね。織姫と彦星の間に流れる天上の「天の川」はロマンティックですが、地上の世界で男女の間に存在する「ハラスメント」という暗い川がなくなることを願ってやみません。